第8話 都市伝説を語り合おう

   *雪弥*


「ただいまーー!!」


 相変わらず、馬鹿でかい声だ。午後8時。もう、そんな時間か。締め切った自分の部屋にいるのに、リビングからここまではっきりと聞こえてくる。まるで世界の中心に自分がいるかのような大声、と言ったら流石に言い過ぎだろうか。

 しかし、兄の冬弥には、確かにそんな節があった。

 少年野球ではエースで四番。サッカーでは常にパスが集まるフォワード。そして……。


「クソッ」


 嫌なことを思い出してしまった。チラリと、壁に飾られた写真に視線をやり、すぐに逸らす。

 中学時代の県大会優勝。中心で賞状を手に微笑む自分。バスケットボールはとっくに捨ててしまったのに、その写真は、どうしても捨てられなかった。


 スポーツ万能であちこちの競技に手を出す兄とは違い、自分は幼い頃からバスケ一筋の少年だった。

 それなりに優秀な選手だったと思う。

 ドリブルで敵をかわし、ディフエンスを超えてシュートを打つ。

 入ったという一瞬の確信が、ボールかゴールを掠めるシュパッという音が、沸騰したような歓声が、たまらなく快感だった。


 だが、途中から、話がおかしくなった。

 身長が、伸びなかったのだ。

 チーズやヨーグルトなどの乳製品をとり、ゴールデンタイムに必ず眠りにつき、今日こそはと毎日身長を測った。


 160センチーー。宮城リョータにすら8センチも届かない、それが僕の限界だった。

 目にかけてくれていた監督も、いつからか僕を見ることをやめた。チームメイトは軒並み170センチを超えていた。

 再びフィールドに戻りたくて、チビが輝ける場所を探した。ドリブルに磨きをかけたり、ディフェンスを頑張った。


 中でも力を入れたのは、スリーポイントだ。僕は、ゴールのあの快感が忘れられなかった。

 リングから離れること、6.75メートル。そのラインを常に意識して、何度も、何度も、シュート練を重ねた。


 使える。戦える。

 何ヶ月もの自主練の末、そんな確信が芽生えた。監督にもアピールした。

 しかし、現実は無常だった。

 既に凝り固まったレギュラーの枠に、僕は入ることができなかった。


『俺、高校からはバスケにするわ。雪弥は先輩だな、よろしくな』


 僕が中学3年生になる年だった。

 スポーツ万能の兄は、僕とは違い、身長は180センチにまで伸びていた。

 始めたばかりなのに、経験者に混じって、あっという間にレギュラーになった。


『結局、バスケは身長なんだよ』


 このセリフを監督から聞いたのは、どこだったが。中学の最後の大会の後? その打ち上げ? 

 忘れてしまったが、その後のことは覚えている。

 僕は暴れた。

 暴れに暴れまくって、その発言をした監督を、止めようとしたチームメイトを、僕は殴った。


 積み上げた人間関係は、あっという間に瓦解して、中学のバスケ部は出場停止処分を受けた。

 この言葉を最後に、僕はバスケを離れた。

 後から分かったことだが、僕の低身長はホルモン不全が原因だった。しかし、分かった時には、既に手遅れだった。


 受験はなんとかなって、今年の春には高校に進学した。けれど、バスケを再びやることも、どころか、部屋から出ることすらいつの間にかなくなっていた。

 思い出した嫌なことを振り払うかのように、マウスを操作しゲームを開いた。無線で繋いだコントローラーを握り閉める。ゲームが始まり、程なく没頭する。

 ゲームさえしていれば、嫌なことはすぐに消えていく。


 手に握ったコントローラーのスティックを素早く動かす。画面の中のアサシンが、素早い動作でターゲットを撃ち抜く。


「やった!」


 しかし、画面の中で戦況は目まぐるしく代わり、僕の操るキャラクターはあっという間に背後から別のキャラに撃ち抜かれてしまった。


「はぁ⁉︎ 死ねよ!」


 しかし、死んだのは僕だった。GAME OVERと書かれた画面が、ぼんやりと薄暗い部屋に浮かんでいる。

 さっきまで無敵だった僕は消えて、一瞬の虚しさが襲う。それをかき消すかのように、コンティニューをセレクトした。

 再びゲームが始まる。さっきよりは上手く立ち回れた。だが、最後の1人どころかラスト10人にも残れずに、再び画面はGAME OVERとなった。


「だあああああ! なんだよ!!」


 コントローラーを放り投げる。壁に当たり、ガン、と音がした。


「やべ……」


 肩がすくんだ。

 まさか、聞こえてないよな、聞こえているはずがない。

 そっと壁越しに様子を伺うが、なんの反応もない。やっぱり、兄貴は寝ているようだ。うん、寝ているに決まっている。だってもう、いつの間にか夜の10時なのだから。


 昼も夜も関係ない僕とは違って、アイツは疲れて眠っている、に決まっているのだ。

 放り投げたコントローラーを拾い上げ、再びディスプレイに向かったが、もう一度ゲームをしようという気分にはならなかった。


 画面を閉じて、ブラウザを開く。ゲームはやめだが、まだ眠るには早すぎる。

 ブックマークから『都市伝説チャット』を選びクリックする。黒一色の背景に、横長の白く大きな四角と、小さな四角がある、シンプルなチャット画面が開く。

 今までの会話をスクロールして確認すると、ホットな話題は次のようなものだった。


¥炎えん¥『まじで死なね〜えんだってその少女』

蒼姫『誰か見たの?』

٩( ᐛ )و『そんなん絶対不可能じゃん。もっとそれっぽいのクレ』

岩『確かに、人間の形態で不老不死って、無理があるよな。こう、怪物ならともかく』

¥炎えん¥『UMA狂は黙ってろ』

¥炎えん¥『この情報はかなりシンペイセイが高いぜ』

٩( ᐛ )و『シンペイセイwww』

蒼姫『シンペイセイwww』


¥炎えん¥『? まあとにかく、マジだから。不老不死の少女。今度ナンパしに行こうと思う』

٩( ᐛ )و『女に縁ないからっていくらなんでもそれはないだろ……』

¥炎えん¥『なんでだよ⁉︎ 永遠に若くて可愛いんだぞ? 夢あるだろ』

٩( ᐛ )و『言われて見れば確かに……(ゴクリ)。って、可愛いかどうか分かんないだろ! というか、都市伝説って言ったっていくらなんでもそれはないだろ!』


蒼姫『2人ともかわいそう……。蒼姫が慰めてあげよっか?』

٩( ᐛ )و『蒼姫は男だろ』

蒼姫『女だって! ほんとに!』

岩『人間で不老不死ということは、テロメアが短くならない、あるいは無限に長くなる存在ということか? がん細胞みたいに増殖するとか?』

¥炎えん¥『お! いいね岩ちゃん、そういう前向きなコメント!』


 ポンズさんが入室しました。


¥炎えん¥『お、ぽん酢。いい所に来た』

ポンズ『おれはポンズだ。ありえないと思うよ』

 

 軽やかにタイピングしていく。


ポンズ『単細胞生物ならともかく、人間みたいな哺乳類じゃありえないでしょ。もしありえたとしてもクローン人間とかじゃない? ま、その場合不老不死じゃないか』

¥炎えん¥『クローン人間か……。選び抜かれた美女ならアリだな。あ、でも、いちいち口説き直さなきゃいけねぇのか』


 あくまでもナンパしにいく姿勢が、炎らしく面白い。くすりと笑いながらキーを打つ。


ポンズ『どころか、赤ちゃんから育て直さなきゃいけないんじゃない?』

¥炎えん¥『それは、流石に面倒だな』


 『都市伝説チャット』、通称『都市チャ』。地域同士で繋がれるお友達マッチングサービスのようなもので、同じ趣味で繋がり、その中で意気投合したメンバーだけが参加している手作りのチャットコミュニティだ。

 簡素な作りのHPは岩さんこと、岩のお手製である。


 現在、¥炎えん¥、蒼姫、٩( ᐛ )و、岩、そして僕が参加している。お互いが残しておいたチャットメッセージに後から反応したり、今日のように時間があえば全員で会話の応酬をすることもある。

 みんな、近所に住んでいるはずなのに、一度としてオフラインで集まったことはない。むしろ、近所に住んでいるからこそ、オフ会をしようという意見が一度も出ていないのかも知れない。


 人間は繋がっていないからこそ、仲良くできることがある。その不可侵の領域が、リアルで会うことによって崩壊する恐れを、多かれ少なかれメンバーの誰もが抱いているのかも知れない。

 僕にしたってそうだ。


 もしリアルでこのメンバーに会って、事情を知っている人が1人でもいたとしたら、この心地よい空間は僕の手をすり抜けて、どこかへ消えていってしまうかも知れない。そんなことは絶対に嫌だった。


 彼らは僕に残されたほとんど唯一の、友人なのだから。

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