第24話 春の章(12)

 声の主は、葉山はやまみどりだ。彼女は眠たそうに瞼を擦りながら、私たちがいる路地へと合流した。


「補習、遅れちゃうよ~」


 同じクラスの彼女は入学以来、何かと声をかけてくれる。あたふたしている私を見るのがおもしろいらしく、私のことをよく『天然』だと言って笑う。


 私がまだ下界での生活に慣れていないことを知らない彼女には、そう見えてしまうのかもしれない。でも私としては、ただ日々を懸命に過ごしているだけなので、おもしろいと表現されることは少々不本意ではある。


 しかし、そこに悪意がないことは、彼女を見ていれば分かる。だから、私もあまり気にしないようにしている。


「おはよう、葉山さん」

「あ~あぁ、今日も『葉山さん』かぁ。『緑』でいいって……、うわっ!」


 私の隣に並んだ彼女は、私の顔を見るなり、目を見開いた。


 一体何だというのか?


「つばさちゃんの笑顔、初めて見たっ!!」


 えっ? 笑顔? 私が?


「かわいい~。ね! ヒロくん? ってアレ? ヒロくんじゃん! おはよ~」

「お、おう」

「ヒロくん、つばさちゃんと知り合いだったの?」

「ん~、まぁ、知り合いっていうか……」

「あっ、もしかして、二人付き合ってるとか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ、なんでそんなにくっついてるの~?」


 彼女の口からは、ポンポンと弾むように言葉が出てくる。さっきまで眠たそうだったのに、どこかに切り替えスイッチでもあるのだろうか?


「白野が、怪我したんだよ。だから……」

「えっ? ウソ?」

「うん。ちょっとね。足首をひねったみたいなの」

「大丈夫? 学校まで歩けそう?」

「うん。平気。もう少しだしね」


 学校の正門はもうすぐそこだ。門の前に、誰かが立っているのが見える。


 あと少しの道のりを、私たちは三人並んで歩きだした。相変わらず青島くんは私に肩を貸してくれている。葉山さんも私の足を気にしてか、いつもよりゆったりと歩いているような気がする。


 二人のそばは、なんだかほわほわとして、心地がいい。


 二人に挟まれながら歩いていると、自然と顔の筋肉が緩む。


「あ、また、つばさちゃんが笑ってる。ねぇねぇ、今日は何かいいことがあったの?」

「い、いいこと? ……っていうか」


 自分の今の思いを口にするのは、なんだかくすぐったい感じがして、うまく言い表す言葉が見つからない。


「なになに?」

「その……二人と一緒にいると、胸の中が温かくなるっていうか、ほっこりするっていうか。そんな感じが、いいなぁと思ったの 」

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