第12話 先生の甘く危険な香り 「恋と家庭教師」
新しい家庭教師が来るという。好きなサッカーざんまいで今や高三のこの時期、自分で言うのも何だが手遅れではなかろうか。
そしてこれも自分で言うのも何だが僕にひたすら甘い両親が、超一流の超腕利きで、ここが大切だけど超美人の家庭教師を雇ったという。僕でなくとも期待と不安で胸と股間を膨らませるに違いない。
やって来たのは本当に黒髪ロングボンキュッボンの超美人家庭教師だった。少なく見積もっても、ど真ん中のタイプだ。
「新しい生徒サン、よろしくネ」
「もちろんです。よろしくです。いろいろ教えてください。いろいろと、いろいろと♡」
語尾にハートをつけるくらい、僕はすっかりやる気ムンムン…違った満々だ。
「アナタ、まず成績表見せル。テストの結果カード見せル」
僕は志望大学合格可能性絶望のテスト結果を渡す。呆れられること確実だ。
だが先生は無表情で何かウィンウィンいって見つめている。何となくしゃべり方も表情も気になるな。
「ソノ顔はようやく気づきましタカ。そう、私は天才美人アンドロイドなのデス」
自分で天才とか美人とか言ってしまうところがアンドロイドっぽくないというか、非常に僕を不安にさせるのだが、大丈夫なのだろうか。
「デハ学習データを注入しマス」
「注入?今から授業ですよね」
「イイエ、注入でス。直接アナタの脳に注ぎ込むのデス」
僕は当然怯んだ。
「どういうことですか。危険なことは嫌ですよ」
「ダイジョーブ。この端子を」
先生は自分のスーツの前を開け放し、ブラウスの隙間からスポイトのような器具を取り出した。
「アナタの頭にひっつけテ、プシューと、そんな感ジデス」
そんな感じがどんな感じなのか全然判らないけれど、先生が豊かな胸の前を解放していることと不気味なスポイトを目の当たりにしたことで僕の感情はかき乱され、思考が追いついていかない。
「さあ、マズ数学の中二から、いきマスカ」
いやいや、そんないきなり。
「先生、もう少し。もう少しだけ説明をお願いします。僕は今から何をされるんですか」
先生の両の黒目が右に寄る。どんどん右に寄ってそのまま消え、白目になった。
「うっ」
僕は呻くが、今度はまた両目の左端から黒目が出てきて元の位置に戻る。怖いです。
「ダイジョーブ。簡単には説明できナイ。アナタの頭の程度にあわせた説明は無理ムリデス。ケレド危険ナイ。スグ終わる。そして○♪×→の××□◎はキモチイイデス」
…最後の気持ちいいって、何がどうしてどういうこと?
とにかく試しに数学を中二から高三まで注入してもらうことになった。なぜ中二からかというと僕のレベルがそこら辺だからだそうで「コレデ大学受験とはワラッチゃいますネ」と先生から鼻で笑われた。
先生のスポイトが(本当は「エングラム細胞投影装置」といいマスと先生が)僕の額に張り付き、ハフンハフンというような間抜けな音を5分ほど立てて離れた。
「何も変わらないような気がするのですが」
「もうアナタ、数学perfect やってミル」
先生が問題集を広げた。僕は半信半疑で机にむかった。
「先生!すごいです!スラスラ解ける!まったく考えるまでもなくドンドン解けていきます」
「そうデス。アナタの腐れ脳ミソに直接高三までの数学、知識技能ひらめきセンス少しのユーモア全部注入しまシタ」
「最後のユーモアはよくわかりませんが、これで受検もバッチリです。残りの教科もお願いします!」
「すこーシ、調子を見た方がイイ。1週間様子を見るヨロシ」
再び僕に不安がよぎる。
「何か副作用とか?」
「おそらく、ダイジョーブ。ダイジョーブ。スカイツリーノ
常に何か訳のわからない一言がくっつく。
一週間が過ぎた。何事もなく…と言いたいところだが、僕の身には重大な変化が起こっていた。
「先生!どういうことですか」
「そういうことデス」
「ああ、なるほど…ってそうじゃなくて!」
先生はまったく動じない。アンドロイドだから当たり前だけど。
「僕にふたつの変化がありました。ひとつは数学、どんな問題も軽々解けるようになりました」
「それはヨカッタ」
先生は表情を変えない。アンドロイドだからね。
「もうひとつ。僕はサッカーに関する知識や技能や思い出まで、まったく失ってしまいました。これは副作用なのではありませんか」
はじめて先生は笑顔になった。
「ゴ名答」
「困りますよ。僕はサッカー大好きなんです。プロになるとか、そういうレベルじゃないのはわかってるけど、これでは生きがいに欠けます」
「ピー」
先生の黒眼が今度は下へ下がり消え、上からまた現れた。どういう時このシステムが作動するのか。
「あなたの脳みそのキャパシティー超少ナイ」
「うっ、大きなお世話です」
「ソノ中でも比較的大きな容量持ってる部分を消去して入れ替えマシタ」
「入れ替え?注入しただけでなく?」
「記憶の注入は現在の記憶視座細胞に干渉するデス。何かを覚えようとするなら、空きスペースを無理矢理にでも作らないト出来まセン。アナタは馬鹿なので入れ替えの場所、なかなか難しかっタケド、私無事やり遂げタ。私天才美人アンドロイド美人家庭教師」
「美人が二回ありましたが、それはともかくサッカーの記憶を返していただくことはできないのですか」
僕が懸命に頼むと、先生の口が開き、カッと光った。
「ガーーー」
先生の口から青白い火炎が放射され、僕の頭の上スレスレを通過した。髪の毛が焼けるいやな匂いがした。
「ひいっ!」
僕は悲鳴を上げ、足をガクガク震わせた。
「火事になったらどうするんですか。やめてください」
「記憶の再入れ替え、チョー難しイ。契約金オーバー」
「親父に泣きついて、追加料金を払ってもらいますから、お願いします」
僕が言うと先生は耳の穴からシューーーーーッと水蒸気を噴射させた。どんどん人間離れしていく。アンドロイドだけど。
「了解。デモ、アナタ受検どうすルカ。数学の記憶せっかく注入したノニ」
僕はとりあえず何より大切なサッカー脳を返してもらい、再び先生にお願いする。
「先生、僕の脳で他にあまり日常生活に必要ない知識はないのですか」
「ワカタ。あまり必要ないと思われる大きな場所があるカラ、そこへ全部入れル」
何か安請け合いだ。僕は不安になって先生をジッと見た。
「そんな場所があるなら、最初からそこへ入れてくれれば良かったじゃないですか」
「サッカーがそんな大事とハ思わなカッタ。悪ィ悪ィ」
先生が再注入の準備を始め、またスーツの前を開けると、そのスポイトの元にある豊かな胸元を見つめて、突然僕はドキドキして、ちょっとムラムラして、胸がときめいた。
変な先生でしかもアンドロイドだが、僕はいつのまにか彼女に恋をしてしまったらしい。
「…謝罪はいいから、僕が明日の模試で合格判定Aをとったら、ご褒美をくださいよ」
僕はついついそんな言葉を口にしてしまった。落ち着け、この人はアンドロイドなのだ。
「何カ?アフターサービスはやぶさかでナシ」
フウと僕は息を吐き、先生の姿を上から下までジロジロと見つめ、顔を赤くした。
「あの、せ、先生、僕とデートして、それからあのその…」
「おう、デートいいゾ。メシ食っテ、ホテル行くか」
「うええぇっ、マジッスか」
「アンドロイド嘘つかナイ」
そんなこんなで大学入試に必要なすべての知識技能を注入してもらうこととなり、前回同様ほんのわずかの時間で終了した。
「先生!見てください!合格判定Aです」
「ウム。ヨカッタナ。当然だガ」
「では先生、デートに…うん?あれ?」
「どうシタ。夕食で、それからホテルでムフフフフではないノカ」
何故か僕はちっともそんな気にならない。
「どういうことでしょう。ちっともそんな気にならない。というか、何でそんな約束したのか理解できないですね」
「ウム。だろうナ」
「理由はわかっているのですね」
「そうダ。今回は君の性欲を司る脳細胞、要するにエロエロを考える場所全部を大学入試に必要な知識技能とすべて入れ替えタ。膨大な知識ダガ、大したものダ。君のエロさはその膨大な知識と同じくらいの大容量だったノダ。というか、君の脳の中で唯一の大容量だケドナ。×♪◎◎□△♨○○ダナ」
なるほど、と僕は手を打った。
「こうして無くしてみると、気持ちが平然として波のひとつも立たない状態です。どうして今までそんなものに振り回されていたのか、不思議ですね」
「また私はイイことをしてしまッタようダ。美人家庭アンドロイド天才美人アンドロイド家庭教師天才の私だから当然だガナ」
もうすべて2回言ってるけど。
「そういうワケデ、予定のアフターさぁビスも無しでいいようダナ。これで失礼しヨウ」
「はい、お元気で。この天才ハンサム生徒はこのご恩は忘れまセン」
もはや入試への不安どころか人生への不安もない。僕はつまり天才ハンサム生徒ハンサムはお元気で大学を合格スルこと間違いナシなのでショウ。◎×□♨◎○◇♪と言われればそれまでダガ。
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