第110話 エピローグ(6)

 肥料をまき、水遣りをしていたとはいえ、本当に芽吹くだろうかと心配したが、こうも見事に発芽するとは思わなかった。


「上手く芽吹いたみたいだね」


 ようやく追いついてきたフリューゲルが隣に並び、感心したように唸る。私は、花壇のそばに置いたままにしていたジョウロを手にし、水汲みへ向かいながら返事をした。


「本当に。良かったわ。上手く育つか、少し心配だったの」


 たっぷりと汲んだ水を花壇に撒きながら、葉の状態を観察する。パンと水を弾く葉は健康そのもの。これから大きく育つだろう。


 陽光をキラキラと反射させながらサァァと葉に降り注ぐ細い水を、小さな葉たちが気持ちよさそうに浴びているような気がして、なんだか嬉しくなる。


 自然と口角が上がっていくことを感じながら水遣りをしていると、背後からキャッキャッと弾けた話し声が聞こえてきた。


 チラリと視線をやると、例のココロノカケラの少女が、中庭へ足を踏み入れたところだった。少女に続いて、男子生徒と女子生徒もこちらへ向かってくる。三人は何やらワイワイと話をしていたが、こちらの存在に気がついた二人が、警戒するように私と距離をとって足を止めた。


 男子生徒には見覚えがあった。彼はもしかしたら私のことを覚えていないのかもしれない。記憶を探るように首を傾げている。そんな連れのことなど気にしていないのか、ココロノカケラの少女が駆け寄ってきた。


「センパイ。来てたんだ」

「こんにちは。あなたのスターチスに水をあげていたところだよ」

「いつもありがとう」


 そんな会話を交わす私たちの背後では、少女の連れの男子生徒と女子生徒がコソコソと会話をしている。女の子は振り返りつつ手を振って、そんな二人を呼んだ。その声に引っ張られるように二人はぎこちない足取りで歩み寄ってきた。そばに来た二人に、私は笑顔を向ける。


「きみは確か前にも会ったよね? 園芸部のこと、考えてくれた?」

「……いえ、俺は……」


 私の勧誘に辟易としたのか、男子生徒は私から距離を取る。そんな彼の行動に苦笑いを浮かべつつ、今度は女子生徒に声をかける。


「あなたは、はじめましてよね?」


 女子生徒も警戒した表情を貼り付けて、何も言葉を発せず、ただコクリと頷いただけだった。


「私は、園芸部員で、たまにここのお手入れをしてるんだ。怪しい者じゃないから、そんなに警戒しないで」


 私はコロコロと笑いながら、二人に目配せをしてからココロノカケラの少女へ視線を戻す。

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