第2話 不老不死殺し

   *水花みずか


「あーあー、せっかく友達になれそうだったのに」

「うるせぇうるせぇ、しつこいぞ。ダチならほら、俺がいるだろ?」

「照れた顔でそう言ってくれるのは、正直めちゃくちゃ嬉しいけどね? そうじゃなくてこう、普通の友達が欲しかったのに。せっかく足を洗えたんだし! 女子高生らしく? 放課後クレープ食べたりプリクラ撮ったり?」

「それちょい古いんじゃね? というか、足を洗えたってのも半分なんだから、あんまりちょーしに乗るなよ」


 軽口を交わしながら、ザクロのナイフがあたしの頭上をかすめていく。短い断末魔を上げて、男の首から血が噴き出す。

 背後にそいつがいるのは気づいていた。けれど、ザクロがカバーに入ってくれるのは分かっていたし、目の前の敵は雑魚よりも少し手強い。


 大型のシャベルを手に、飛び出す。踏み込み、一閃。大柄の男は、腕から生えた黒い触手のような手でそれを止める。

 防がれた攻撃を、惜しいとは思わない。想定通りだから。


「はぁあああ!」


 手に持つ大きなシャベルが、黒い粒子となって飛散し消える。丸腰のあたしは、素早く横に回った。手のひらを空に向け、想像する。想像はほとんど思った瞬間に、コンマ数秒という速度で形になる。

 あたしが、一番しっくりくる形。

 黒い粒子が再び形作った、黒いシャベル。それを、大柄の男の頭部に叩きつける。脳が潰れたことにより、男の腕から生えた黒い触手のような手は、黒い粒子となって消えた。


「殲滅完了っと」


 楽しげな口調でザクロが言う。手にもつナイフはすでに消えていた。あたしも、シャベルを消してしまう。

 これでようやく、人気のない路地裏に、中高生の男女が2人という、至って平和な光景になった。……足元に2人の男の死体が、転がっていなければ、だけど。

 事切れた死体を静かに見下ろしながら、数秒目を閉じる。意味のないこととは分かっていても、奪った命に対する弔いだ。


「地道な清掃活動も、骨が折れますな」

「まったくですな」


 ザクロと労をねぎらいあって、ハイタッチをかわす。そのまま「で、この後どうする? クレープ食うか?」とすっとぼけてきたので脳天に軽くチョップを下ろす。


「呼び出しなんでしょ?」


 そんな時間ないでしょ? というニュアンスを込めて言い放つ。不服そうに唇を尖らせて、ザクロはうなづいた。 

 お互いに道はわかっているから、どちらからともなく歩き出す。


「に、しても、驚いたよな」

「なにが?」

「なにがってさっきの話だよ。あの水花が半分とはいえ足を洗って、女子高生だぞ。学校行ってみたら、マジでいるし。ブレザー来てるし」

「まさかそれ確かめるために、直接教室来たわけ? 勘弁してよ……」


 やれやれと両手を広げて見せる。最後、放課後に話しかけてきてくれたあの子に、妙な印象を抱かせていないと良いけれど。


「にゃはは。ま、そんなとこ。仕方ねーだろ、気になっちまったんだから」

「はいはい」


 自由気ままを体現したような相方に、何を言っても無駄だ。それは骨身に染みてわかっているから、さらりと流してやることにした。


「けど、次は普通に携帯で呼び出してよね? わかった?」


 それでも、次回に向けての釘はしっかりさしておこう。ザクロはやっぱりどこ吹く風で、猫のような、にやりとした笑みを浮かべた。想定通り、まったく意に介した様子がない。


 くだらないやりとりをあれこれ交わすうちに、どんどん道は寂れていき、見慣れたボロ看板が見えてきた。ネオンライトで「Bar 雅」と書かれている。当然、開店時間にはまだ早く、照明は落ちている。


 ザクロと従業員用の入口へと向かう。不用心なことに、鍵はいつでもオープンだ。室内に入り、薄暗い階段を下ると、「ヨォ」といつもの声がする。

 どこか世離れしたような、不思議な声音だ。


「よっ」「こんにちはっ」と、ザクロもあたしも返事を返す。


 カウンターの向こうから、のそっと女が現れた。

 相変わらず、ひどく痩せている。骨に皮が張り付いているような状態、と言ってもいいのかもしれない。タンクトップとショートパンツを身につけたその不健康そうな体には、見える範囲全てに刺青がある。顔にもだ。


 グレイのショートヘアと落ち窪んだ瞳。そこに這うように描かれた蛇の刺青……。

 出会った時からずっと年齢不詳だが、よくよく見ればまだ若そうに見える。きちんと肉をつけて、きちんと整えれば、かなりの美人になりそうだった。最も、そんなことを言おうものなら、どんな恐ろしい目に合うかわからないけど。


「遅えんだよてめえら」

「ごめんなさいシタさん。ちょっとボランティア活動に巻き込まれちゃって」

「アルバイトの間違いだろ」


 まあ確かに、そう言った面もある。うまく返せずにいると、ほら見たことかという顔をする。


「副業は結構だがな、本業に精を出せ、本業に」


 本業。シタさんが揶揄した闇深い稼業に、思わず唇を尖らせた。


「……本業は、女子高生だもん」


 シタさんはハッとあたしを見た。余計なことを言った自覚はあったのに、「そうだったな」と呟く声は、存外優しいものだった。あたしを覗き込む瞳も、同じく柔らかい。


「だがまあ、それはそれ、これはこれだ」


 はっきりと言い切られ、背筋が伸びた。そうだ。この世界で生き残りたかったら、甘えは不要だ。険しくなったシタさんの瞳を、同じく鋭い眼光で見据える。

 クスッとシタさんが微笑む。


「顔つき、変わってねぇじゃねぇか。結構結構」

「揶揄わなくて良いよ、さっさと本題を頂戴」


 甘えのない声音で言い切ると、真剣な表情で彼女は頷いた。


「さあて、とっておきの依頼だぜ」


 彼女の言うとっておきは、大概、ろくなことではない。


「不老不死の少女を、殺してくれだとよ」

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