第24話賊対フォーク


「はあ? ……んでてめえに言わなきゃなんねえんだ? ああ?」

「俺が知りたいからだ」

「てめえ、随分と余裕だな。んなにちょーし乗ってられんのも今のうちだぞ?」

「そうか。それで、どのような理由だ?」

「……ちっ。まともに働くよりもこうしたほうが楽に稼げるからに決まってんだろうが」

「そうか」


 やはりそうだったか。貧困や不幸な出来事で仕方なく賊に身をやつしたのではなく、この者らは自身の意思によって賊になったのか。


 ——であるならば、やることは決まった。


「それから——オラッ」


 話の途中であったにも関わらず持っていた斧を振り下ろした賊であったが、その斧を避け、斧を振り下ろしてきた賊と真正面から睨み合う。


「てめえみてえなやつを好きなだけぶっころせるからだよ!」

「……そうか」


 再び襲いかかってきた賊の振り下ろしに対し、俺は右手を伸ばす。

 いくら魔創具の儀式によって強化されているとはいえ、右手だけで受け止めることはできない。


「ならば、加減など必要ないな」


 だがそれは、右手〝だけ〟であればの話だ。

 振り下ろされた斧を、右手の内に作り出されていたフォークが受け止める。


「は? ——ぶげっ!」


 自慢の攻撃を受け止められたことで呆けた賊の顔面に拳を叩き込み、数メートルの距離をふっ飛ばす。幸いというべきか誰にも、なににも当たらなかったが、飛ばされた男はピクピクと動いているだけで起き上がる気配はない。

 強化した体にさらに魔創具で強化して殴ったのだ。おそらく放置しておけばそのうち死ぬであろうな。


「来い。相手をしてやろう」


 そう口にし、正面の賊達へと右手にあるフォークを突きつけた。


「てめえ、何しやがった。その杖は魔創——杖?」

「んだそりゃあ。杖じゃねえな……フォークか?」

「フォーク? フォークってあのもの食う時に使うあれか? なんだってそんなゴミを」

「はっ! 大方こいつは失敗したんだろうよ。聞いたことがあんぜ。魔創具ってなあ才能がねえと失敗して変なもんができあがっちまうってなあ!」

「失敗?」


 賊達の大半はどうして俺がフォークなんてものを持っているのかわかっていなかった様だが、どうやら賊の中には多少なりとも魔創具について知っている者がいたようだ。

 そして、その者のおかげで俺のこの武器が失敗の産物だということに気づかれてしまった。


 だが、そうであろうな。わざわざフォークなどというものを武具として選ぶはずがない。魔創具について知っているのであれば、これが意図して生み出されたものではないのだと気づきもしよう。


「そうだな。確かに俺は失敗した。だが……」

「魔創具もろくに作れねえような雑魚に怯む必要はねえ! ぶっ殺せ!」


 魔創具の儀式を失敗したことで、儀式すらろくにこなすことができないほど不出来だと思われたのだろう。一人の賊の掛け声で、俺がまだ話している最中であるにも関わらず全ての賊が一斉に襲いかかってきた。


「失敗したからといって弱いというわけではない。そのことを理解しておくといい」


 しかし、一斉に襲ってきたところで所詮は賊程度でしかないのだ。その辺にいるゴブリンと同じ存在。つまりは雑魚だ。


「〈渦潮〉」


 杖代わりにフォークを構え、魔法を発動する。


「もっとも、理解したところで〝次〟はないがな」


 周囲の木々を薙ぎ倒しながら渦巻いた水に飲まれ、賊どもは飲まれた木々に体をぶつけ、溺れていった。


 もういいだろうと魔法を解除すれば、体のあちこちがおかしな方向へと曲がったびしょ濡れの賊の死体がその場に放り出された。その上には強引に倒された木々や植物が絡みつき、のしかかっていたので、万が一生きていたとしてもろくに動くことはできないだろう。再起は絶望的だ。


 魔法を使わずとも、フォークだけでも倒すことはできたが、それでは時間がかかる上に無駄に疲れる。それに加え、今は後ろに人を守っているのだ。そちらに危険がないようにした方が良いに決まっている。


「う……あ……うわああああっ!」

「生き残りがいたか。運の良い……いや、悪いのか」


 どうやら今ので死ななかった生き残りがいたようで、運よく木々の下敷きにもなっていない。だが、無傷とはいかないようで頭部から血を流し、両腕があらぬ方向へと曲がっている。

 生き残ったのは運がいいのか、それとも容易に死ねなかったのだから運が悪いというべきか。今ので死んでおけば、恐怖するまもなく死ねただろうに。


 その賊は折れた腕で這いながら残骸の中を抜け出すと、叫びながら逃げ出した。

 逃げるのはいいが、叫びながらというのはどうなのだ? そんなことをすれば敵……この場合は私に見つかることになる上、余計な魔物などを引き寄せることになりかねない。仲間が近くにいるのであれば有効かもしれないが……おそらくはいないだろう。


 さて、そんな運の悪い生き残りだが、当然ながら逃すはずがない。両腕が折れていて、このままでは死ぬことになるのだとしても、逃げて余計なことをされては敵わない。


「あああ——あが」

「せめて、次は真っ当な人生を送ることを願っている」


 よろけながら走って逃げる賊に向かって、フォークを投げつける。

 勢いよく飛んでいったフォークは、狙い違わず賊の首裏に刺さり、バキッという音を立てて首を貫いた。


 首の骨を折られた賊はそのまま倒れ込み、ピクピクと痙攣している。あれが死んでいるのかはわからないが、今度こそ放っておいても死ぬだろう。


「お前はこのあたりの住人か?」


 賊の処理を終えたことで、改めて背後に庇っていた女性へと体を向けて問いかけた。


「え? あ、あの、え……はい」


 未だ混乱した様子ではあるが、しっかりと頷いたことから質問を続けても問題ないと判断し、一つ頷いてからさらに問いを続ける。


「では、なぜこのようなところにいる」

「え、あ、えっと、あの、おばさんが隣の村に住んでて、その、それで届け物をして……」

「他に人はいなかったのか? 女一人で送り出すとも思えないが」

「い、いました。同じ村の男の人が三人……でも、逃げる途中でみんな……」

「そうか」


 どうやら俺は少し遅かったようだ。その少しがどの程度なのかわからないし、そもそも俺に関係ない人物達だし、襲われるとわかっていたわけではないのだから仕方ないことだ。むしろ、一人でも助けることができただけ行幸といえよう。


 そう自分を納得させ、一度深呼吸をした。


 三人救えなかったのではない。一人でも救うことができたのだと考えるのだ。


「しかし……食料の確保に魔物への対応と、他に金を使うところがあるのは理解しているが、こうして人が襲われるようでは問題だな」


 だが、弱小貴族では全てに対応しようとするのは難しい。本来ならば寄親となっている貴族が手を回すものだが、ここは〝ハズレ〟を引いたのだろうな。

 この辺りだと……親になるのは伯爵家か? 今度オルドス殿下に会ったら、調査を出すように……


「いや、もうこんなことを考える必要はないのか」


 ついことあるごとに貴族としての考えが出てくるが、それはもういらないのだと自嘲的な笑みを浮かべて首を振った。


 しかし、どうしたものか。助けたのだからこのままこの者を村へと送り届けるべきか。賊は倒したが、安全になったとは言い切れない。森の中では魔物が出る可能性は否定しきれないものだからな。ここで見送って死んでしまった、では悔いることになるだろう。


「あ、あのっ!」

「なんだ」


 どうせどこかの村には立ち寄る予定だったのだ。この者がいる村でも問題ないだろうと考えていたのだがそこで女性が声を荒らげた。


 どうしたことかと思い女性のことを見つめると、女性はビクリと一瞬だけ体を揺らしてから話し始めた。


「あ、えっと……じ、実は、この賊達は他に仲間がいて、誰かが捕まっているみたいなんです」

「なぜそれを知っている?」


 実際に一度攫われたのならば理解できる。だが、そうではない。何せ俺が今ここで助けたばかりなのだから。

 となると、なぜ他に攫われた者がいると分かっているのか疑問を覚える。


 実はこの女性は賊の仲間で、悲鳴をあげたのは助けにきた人を罠に嵌めるためだった、と考えることもできる。


「私のことを襲う時に、半分くらいが離れて行ったんです。こう、ここに残った賊達の乗っていた馬を引きながら。それで、えっと、残った賊は『いい駄賃だ』とか『あの女は使えねえからこいつらで遊ぶか』と口にしていたので。あっ、離れて行った賊は馬に荷物を乗せていました。もしかしたらそれが賊の言う『あの女』かもしれないです」

「ふむ……確かに、誰か捕まっていそうな口ぶりだな。おそらくはどこぞで一仕事終えた後にお前達に遭遇したと言ったところか。塒を空にすることもないだろうし、その者ら以外にも賊が残っていると考えるべきか」


 今の話を聞いても、この者が本当に賊の仲間ではないと証明できたわけではない。まだ私を嵌めようとしている可能性もある。

 だが、もし真実であるのならば、こうして聞いてしまった以上は助けに行かないわけにはいかない。


 しかし、馬か……賊とは食い詰めた者がなるような存在で、馬を確保するだけの金があるのなら賊になどなっていない。

 考えられる可能性としては、馬を持っている者から奪った。あるいは、何者かの支援を受けている、と言ったところだろう。


 通常であれば可能性としては奪った方だろうが、賊はここに残った者らの馬を連れていったという。つまりはそれだけの数がいたということだ。

 全員、ないしほとんどの賊が馬に乗っていたとなると、それだけの数を奪って手に入れることができるのか、と疑問が出てくる。


 ここにいた賊が十人だから、半数が残ったのだとして、最低でも賊は二十人はいることになる。それだけの馬を用意できるものか? 手に入れることができたとしても、維持し続けることができるか? 馬とは放し飼いにしておけばいいものでもないぞ。


 もし何者かから支援を受けているのであれば、この領地、あるいはこの国に敵対する者がいるということになるな。


 ……まあいい。倒せば何かしらは判明するだろう。

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