第113話 エピローグ(9)

 フリューゲルに「うん」と頷く。私は、神様にはお会いしたことがないので、ちょっと思いが届きにくいかもしれない。でも、懐かしい庭園ガーデンと、そこに唯一そびえ立つ大樹『リン・カ・ネーション』のことならば、今でもまだ身近に感じることができる。私は懐かしいあの場所を心一杯に思い浮かべる。そして、私の想いが届くようにと強く思いながら祈りをささげた。


 ココロノカケラの少女が、そして彼女を取り巻く者たちが、これから先、幸せでありますように。


 私が一心に祈りを捧げている間に、ココロノカケラの少女の周りにはさらに人が増えていた。少女のことが見えている者も見えていない者も、その場にいる全ての人たちが少女との別れを惜しんでいた。彼ら全員に今この時の記憶が残らないなんて、そんな寂しいことがあっていいはずがない。何とか、彼らの記憶に、そして魂に、今日という日が残りますように。


 私が一心に祈っていると、花散らしの風が、どこからか桜の花びらを運んできて、中庭に小さなつむじ風を起こした。ピンク色のつむじ風は、ココロノカケラの少女を包み込むようにして舞い上がる。つむじ風がどこかへふわりと去っていき、あとには、少女を囲むようにして桜の花びらが残されているのみだった。


 ピンクの花びらに囲まれた少女は別れが済んだのか、満足そうな顔をしている。その顔をみて、良かった、もう思い残すことはないのだろうなと思っていると、再び暖かな風が頬を撫でるように吹き過ぎた。その風にさらわれるように、足元に落ちていた花びらがふわりと舞い上がり、そのまま風に流され空高くへと去っていく。その場にいた全員が、無言のまま、去っていく花びらに目を奪われていると、やがて花びらは、空に溶けるように見えなくなった。


「フリューゲル、あれって、もしかして?」


 幻想的な光景に私がぼんやりとした声で問いかけると、傍らのフリューゲルがふわりとした声で答えた。


「アーラの祈りが届いたみたいだね」

「そう。それなら良かった」


 私が安堵の笑みを見せると、フリューゲルも微笑み返してくれる。それから、緩めていた頬を少しだけきりりと引き締めると、フリューゲルは私の目をじっと見つめてきた。


「何?」

「僕は少しお役目ができたから、しばらくきみのそばを離れるよ。だけど、僕はきみの守護天使。必ずきみの元に戻ってくるからね」

「え? うん?」


 フリューゲルが何を伝えたいのかよく分からなくて、私は曖昧に頷く。

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