第23話 判断

   *由奈由*


 2人の姿が完全に見えなくなっても、ザクロくんは走り続けた。

 息を切らし始めた彼が、ゆっくりとスピードを落としていく。自慢じゃないが、私の体重はそれなりに重い。そんな私を抱えて小柄な彼がここまで走れたと言うのは驚異的だ。

 そんな、無尽蔵かと思えた力とスタミナが、落ちていく。


「いたた!」


 ドサッと、唐突に降ろされた。片手でアスファルトを押しながら、立ち上がる。荷物をおろすように雑だった。痛む腰をさする。


「まー、ここまで来ればひとまず安心だろ!」


 街灯が辺りをかすかに照らしている。アパートのような住宅が連なっている。人気はない。


「ぅん……」


 まだ状況が理解できないまま、相槌を打つ。しかし、キリクさんに刃を向けられていたことは事実だし、危険だったというのは間違いない。


「それで……いったい、さっきのはどういうこと……なのかな」

「え? あー……うーん」


 ザクロくんは頭を抱え、腕を組み、頬に手を当てる。やがて、ガリガリと大きな動作で頭を掻いた。


「あーーーー! わっかんねぇ。どこまで話していいんだ? ってか」


 不意に動作を止めたザクロくんの瞳が、私の瞳を捉える。すかさず視線を逸らしたが、深い闇を抱えたような黒い瞳が、脳裏に残る。


「…………え」


 呟きが漏れ出る。視界の端であり得ない事が起きたから。慌てて視線を向ける。

 ザクロくんの右手の周辺で、黒い粒子が蠢いていた。明確な意志をもった一つの生き物のように。


「もしかしたら……そうだよな? キリクの野郎のことだから。あー畜生! あいつら戦闘力じゃほぼ互角なんだよなぁ……。自分で判断するしかねぇか……」


 やがてそれは、一本の、日本刀という形を形成した。


「え……と」


 理解が追いつかないのは同じ。

 けれど、先ほどまであった緊張感が、咄嗟に『逃げろ』と命令する。

 背を向けて、駆け出す。


「悪いな早瀬」


 なのに、すぐ耳元で声がして。


 ぷつん、と私の意識は消失した。

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