第10話 博士と時空に干渉するロールケーキ「恋とマッドサイエンティスト」
俺は恐る恐る敷き布団大のケーキ生地に寝転んだ。そしてクルクルとその布団で自分を巻き込んで…つまり巨大なロールケーキの中央に俺がいるという状態だ。
「博士、これで本当にいいのですか。自分でいうのも何ですが、馬鹿みたいです」
博士は自信満々に頷いた。
「これで君に特殊相対性クリームを塗りつければ、後は君の股間辺りにある
「はあ」
「つまり甘いクリームをつけるように辛い過去にクレームをつけ、ふかふかのスフレで
博士が次の言葉を溜めている。
…これは自分でうまいこと言ったと思っているときの癖だ。たいしてうまくないけど。
博士は結局5秒ほど溜めてから言った。
「名付けて『あのことはいったん無かったことにしロールケーキ』だ!」
「…絶対、今この場で考えましたよね」
博士は僕の顔をにらむ。
「いいのか?君の大好きなハナちゃんが今、DV男に苦しんでおるのだぞ。助けてやらなくては男が
「…お言葉ですが、博士。だとしたら僕が覚悟を決めてハナちゃんに交際を申し込んで、ハナちゃんが旦那と別れればそれでよくありませんか」
「馬鹿もん!」
博士がビチャッと俺の顔に特殊相対性クリームを殴るように塗りつけた。
「ぎゃっ」
「それではハナちゃんの心の傷は
「そりゃそうでしょうけど」
俺は位相幾何スフレの位置を確認するために股間をモゾモゾさせる。
「こんな姿、ハナちゃんに見せられませんよ」
「この後、ハナちゃんが来るぞ」
「えっ、聞いてませんよ」
「この装置がうまく動けば、位相転換と時空の重力場の方程式がムニャムニャしてハナちゃんの結婚は『なかったこと』になる」
「全然うまくいく気がしません」
博士は眉間にしわを寄せた。
「信じろ。自他共に認めるマッドサイエンティストの私がほぼ自信満々に送る、名付けて『なかったことになーるロール』だ」
「さっきと違ってるじゃないですか。もう少しマシなネーミングと気休めでもいいから多少の根拠をつけてほしかったです。…それから博士、マッドな自覚があったんですね」
すっかり心細くなった俺だが、後戻りはできない。すでにケーキがロールしてしまっている。俺は股間の装置をいじって、ロールケーキを作動させた。ケーキが俺に尋ねる。
『ナニヲ ナカッタコトニ?』
俺は叫ぶ。
「ハナちゃんの結婚をなかったことにしてくれ!」
ロールケーキ全体が光り、俺の目をくらませる。
「うまくいったのですか?」
「うーむ。この時点ではわからんな。だが、もうすぐハナちゃんが来るぞ」
玄関の呼び出しチャイムが鳴った。ハナちゃんの声だ。
「失礼します。お久しぶりです、博士。…ええっ!」
俺が片思いをしていたハナちゃんは半年前までこの研究所でお手伝いさんをしていて、突然お嫁に行ってしまい、本日が久しぶりの研究所だ。
博士のマッドぶりは知っているハナちゃんもさすがに今の俺を見て声が出ない。
まあ、そりゃそうだ。ロールケーキの中心にいる男は滅多にいないからね。
博士が恐る恐るハナちゃんに尋ねる。
「ハナちゃん、結婚生活はどう?」
ハナちゃんはポカンと口を開ける。
「…私がいつ結婚を?」
成功だ!ハナちゃんの結婚が『なかったこと』になっている。俺はクリーム塗れの体をビチャビチャと起こした。
今度こそ俺は勇気を出すんだ。俺は顔のクリームと勇気を振り絞った。
「ハナちゃん。いやハナさん、いやハナ様…うーん、違うな。やっぱりハナちゃん!」
「はいっ!」
俺の顔と頭に乗ったイチゴは真っ赤だ。
「俺とけっ、けっ、けっ」
博士が俺の背中をドスンと叩く。
「ゲホッ、ゲホッ。結婚してくだだい。うっ、舌を噛んだ。してください!」
ハナちゃんが涙ぐむ。
「いつ言ってくれるのか、待っていたんですよ。もちろん答えはイエスです」
ハナちゃんも頬を赤らめて俺のヌルヌルの手を握ってくれた。
「クリームだらけですね」
俺とハナちゃんは顔を見合わせて笑い合う。
ロールケーキのクリームはどこまでも甘かった。
<結末その1 白版>
「上手くいきましたね。博士」
彼が帰った後、ハナちゃんが博士に明るい笑顔を向けた。
「うむ。あの男、何でもいいから背中を押してやらないと、君に声をかけることもできないのだから世話が焼ける」
博士はやれやれとばかりに肩を回しながら言う。
「君がちょっと里帰りしただけなのに、変な男にひっかかって結婚したとか、今DVで苦しんでるとか適当なことを言って、しかも訳のわからない発明をでっちあげて…ムフフフ。苦労したぞ」
「私そんな愚かな女に見えますかねえ?」
「ロールケーキに巻き込まれることで過去が変えられると信じたあの男よりは賢いだろうな」
ハナちゃんは苦笑いをしながら首を傾げる。
「でも何でロールケーキ…」
「私はこれでもあの男に幸せになってほしいと願っているからな」
「はあ」
「いろいろ不満はあるだろうが、クリームと一緒に丸めこまれてやってくれ」
<結末その2 黒版>
「上手くいきましたね。博士」
彼が帰った後、ハナちゃんが博士になかなかの黒い笑顔を向けた。
「うむ。あの男、何でもいいから背中を押してやらないと、君に声をかけることもできないのだから世話が焼ける」
博士はやれやれとばかりに肩を回しながら言う。
「過去が『なかったことに』なんて、できるわけないからな。あんなヘンテコリンな発明をでっち上げることになったが、奴には信じ込ませられたようだ。…ムフフフ。苦労したぞ」
ハナちゃんは心配そうな顔をする。
「あの…私の元の主人、DV男は今…?」
博士もニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。私がその筋、主にマッドサイエンティフィックな筋に頼んでとっくに始末しておいた。私もその最期を見届けたから安心しなさい」
「ありがとうございます。でも彼、ホントに私の過去の
「ロールケーキに巻き込まれることで過去が変えられると信じたあの男だ。大丈夫だろう」
ハナちゃんは苦笑いをしながら首を傾げる。
「でも何でロールケーキ…」
「理由はふたつ。ひとつめ、私はこれでもあの男に幸せになってほしいと願っているからな」
「はあ」
「時計は残念ながら巻き戻せないが、人間関係は巻き戻せるだろう。あのロールケーキのように」
ハナちゃんは微笑む。
「博士…あんまりうまいことは言ってないですね。でも、もうひとつの理由は?」
「うん。あのDV男を始末したときな、まず○○○を×××して、それから△△△と◇◇◇を焼いてから、最終的にロールケーキ状に
「ひっ、き、聞きたくないですっ!」
まあ、言ってしまったこと・聞いてしまったことは『なかったこと』にはならないよね。
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