第18話 引きこもり
*雪弥*
「いただきまーす!」
兄のうるさい声が聞こえる。今日は部活が早く終わったのか、いつもよりもご飯の時間が早い。自分の分はおそらくすでに、扉の前に御供物のように置かれていることだろう。
いつも、夜中に、冷めてからそれを回収している。
ヘッドフォンの音量を少しあげる。会話の声が遠くになり、ガンガンと鳴り響くロックな音楽が世界を満たす。
適当にネット記事をスクロールしていく。
大臣の汚職。保育園での事故。女子高生の殺害事件。有名芸人のW不倫。タイトルだけつまみ読んで、この部屋の外の出来事を知った気になる作業。
少し引っかかりがあり、スクロールを上へ。どうやら殺人事件の現場は近所のようだった。見知った地名が脳に引っかかったのだろう。しかし、クリックする気にまではなれず、スルーする。
僕がつまづいた世界は、否応なく進んでいく。
それをどうしようもなく実感してしまうが、世間との縁が完全に切れるのも恐ろしい。
それに、ネット記事を見ていると、やっぱり世界は酷いんだ、汚いんだと、部屋にいる自分を肯定できる気がする。
¥炎えん¥が入室しました。
片側で開いていた『都市伝説チャット』に動きがあった。
「炎か」
うるさいやつだが、いないよりはマシだ。
¥炎えん¥『なあ、この街なんだけどよ。しばらく1人で出歩かない方がいいかもしれねぇぜ』
¥炎えん¥が退室しました。
ポンズさんが入室しました。
¥炎えん¥が入室しました。
入れ替わりになってしまったか、と思った瞬間、入室の文字が飛び込む。
¥炎えん¥『よおぽん酢』
ポンズ『おれはポンズだ。で、さっきの文はなんだ?』
¥炎えん¥『別に、言葉通りだぜ。ちょっと気をつけた方が良い』
1人で出歩くも何も、僕は外に出歩かない。当然、そんな私生活を炎が知っているはずもないし、知られたくはない。
ポンズ『もしかして、殺人事件のせいか?』
¥炎えん¥『殺人事件? なんだそりゃ?』
どうやらこの件ではないらしい。念の為、もう片方のウィンドウでネット記事を開き、URLをチャットに貼り付ける。数分して。
¥炎えん¥『なるほどな、まあ関係ないわ』
関係なかったらしい。近所に住んでいる仲間なので、このことに関しての注意喚起だと思ったのだが……。
ポンズ『それなら、どう言う意味だ?』
¥炎えん¥『意味を言うつもりはとくにないなぁ。ただ、言っておきたかっただけだ』
よくわからない回答が返ってくる。
¥炎えん¥『まあ、それだけだから。さっきの書き込みたかっただけで、ポンズ入ってきたから挨拶だけ。じゃな』
¥炎えん¥さんが退室しました。
その文字を眺めながら、数分待つ。しかし、炎は帰ってこなかった。どうやら、本当に一人歩きをするな、ということが書き込みたかっただけらしい。ふざけたやつで、意味のないこともよく言うが……まあ、あまり気にしてもしょうがないか。
どちらにしろ、僕はこの部屋を、出ようとはしないのだから。
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