君に最後の告白を
Lilac
***
僕の人生は後悔ばかりだ。
授業中、居眠りをして先生にはよく怒られたし、期間限定のスイーツはいつも食べ損ねる。昔僕に懐いていた野良猫は一度も頭を撫でられずに姿を消した。流行りには乗り遅れるし、花壇に咲いていた名前の知らない花は水分を失って枯らしてしまった。
満足のいく結果を得たことはない。すべてが手遅れだった。あの時ああしていれば良かったとか、こうしていれば良かったとか、そんな気分を害するような言葉が、僕の口癖だ
そんな僕の人生の中でも一番の後悔は、「あの日」だと言い切ることができる。きっと、この先どんな未来が待ち構えていようと、「あの日」ほどやり直したいと願う日は来ないだろう。
「ごめん。僕じゃ君とは釣り合わないよ」
嫌いだったわけない。好みじゃないなんて嘘は言えない。15年間、物心着く前からずっと一緒だった彼女を僕はずっと目で追っていた。大好きだった。彼女は僕の希望そのもので、なくてはならない存在にも近い。
でも、僕は彼女を突き放した。誰が見ても美しくて、可憐な人だった。けれど笑顔は明るくて、冷たいわけじゃない。彼女の人物像を言葉で表すことは難しい。けど、これはあくまで僕個人の意見だけど、彼女は月みたいなんだと思う。見果てるくらい遠くに浮かんで、うっすらと僕を照らしてくれる。いや、僕だけじゃない。誰にでも平等に、分け隔てなく彼女は優しく輝いていた。
だからこそ、そんな彼女を穢すことはしたくなかった。彼女は誰のものにも、もちろん僕のものにもなるべきではない。そう、本心で思っていた。
「……そっかぁ、振られちゃったか。私、結構勇気出したし、本気なんだよ?」
「卒業したら君は県外の高校に行くんだろ。そしたら、僕よりいい人なんてたくさん見つかるはずだ」
「ううん、そんなことないよ」
何かを堪えるように目を瞑り、いつも通り彼女は屈託のない顔で笑った。でも、無理をしているようにも見えた。その時気づいたんだ。彼女が僕に見せる笑顔は、教室の中の笑顔とは少し違うものだって。
「遠くに行っちゃうから、伝えたんだよ」
自然に表情筋が緩むような、こぼれたような笑顔。肩に力の入っていない、自然な喜色を浮かべる。見ているとこちらまで笑ってしまうような、そんな幼さや無邪気さの残ったままの笑顔。
「……君は、そのままでいてよ。満ちて欠けて、月みたいに誰かを優しく照らし続けてあげて」
「なにそれ、意味わかんない」
「君のことを言ってるんだよ。帰りにアイスでも買おうか」
「一番高いの」
「仰せのままに」
こうして、僕たちはいつも通り帰路についた。いつまでもこのままで、何も変わることなく明日が訪れて、僕たちは生きていく。そんなことを妄想して校舎を出た。わがままな彼女に小さいくせに値段の張ったアイスを買って、食べ歩きながらY字路にたどり着いた。ここまで来たら、もうお別れだ。
「卒業式は明後日だから、風邪ひかないようにね。アイス食べたからお腹冷えるでしょ。今日は特に気をつけるように」
「分かってる。明日もちゃんと迎えにきてよね」
「今日みたいに僕の目の前で着替えなんてしたら怒るよ。僕がいるって気づいてただろ」
「見せつけてたんです〜!」
そんなことを話しながら、僕たちの帰り道は引き裂かれる。本心を言えば、まだ話していたかったけれど、彼女の時間を無駄にしてはいけないと思って俯きながら1人の帰り道を堪能した。家はすぐそこのはずなのに、時の流れが遅くなってしまったみたいで、僕の影はより濃く、より大きく伸びていく。
あの日、僕が彼女の愛を受け入れていれば。振り返って、一緒に寄り道なんてすることができれば、きっと未来は変わっていたのかもしれない。でも、そんなことを考えるだけ虚しくなる。過去に戻ることはできないし、結果は変わらないかもしれない。もしくは、もっと酷い結末になるかもしれない。だから、僕の気持ちはずっと心の奥にしまっておくんだ。
あぁ、そうだ、言い忘れていた。僕が「あの日」からずっと後悔していること。
次の日、彼女は首を吊って自殺した
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