第7話 覚悟を決めた女性は強い
ほどよく食事と飲酒をして、俺は佳奈を連れて帰宅した。慎也と佳奈は連絡先を交換して、今度は三人で遊ぼうなどとすっかり打ち解けていた。連れて行った甲斐があったとホッとした。
佳奈は今、俺の家でシャワーを浴びている。俺は一人ソファの上で、コップ1杯の水を勢いよく飲み干すと、今からのことを頭の中で整理していた。
早朝から夜まで遊び疲れた上に、二人とも飲酒をしている。早々に寝てしまって、また明日の夕方まで二人で観光に出かけるのが望ましい。佳奈は俺と「そういうこと」になっても構わないと言っていたが、きっとそれは俺がそういう気分になったらという意味だろう。俺がそういうそぶりさえ見せなければ、きっとなにも起こらない。
なぜ、性欲盛んな若い男である、まして恋人もいない俺がここまで慎重にならざる得ないかと言えば、やはり気になる女性である紗良との進展があったから。幼い頃から知っている、近所付き合いさえある家のこどもである佳奈。いくら同意があったとしても体の関係になってから「やっぱり付き合えない」などと自分が言えるのだろうかと、いくら想像してみてもできそうにない。
佳奈には俺のベッドを使ってもらおう。俺はソファで毛布一枚かければ問題ない。そんな風に寝るまでの段取りを考え、妙な安心感を得た頃、
「お待たせ。シャワーありがとう。」
佳奈が風呂から出てきた。佳奈は当たり前のように俺の部屋着を借りるつもりだったらしく、若干大きめのスウェットとTシャツを着て、すでに髪も乾かした後だった。部屋に良い匂いが立ちこめた。きっと自分で持ってきた美容品のなにかの匂いだろう。俺の家のシャンプーなどの匂いではない。
先ほどまでの「決して自分は佳奈には手を出さない」という決意に対して妙に信頼していた自分に、馬鹿なのかと怒られそうなほど、俺は佳奈のその姿と匂いにやられていた。だって仕方がないだろうと自分に話しかけた。
大学2年の時に、好きだった彼女と別れた。付き合っていくうちに慣れとか倦怠期のようなことで、彼女から別れを切り出された。しばらくは次の恋愛をする気にならなかった。そうしているうちに、就職活動と少しでも貯金をしておきたかったこともあってバイトに明け暮れた。教習所に通ったり大学の友人と明け方まで麻雀をするといった交友関係も楽しかった。気がつけばもう2年半くらいは男女のアレはしていないのだ。したいという気持ちが今までなかったわけではない。
とりあえず、俺もシャワー浴びてくると言って、その場から離れることにした。
「今日疲れたろう?先に寝ちゃっててもいいからな?」
そう言って、ベッドで寝ることを佳奈に促した。俺用の毛布をソファの上に置き、別々に寝ることを暗に知らせつつ。
「あ、ちょっと待って。」
佳奈がそう言って、歩き出した俺に近づいてきた。
「今日はありがとう。楽しかった。」
そう言って、佳奈はためらうことなく俺の正面で完全に距離を詰めて、俺の胸に両手をそっと添えると、少しかかとを上げてキスをしてきた。
すぐに離れることのない唇。ゆっくりとくっつけて話したかと思うと、すぐに次のキスが。これがなにを意味するのかすぐに気づく。このまま風呂に向かうことなど許可が下りないのだと。
胸に添えられていたはずの佳奈の手は、いつしか俺の首に回されていて、戸惑っていたにもかかわらず、完全に受け入れて自分も唇を動かしてしまっていた。
「しよう。」
上目遣いで、まっすぐに俺の目を見た佳奈がそう言った。
「いや、それはできないよ。」
そう俺は言った。
いや?言ったのか?
言えなかった。
「私のこと好きになるか、確かめて。」
先に佳奈にそう言われてしまったからだ。
つまり、まだ恋人として好きではない可能性を認めた上で、行為を求められている。
俺が求めたのではない。佳奈に求められたからなんだと、言い訳を用意された今、その甘い誘惑に抗えなかった自分が感じるであろう恍惚を、快感を、感じたいと強く思ってしまった。
どこまでもずるく、ややためらいがちな顔をして見せた。それでももっと説得してくれと心の中で思いながら。そして佳奈は俺のそんな気持ちを察しているのか、手を強く引いて俺をベッドに誘った。
バランスを崩したかのようにベッドに倒れ込んだ二人。
大人がお互いに同意の上でなんだと、頭の片隅で言い訳しながら、そのまま長い夜をゼロ距離で過ごした。
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佳奈視点
この旅行の間に、古都と体の関係を結ぶことは私にとって計画していたことだった。古都には好きな人がいる。その女性には恋人がいるらしく、古都の想いは報われてはいないのだと聞かされていた。そんなタイミングでまた二人は会えた。それは全て、私が自分で行動を起こしたからだ。勢いがついた私ができる事はとにかく古都にとって必要な人間になるための行動を続けるだけ。受け身でいればきっとなにも起こらない。
明らかに古都に好意を持つ女の子に会った。同級生の働く居酒屋に連れて行かれたときだ。その子が古都を見る目だけでもわかったけど、慎也君の見守りながらソワソワしている感じからすると、慎也君も彼女が古都に好意を持っていることは知っているのだろうと思った。
私は自分がシャワーを浴びて身綺麗になった後すぐに、古都を誘惑した。なにがそこまで私を焦らせるのかくらいわかっている。私は圧倒的に不利なんだ。住んでいる距離が離れているから。ここで勝負をかけるしかないと、それだけが頭の中を支配していた。
そして、古都の性格を私はよくわかっている。私が強く願えば古都は断らない。実際その通りになった。
明け方、事を終えてすぅすぅと寝息を立てている古都の横顔を見ながら、私はこれからのことを考えた。
予定通り体は重ねた。
後は?どうすればいい?
毎日朝晩連絡をして?
週末ごとにこっちに来て泊まって?
それで?
それで古都は私を一番好きになる?
良いイメージが湧かないのだ。
古都は昔から品が良い。他の男の子より全然。違うの。
騒がない。がさつでもない。気を引くような邪な優しさもない。
危険な香りのする男や強気でぐいぐい来る男が好きって子もいるだろうけど、私は違う。古都のようなタイプは珍しい。私以外にもそこに気づく人はきっと沢山いるはず。だから離れたところから何をしても私は不利なように感じてならない。
それで?
どうする?
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