第8話 直さなければならない浅さ
いつもと違う朝。
ほんの少し身じろぐだけで、温かくなめらかな感触が肌にこすれる気持ちの良さに気づく。半身に人肌がぴったりと寄り添う幸せな光景をうっすらと開けた目で見ると、普段より早く意識が覚醒した。
古都の隣には、ぴったりと肌を寄せながら可愛らしく小さな寝息を立てる佳奈がいた。眠りが浅かったのか、古都が起きたのに気づくように佳奈も目を覚ました。
「おはよう。」
「うん、おはよ。」
古都は自分の流されやすさに、自分を責めるような気持ちをうっすら感じていたが、どこまでも流されやすい男なのである。関係を持ってしまった今このときは、佳奈との付き合いをはっきりと受け入れるべきであろうと考えていた。佳奈の思惑通り、多少強引に押して体を味わせたことが功を奏していた。
身を寄せる佳奈を愛おしく思い、古都は強く佳奈を抱き寄せて、自分の胸に佳奈の顔を埋めさせた。佳奈にとって夢にまで見た極上の時であった。
しかし、古都は明日、紗良とのデートの約束がある。そして、恋人がいるはずだった紗良に恋人はいなく、明らかな好意を自分に向けだしたのだということを、佳奈にはまだ知らせてもいない。他者から見ればそれは優柔不断で二股をかけるような男に見えるが、古都自身は全くそんなつもりはなかった。ただ、状況が思わぬ展開になっていくまま、自分にはただどうすることもできないまま、女性二人が織りなす言動をその瞬間に気持ちの整理がつかぬまま対峙していただけなのである。
昼食は佳奈が調理をして振る舞った。二人でスーパーへ買い物に行き、佳奈が作ったパスタを二人で食べた。二人きり部屋でしばらくテレビなどを見て過ごした後、軽く街を歩いて過ごした。お互いの恥ずかしい姿を見せ合った後だからか、多少の気恥ずかしさはあれど、二人の距離はぐっと縮まったように思えた。
だからこそ、古都ははっきりと二人の関係を決める言葉を発することなく佳奈を地元へ送り出すことになった。こうして徐々に二人は恋人らしくなっていくものだと思っていたからだ。実のところ、そういう察しの悪さや押しの弱いところが、元カノから別れを切り出された理由でもあった。佳奈はその古都の悪い癖をすでに感じ取っている。
「そろそろ良い時間だな。駅まで送ろう。」
古都がそう言うと、佳奈は足を止めてやや間を置いた後に返事をした。
「もう一日泊まっても良いかな?なんだか離れがたくて。」
佳奈としては、古都の態度を見る為に言った言葉だった。がしかし、古都のした返事は非常にはっきりとしないものだった。
「あ、いや、明日は予定があって。泊まるのは良いけど慌ただしく帰らせることになってしまうかも・・・。」
今までの良好なだけだった空気に、変化を投じてしまったことに古都は気付けなかった。
(それって、好きな人と会う約束があるとか?)
佳奈は思ったことを口には出さなかった。なぜなら、自分がそばにいるからといって、古都にとって気になる女性がいることはなかったことにならないとわかっていたから。古都のはっきりしないもの言いに、女性の勘が正しく機能したのだった。
「わかった。じゃあ、仕方ないね。駅まで送ってね♡」
古都の手をとり、指を絡めた繋ぎ方をすると、佳奈は魅力的な笑顔で明るく了承した。そして古都のどこかホッとしたような仕草を横目で見て、きゅっと口を結んで歩き出した。
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翌日
俺は紗良との待ち合わせのため都心の駅にいた。ゆっくり話したいからと、紗良に指定された、ガーデンテラスのあるカフェでランチをするためである。普段は定食屋や中華屋ばかりの俺としては、女性が好む店に連れて行かれるのは久しぶりで緊張する。
待ち合わせ場所で5分ほど待った頃、紗良が現れた。会社で見る雰囲気とは違う。普段はビジネスカジュアルな彼女だが、今日は違う。紺がベースの黄色いラインのはいったチェックスカートに、薄い水色のブラウスを着ていた。おとなしめのブラウンの長い髪を下ろして、緩く巻いてある。
「おまたせしましたー。なんだか久しぶりだね。」
「こんにちは。そうですね、久しぶりです。」
紗良はモデルだと言っても誰もが信じるくらいの美人だ。普段とは違う雰囲気と、自分だけに見せる柔らかい笑顔に、古都は気恥ずかしさから目をそらしてしまった。
「ん?どした?」
紗良が下から顔をのぞき込ませて不思議そうに尋ねるので、慌てて言い訳をする。
「いや、なんでもないです。普段と違ってその、、そういう服も似合いますね。」
一瞬きょとんとしたあとに、紗良は少し頬を赤くして伏し目がちに、「ありがとう」とはにかんだ。
予約していたカフェに着くと、5月の穏やかな暖かさを感じながら、テラスで気持ちの良い日差しを受けながら食事を楽しんだ。
佳奈といると、昔から良く知る友達としての心地よさがあって、それでいてまっすぐに好意を顔の表情で感じ取れる嬉しさを感じるのだが、紗良といるのはどちらかと言えば緊張してドキドキする。恋と呼ぶならそれは紗良といるときの自分の気持ちなのだろうと古都はそう自分を分析した。
食事が終わり、コーヒーを飲みながら会話をする。
紗良「古都君、敬語に戻っちゃったね。もっと普通に話してよ。」
古都「あ、うん。でも会社でついうっかりしても困るだろうから。」
紗良「私たち、個人的に仲良くなるのは無理?」
古都「無理って、。そうなら今こうして二人でいないですよ。」
紗良「なら、イイでしょ?」
古都「・・・・うん。」
紗良「じゃあ、今日はたくさん仲良くなろうね?」
古都「わかった。じゃあ、このあとはどこに行こうか?」
紗良「うーん、せっかくだし、、古都君の家か、私の家はどう?」
古都「え?」
紗良「外じゃゆっくり話せないし、良かったら私が夕飯も作るよ。」
思いがけない提案に上手く返事ができない。このまま彼女の家にというのは緊張が隠せない気がした。
古都「じゃあ、俺の家なら。」
紗良「うん!決まりね!楽しみだな。古都君の部屋に潜入~!」
昨日まで別の女性が泊まっていた部屋に、俺は好きな人を招くという馬鹿なことを選択してしまったのだった。佳奈と二人で寝たベッドは、まだ佳奈の匂いが残るままだというのに。
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