第22話公爵:異変の始まり
——◆◇◆◇——
・公爵
「——父上、これからよろしくお願いいたします」
「……ああ。お前はアレのような無様は晒すなよ」
「はい、お任せください!」
最近家に迎えた子供——ロイドに『父上』と呼ばれ、一瞬だけ反応をしてしまったが、それを無視して王城へと向かうべく屋敷を出て行った。
コレに父と呼ばれるのは些か不愉快ではあるが、アレを継続して使うよりはマシだっただろうから仕方がない。
アレ——アルフレッドは私の子として優秀だったのだがな。あのような無様を見せよってからに。おそらくはどこぞの者から恨みを買っての襲撃であろう。まったく、無様なことだ。
本来ならば襲撃を受けたことで貴族の面子を傷つけられたと、下手人を捕えるべきなのだろうが、それはしない。捕らえたところで意味がないのでな。
アレを襲った者を捕まえ、背後を洗ったところで、アレの魔創具が戻るわけでもない。
事が解決しようが状況が好転しないのであれば、無駄に労力を割く意味もない。
無論、何もしないというわけでもない。それはそれでまた面子の問題があるのでな。
公爵家の恐ろしさを知らしめるために、内密に探らせてはいる。だが、表立ってはもう終わったこと……『事故』だったのだとして処理するつもりだ。
アレの代わりも用意したことだ。しばらくは騒がれもしようが、直に収まるだろう。
もっとも、それは今目の前にいる王子が許せば、の話ではあるがな。
「——あの事件についてはまだ調査中だ。何か分かり次第追って連絡をするが、そちらでも何かわかれば知らせよ」
「は。ですが、あの〝事故〟に関してはもう修復作業を終えて他の生徒達も使用していることもあり、詳しくは分からないと思われます」
「事故だと?」
この王子はアレと友人関係であったためか、殊の外今回の件に関わろうとする。
おかしいことなど私もわかっている。国王とて理解しているだろう。
だが、それでも探ったところで不利益にしかならないのだ。刻印堂に侵入者があったなど、あの場所の管理を行っている国としてはあってはならぬことだ。事故というのも問題ではあるが、襲撃を受けたというものよりはマシだ。故に、犯人など見つかってほしくないところであろうな。だからこそ、我が家に内々に話を通してきたのだから。事故として手打ちにせよ、と。
それがわからない王子でもあるまいに。
まあ良い。私は私の仕事をするだけだ。このような話はするだけ無駄というもの。
「ええ。誰かが何かを仕掛けたという証拠はなく、あの場でアレを狙った意味は薄い。殺すのであれば、もっと違う機会を狙ったことでしょうし、あの場で狙うのであれば王族であるミリオラ殿下を狙うべきだったでしょう。ですが、あの一度以降何も起こっていないと考えると、アレは単なる偶然の事故だった、と考えるのが正しいのではありませんかな? 我が家としましては、あの場を整えた者を処罰していただければそれで終いとする所存です」
「……そのことに関してはまだもうしばらく待て。こちらの調査が終わり次第答えを出す」
「承知いたしました」
そうして話は終わり、私は部屋を後にした。
「あの若造が。いつまでも手間をかけさせよってからに」
「おやおやあ? これはこれは、今話題の公爵閣下ではありませんかあ。大丈夫〜?」
城の廊下を歩気、独り言を口にしたところで、不意に背後から声が聞こえてきた。
「……キュオリア卿か。大丈夫とは、何がだ?」
クレイン・キュオリア。まだ二十代という若さで数年前に先代より引き継いだ六武の一人なのだが……どうにもこの男は苦手だ。歳が離れている、ということもあるだろう。だがそれだけではない。そこの掴みきれない不気味さ、とでもいえばいいだろうか? なんにしても、あまり関わり合いたくない人物である。
「んーや、まあアレよアレ。お宅の息子さん、事件に巻き込まれて色々とまずい状況らしいじゃーん? 僕達としてもあの子には結構それなりになかなか期待してたっぽい感じだしい、姿を見せないのを心配してもおかしくないとは思わないかな〜?」
「問題ない。次期当主も次期『三叉槍』も確保した。王国の隙となることはあり得んよ」
ロイドは六武に相応しい実力はない。——が、それでもトライデントは使える。ならばどうとでもなる。問題など、あるはずがない。
「んー、でもさあ。〝確保した〟ってことは、それはあの子とは別人なわけだ。それってどうなの? 本人はどうしたのさ」
「アレは魔創具を継承できなかったことを嘆いて出奔した。今はどこにいるのかも不明だ」
「出奔? 不明? おかしなことを言うもんだねえ。公爵家がたった一人の一般人の行方を追えないわけがないじゃないのさ。公爵さあ……捨てたでしょ」
「ふっ……馬鹿なことを。貴族が子を捨てるなどと言う醜聞をみすみす許すと思うか?」
「まあそうなんだけどね? それを言われたらなんともいえないんだけどお……」
「失礼する。やらなければならないことがあるのでな」
キュオリアから視線を外し、再び進路方向正面へと向き直ったところで、それまでとは違った声音の言葉が響いた。
「……一応警告。好き勝手できると思ったら大間違いだよ」
警告、などという言葉に釣られ、再び背後へと振り返り、キュオリアを睨みつける。
だが、私に睨まれてもキュオリアはヘラヘラと笑っているだけで堪えた様子がない。
このままでは話が進まないので、仕方なく私から口を開く。
「どういうことだ? 何を企んでいる」
「企むだなんて、そんなそんな。ただ……あの子がいなくなったことで面倒が起こりそうだな、ってだけの話さ。まあ、公爵閣下のことですからあ? それくらい把握してるだろうし対処の備えもあるんだろうけど。……厄介なことにならないといいね? あの子は、公爵が思っている以上に〝やんちゃ〟だよ」
その言葉を最後に、キュオリアはひらひらと手を振りながら去っていった。
「アレ一人がいなくなったところで、いったい何があると言うのだ……」
私は、その背中を見つめながらそう呟くことしかできなかった。
そして、王城に呼び出された翌日。私はキュオリアの不審な言葉の意味を理解することとなった。
「なんだこれは……。いったいなぜ……何が起きている?」
朝起きて軽く体を動かし朝食をとっていると、にわかに外が騒がしくなってきた。何やら人の叫び声のようなものが聞こえる。
その程度の確認であれば使用人を使えば良いのだが、この時は無性に気になって朝食を途中で止めて自分で声のする場所が見えるところまで移動して確認した。
すると、窓から見える景色には、屋敷の前にはなぜか我が家に向かって叫び声を上げている者が集まっていた。これはいったい何が起きているというのか……。
「旦那様!」
姿が見えないと思ったらどこかへと行っていたのだろう。私の専属執事であるマルセドが普段見せないような慌てた様子を見せつつ走ってこちらに向かってきた。
「マルセド。これは何が起きている。なぜあのような者がこの家に集まっていると言うのだ」
「そ、それが……どうやらあの者らはこの街の教会、および孤児院の者達でして……」
「教会に、孤児院だと?」
教会にも孤児院にも大した関わりなどなかったはずだが、それがどうしてこのようなことに?
これが普通の孤児であれば蹴散らしてもなんの罪にも問われない。何せ貴族の家に対して騒ぎを起こしたのだからな。
だが、教会が相手となると話が変わる。いかに教会といえど、この無礼の罪に問うことができるということは変わらない。だが、強引に処理した場合、後が面倒になる。
普段はおとなしい教会をこんなに動かすだなんて、何をやらかしたのだ、と。強引に処理をしたのは、何かやらかしたからそれを隠すためではないか、と。
「領都からお手紙が届きました」
「後で読む。保管……いや待て。それはエオリアからの手紙か?」
「封からしてそうだとは思われます」
「アレが手紙をよこすとは、領に何かあったか?」
屋敷の前の教会の者どもにどう対応するか悩んでいると、領地にとどまっている妻のエオリアから手紙が届いた。普段は領地の管理、運営を任せており、大抵のことはあちらで処理するにも関わらずこうして手紙を送ってきたということは、エオリアでは処理しきれない何かが起きたという可能性がある。
「これは……いや、まさかアレが?」
何が書かれているのかと、顔をこわばらせながら封を開くと、そこにはさらなる厄介ごとについて書かれていた。
「マルセド。アレ……アルフレッドは時折傭兵や商人と会っていたと報告を受けたことがあったな」
「はい。ご自身で見つけ出し、育てた者だとかで、旦那様も領主となった後の良き経験であるとおっしゃっておりました」
「ああ。だが、それが反乱を起こした」
「反乱、でございますか?」
「ああ。武力を持って、と言うわけではないようだから正確には反乱ではないが、似たようなものだ。『トライデンは息子を捨てたろくでなし』だと噂が流れ出したそうだが、その出どころがアルフレッドと関わりのあった者どものようだ」
「では、現在表に集まっている教会の者も同じなのでしょうか?」
「おそらくはな。……全く、面倒を起こしてくれる」
まさか、アレを……アルフレッド一人を放逐しただけでここまで動く輩がいるとはな。
「こちらもあちらも、被害そのものは出ていないようだ。すでに取引している者はたかが噂程度で今の立場から降りることはないだろうから当然だな。精々が傭兵達の一部が離れたことと、手に入りづらくなった品がある程度だそうだ。運営そのものに影響はない。……だが、邪魔だな。処理するか」
「それはなりません。意図して噂を流したのだとしても、公でない場で、貴族に直接無礼を口にしたわけでもないのに処罰などすれば、尚のこと反感を買うことになります」
「ではこのまま放っておけと? 確かにそのうち収まることになろうが、それはいつの話だ?半年か? 一年か? 数年先やもしれんのだぞ? その時までなんの手も打たずに見ているだけでは舐められることになるではないか」
「……でしたら、ロイド様をお育てになられるというのはいかがでしょうか?」
「アレをか?」
「はい。ロイド様がアルフレッド様よりも優秀であるのならば、『公爵は息子を追い出した』のではなく、後継ぎの勝負に負けた『息子の方が勝手に出て言った』とすれば、自然と噂もおさまりましょう。実際、現在はそのように国王陛下、並びに王族、他家の方々には伝えていらっしゃるのでしょう?」
マルセドの言ったように、すでにそのように伝えてある。王家としては『そういうこと』となっているだろう。
故に、その理由を平民に伝えること自体は構わない。
だが問題がないわけでもない。
「……確かにな。だが、ロイドがアレよりも優秀になれるか? 言いたくはないが、純粋な能力であればアレはそれなりのものだったぞ」
「比べる相手はすでにいないのですから、同程度の成績さえ出せれば十分ではないでしょうか? 多少劣っていたところで、それは皆が思い出を美化しているだけだとすれば、そんなものかと納得するかと思われます」
「ふむ……ならば、ロイドを育てるとするか。明日からアレと同じ成績を出せるよう鍛えろ。可能な限り最速でだ。最低限武芸に関しては学年程度一位を取れるようにしておけ」
「明日からですか。王女殿下に関してはいかがいたしましょうか? いきなりお会いになる時間が減ったとなれば、不仲を招く可能性がございますが」
「後回しだ。いかにミリオラ王女がゆるい頭をしているとはいえど、当主を引き継ぐ勉強だといえば王族とて文句は言ってはこれん」
「かしこまりました。では、学校の方も最低限の実力となるまで休学の手続きをさせておきます」
「ああ、それでいい。目標としては、武芸は一月以内に仕上げろ」
「はっ」
「それから、表の者どもをどうにかしろ。いつまでも留まられていたら悪評が広まる」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
恭しく礼をしたマルセドはすぐに動き出し、他に近くにいた数名もマルセドの指示に従って動き出した。あとはうまくやることだろう。
「全く……本当に面倒を起こしてくれるものだな」
だが、直に収まるだろうと考え、私は少し時間が経ってしまったが朝食へと戻ることにした。
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