第21話獣人王女:価値の低いお姫様
「皆、よく耐えました。ですが、この程度では我が国の戦力が侮られることとなります。国に帰ったら訓練を厳しくするように伝えておきましょう」
よく戦ったとは思います。罠が仕掛けられ、地の利が無効にある中で、これまで耐えてくることができたのですから。
ですが、こちらが不利な状況だとしても、負けていたのは事実です。それは看過することはできません。
そのことを伝えた瞬間絶望したような表情をした者たちが多く現れましたが、きっと気のせいでしょう。彼らならばさらに強くなって乗り切ってくれるはずだと信じています。
「負けることは許しません。劣勢になることも許しません。力を持って圧倒し、蹂躙してこその我らの牙であり、爪なのですから」
最後にそう口にしてから両腕を構え、走り出す。
鋭く伸びた爪を振るい、敵を裂く。
剣も槍も盾も鎧も、全て関係ない。邪魔をするのならそれがなんであろうと切り裂き、貫く。
——ああ、楽しい。
眼前に群れる敵を視界に収めながら、自然と口角が上がっていくのが自分でもわかります。ですが、どうしようもなく止められないのです。これはきっと、本能というものでしょう。
「獣の主が現れた! 獣の主が現れた!」
と、少しの間敵を屠っていると、突如戦場に声が響きました。
「今のは……やはり狙いは私ですか」
獣の主とはまたなんとも失礼な言葉ではありますが、きっとこの者達は獣人嫌いなのでしょう。彼らが獣人を『獣』と称することは多々ありますから。
ですが、それはそれとして、私がでてきたことを知らせるための符丁が決められていたとなると、やはり狙いは私なのでしょう。
であれば、ここからは敵の動き方が変わってくるはず……
「これはっ……!? 魔物? いえ、ですが……くっ!」
そう思っていると、何処からか拳二つ分程度の球が飛んできました。
当然ながらその球は避けたのですが、球の着弾地点の地面が突如盛り上がり、高さ十メートルはあろうかという巨大な何かが出現しました。
土を積み上げただけのような歪な円錐形とも言える巨大な胴体をしたそれに手足はありません。にもかかわらずそれを魔物と判断しかけたのは、それが攻撃をしてきたからです。
足はなく、手もない。ですが、手の代わりとなるものはあります。細長く、うにょうにょと蠢くもの。つまりは、触手です。
試しにこちらに伸ばされた触手を切り裂いてみますが、元々が土でできているからでしょう。切ったところで大した効果は見られません。精々がその触手を落とすことができるだけで、それも数秒もすれば元に戻ってしまいます。
本体を攻撃すれば違うのでしょう。というよりも、先ほどの球を攻撃すれば倒せるのでしょう。あれはどう考えても怪しかったですからね。
おそらくはあれも魔創具の類だと思われます。効果としては、汎用性を捨て、ただこの敵を生み出すことだけを考えたもの。武具というよりも道具に近い代物でしょうね。
ですが、さてどうしたものでしょうか。
球を攻撃すればいいとわかっていますが、あの本体の中のどこにそれがあるのか。順当に考えればアレの中心なのでしょうけれど、もしその場所になければ敵の餌食となることでしょう。
なので、倒し方としては全体を満遍なく攻撃するか、強烈な攻撃で土を吹き飛ばすかなのですが……
「まっかせてー!」
「スティアッ!?」
そこで、馬車で待機していたはずのスティアが飛び出してきました。
その手にはなんの武器もありませんが、スティアが腹部にある紋様に手を当てると、そこから黄金に輝く小さな槌が現れました。
……少しばかり、『槌』と言っていいのかわからないような奇抜な形をしていますが、おおむね槌と表現しても問題ないでしょう。
その槌を手に、スティアは敵へと駆けていきます。
普通であれば、そんなものを持ったところで役に立たないと思うことでしょう。ですが、スティアに限っては違います。
「おっきくなあれ! えーーーーい!!」
「総員退避なさい!」
両手で握られ、頭上に掲げられたそれは、スティアの声に反応して変化していきました。
その変化は半端なものではありません。それまでは小槌と言ってもいいサイズだったのに、スティアの声の直後、ものすごい勢いで大きく……それこそ、巨大と言ってもいいサイズの大槌へと変貌したのです。
自身の身の丈を遥かにこえ、十メートルはあろうかという敵よりも高くまで伸びていきました。
「どっこらしょーっと!」
敵の高さを超えたことで巨大化は止まり、掛け声と共に振り下ろされ——グシャ。そんな音が地揺れとともに聞こえ、敵は潰されました。
これがスティアの魔創具。私たち獣人が自身を強化するのに使うための力を全て注ぎ込んで作った槌。その一撃の破壊力は凄まじいものですが、獣人の魔創具としては異端です。だからこそ、厄介者として扱われているのですが……今回はあの子のおかげで助かりましたね。これを機に、他の者も少しは考えを改めることとなれば良いのですが……。
「どんなもんよー!」
大物を倒し、槌を小槌サイズへと戻したスティアは、自慢げに腰に手を当てて笑っています。
そんな笑みに釣られて、つい私も気を抜いて笑みを浮かべてしまったのですが、それがいけなかった。
「あびゅ」
「スティアッ!!」
いつの間に接近していたのか、まるで意思を持ったように動く鎖がスティアへと巻きつき、その身を敵陣の奥へと連れ去っていったのです。
「うぎゃああーーー! 助けてーーー!」
「待ってなさい! 今助けに行きます!」
あの叫び方からして、どこか怪我をしたということはないようですが、それでも捕まったという事実は変わりません。すぐにでも助けに行かなければ。
ですが……
「殿下、お待ちを! 大物を倒したとはいえ、敵はまだ残っております! その中を突き進むとなると危険すぎます!」
「だからと言って! スティアをあのまま見逃すわけにはいかないでしょう!」
「……お言葉ですが、スティア様と貴方様では、その……価値が違います」
「何をっ……! ……いえ、あなたの言いたいことは理解できます。他の王族も、同じような判断をするでしょう」
私のことを止めた者を睨みつけましたが、その者が言うことも理解はできるのです。スティアの価値はネメアラの中ではとても低い。ともすれば、一般人よりも。それは獣人の魔創具の在り方を曲げたからであり、ひいては獣人としての誇りを捨てたと捉えられるから。
馬鹿馬鹿しいとは思います。あの子はそんなことを考えていないというのに。
ですが、それが大多数の考え。王族であるけれど、獣人の恥。だからこそ、危険を犯して助けに行く価値は低いと判断されるのです。
それは、この者だけではなく、父や母、他の兄弟たちも同じでしょう。国民もそう考えるはずです。中には違う考えの者もいるかもしれませんが、それは少数派なのです。
だから、私も助けには行けない。だって、私は周りの評価を壊してまで、周りの意見に逆らってまで動くことができないから。
だから、私はスティアを助けに行くことは……できません。
助けに行くことができるとしたら、それは私たちの安全を確保してから。それからならば、厄介者とはいえ王族を助けに行くことに否と言う者はいないでしょう。
問題はそれまでスティアが無事でいられるかということですが……攫われたということは、殺さないはず。これが誰でも良かったのではなく。わざわざ『私達』を狙ったことから、攫ったこと自体に意味があると考えられます。
そして、私達を攫った以上、無駄に消費することもないでしょう。攫った後に何かに利用するためには生かしておく必要がある。であれば、まだしばらくの猶予はある。そのはずなのです。
「まずはここにいる者を殲滅なさい。数名は残し、全て聞き出すのです。どのような手を使って構いません」
「はっ!」
「スティア……ごめんなさい」
そう呟いてから、私は敵の処理を再開していきました。
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