第2話 意外だった幼なじみの本音

 居酒屋で佳奈と話すこと2時間。明日に仕事が控えていないこともあり、綺麗になった異性の友達との二人だけの時間は、格別に心地が良かった。


「ああっ!たのっしいなっ!でもそろそろ閉店じゃね?家まで送るから歩きながら話そうぜ?」


 二人の家は歩いて3,4分の距離だ。この居酒屋からは20分程度。のんびり歩いて話したりないことを話しながら帰ることにした。酔いを覚ますのにもちょうど良いだろう。


 

 田舎の夜は寝静まるのがはやい。

 ちょっとした商店街から住宅街へと歩いて行くと、人影のない静かな、所々の街灯だけが頼りの時間だ。昔馴染みとはいえ隣を歩けばかすかに女性らしい良い香りがする、その綺麗な横顔をチラチラと見てしまうほどには俺はドキドキしていた。


 そんなドキドキを感じている俺に気づいているのかいないのか、佳奈のテンションは高い。突然勢いよく俺の腕に抱きついたかと思えば、嬉しそうな顔をして腕を絡めたまま手もしっかりと繋げてきた。指を絡めた繋ぎ方で。


「おい、あんまりはしゃぐなよ?? 苦情が来ちまうぞ。」


 多少の照れ隠しにちょっとツンとした言い方になってしまったが、俺は腕に抱きつく佳奈の体温に喜びを感じていた。


「んーーっっ!」


 佳奈は甘えた声で可愛らしいうなり声を上げると、独り言のようにブツブツと、良し!とか、言う!などと言っているように聞こえた。



 そして・・・



「あ、のさ。私って古都のことずっと好きだったの。中学の頃。気づいてた?」


 俺の腕に頭をつけたまま、うつむき気味に佳奈はそう言った。顔は見えないが恥ずかしそうにしているのはわかる。


「え、いや、友達として好きだってのは仲が良かったんだからわかるけど・・・。恋愛としてってことだよな?多分わかってなかったと思う。」


「うふふ、多分ってなによ。あのね、急に男らしくなっていった古都のこと、私、意識してたんだよ?どう?もったいないことしたなって思う?」


 ちょっと顔を上げて目線を合わせた佳奈は、そう言うといたずらっぽく笑って見せた。その可愛らしさに反応して、一瞬で自分の顔が熱くなるのを感じた。


「そうなんだ・・・それはもったいないことしたって思うよ。気づいてたら俺、きっと佳奈と付き合って他と思うもん。」


 すると、俺の言葉に反応した佳奈は、立ち止まってしばらく黙り込んだ。


「・・・」

「・・・」


うっ、なにを話せば良いかわからない。どうすべきかと悩んでいると、


「それ、ほんと?」


そう言って、佳奈は一度体を離すと、俺の胸にぽすんと頭を預けてきたから、自然と二人とも両腕を背中に回して抱きしめ合うような形になってしまった。



「あのね、高校離れちゃって、段々会わなくなったじゃない?それで、そのっ、好きなのにって、離れちゃったって、結構本気で落ち込んだときもあってさ。


それでね、古都が大学から東京行っちゃったじゃない?私のこと好きとかだったら行かないよねって思って、諦めようとしたの。次の恋愛しようとか思ってさ。」



 そんな風に想いを吐き出すように伝えてくれる佳奈に、愛しさを感じた俺は、そうだったんだ?と答えながら、佳奈の背中をそっとなでた。


「でもさ、今日ね、なんとなく古都を思い出したときに気づいたの。私さ、撃沈したつもりになってたけど、一度も好きだって伝えなかったし、なに振られた気分でいるんだろって。馬鹿だなぁって思ってね?だから会いたいって連絡した。今の古都を見て、自分がどんな気持ちになるのか確かめたかったんだよ。


 それでさ。会ったらさ、大人になった古都はやっぱり誰よりも素敵で。好きっ!って思った!」



 黙って佳奈の言葉を聞く俺に、佳奈がほんの少し不安そうに、「古都は今、私のことどう思う?」と聞いたのだが、内心俺は自分自身に同じ言葉を投げかけていた。


(俺は、佳奈のことをどう思っているんだろう?)


 や、もう、久しぶりに会ってすぐに昔と違う女性の魅力を持った佳奈を見て、好ましいという感情はあった。こんな風に素直な気持ちを伝えられて、嬉しくないわけがない。


「ありがとう、佳奈。すごく嬉しい。」


 それは本当に。心から言った。嬉しいと。

 だけどさっきから頭の中にチラチラと浮かんでくるものがあったんだ。


 会社の。恋人がいると噂があるあの、宝生紗良のことだ。


 人間って、その時になってみないとわからないことってあるんだな。自分の気持ちのこと。正直、自分でも驚いている。思ったより俺は、宝生のことが好きであることに気づいたからだ。恋人がいると知らなければ、告白していてもおかしくないくらいに俺は、宝生が俺に向ける人なつっこさや好意をもっと特別なものにしたいと考えていたんだ。


 そんな気持ちに気づきながら、このわずか数秒の中で、佳奈の気持ちに応えたい想いや、誠実な対応をしなくてはとか、自分はどうしたいのかをぐるぐると思考させて俺は、正直に言うことを選んだ。


「俺、今会社に気になる人がいるんだ。だから、佳奈の気持ちはすごく嬉しいし佳奈のこと好きだって気持ちはあるけど、すぐに答えられない。」



 重く感じる沈黙がしばらくあった後、ふぅっと息を吐いた佳奈が、顔を上げて俺に預けた体を離した。そして、


「気になる人ってことは、その人とはまだ付き合ってないの?」


「あ、うん。付き合ってる人がいるって話で。でも仲良くしててまだ諦めがつかなくってさ。」


「そっか。うん。うん。わかった。あのさ?古都が私のことなんとも思ってなくても想いを伝えたかったから、わかってたし、大丈夫なんだけどさ?

 でもそれって私にもチャンスあるよね!古都がさ、これから私のこと好きになるように、ちょっとだけチャレンジさせてよ!」


「でも、お前・・・俺すぐ東京に戻るんだよ?仮に付き合ったとしても遠距離だし、寂しかったりとか・・・。」


「ううんっ、大丈夫。帰る前にもう一度デートしてよ!それでさ、私も休みの日に東京行ったりするし。それでもしお互いが離れたくないってなったら私が東京に引っ越したりとか・・・そのっ、同棲とか・・・た、例えばだけどさっ!」



 ここまで言ってくれるには勇気が要るだろう。そう思うとこの提案を断るなんて選択肢は思いつかなかった。



「わかった。あと2,3日はこっちにいるからデートしよっか。それで、東京にも遊びに来いよ。チャレンジとかそういうのじゃなくたってさ、昔みたいに二人で遊ぼう。」



「うん。あのさ、隠さないって決めたから言わせてね。本当に、古都のそういう優しいところとか、ちゃんと話聞いてくれるところとか、ずっと変わらないね。そういうところが好き。大好き。」


 

 そう言うと、佳奈はまた俺の手を取って歩き出した。






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