F  不老不死の殺し方

愛良絵馬

第一章 まるで物語の中の人

第1話 友達の作り方

   *由奈由ゆなゆ


 今がチャンスだ、と思った。

 放課後。なぜか最後まで残っている彼女。そう、話しかけるなら、今がチャンスだ。

 換気のために開けられた窓からは、心地よい5月の風と共に、運動部の掛け声が聞こえてくる。斜めに落ちた夕焼けが差し込み、悪くない雰囲気だ。


 ポケットから鏡を取り出す。自分でもうんざりするぐらい冴えない顔が映る。丸い顔に、分厚い眼鏡。適当に結んだお下げ髪。せめてもと、重く垂れ下がった前髪を整える。


 こんな子が突然話しかけても、相手にされないかな? 暗い、嫌な気持ちを自分で作り出し、俯く。

 いや、ビビるな。あの子はまだ、このクラスの状況を知らない。もう、あの子しか残っていないのだ。

 立ち上がると、ガタン! と大きな音を立ててしまった。自分でびっくりしてしまう。うう、緊張……しているのだろうか?


 震える指先に、乾いた喉。普段の自分より早い速度で脈打つ心臓の音……。うん、緊張、していそう。

 自問自答の結果、緊張が緊張を呼び、動き出そうとした右足がうまく動かない。いや、これは良くない。動け動けと念じて、思いっきり踏みだした右足が椅子の足に引っかかり、ガタン! とさらに大きな音を立ててしまった。


 最悪だ! 青ざめる私の視界で、彼女が振り返った。

 肩口で綺麗に切りそろえられた髪が、滑らかに踊る。吸い込まれそうな大きな闇色の瞳を見開いて、こちらを見つめる。


「大丈夫?」


 どうやら、音に驚いて、何かあったと思ったらしい。最悪が最高に反転する。


「だ、大丈夫大丈夫! ちょっと足を引っ掛けただけだから!」


 そっか、というように、彼女は薄く微笑んで、何事もなかったかのように前を向く。このままじゃ、ダメだ。


「あの! 水無月(みなづき)さん!」


 大きな声で呼びかける。びっくりしたように、慌てて彼女が振り返る。闇色の瞳が丸くなっていた。


「その、あの、今日、転校したばっかりでしょう? よかったらその、学校とか街とか、案内したいなー………………なーんちゃって」


 なんだよ、なーんちゃってって! 寒いジョークじゃないんだよ、お誘いの言葉なんだよ! 

 わたたたた、と自分の失言に戸惑う私に、彼女は意外にも満面の笑みを浮かべてくれた。


「ほんとに? ありがとう!」


 そう言って、荷物を手に立ち上がる。

 心の中で、ぱっと花が開いたような気持ちになる。勇気を出して、よかった。そう思った時だった。


 教室の扉が音もなく開いて、少年が入室した。


 学校という空間は、極めて閉鎖的だ。だから、明らかに外部の人間は、そこに存在するだけで違和感を覚える。


 ただ、その少年の違和感は【異常】と表現するよりなかった。

 つぎはぎやファスナーを多様した、店頭では絶対買えないようなデザインのマウンテンパーカーと、シンプルながらも機能性の高そうな長ズボン。足元は、軍人が履きそうなゴツいブーツ。


 小さな背丈も相まって、行きすぎた厨二病と表現するのがしっくり来るファッションだが、厨二病と小馬鹿にできない【何か】がその少年にはあった。

 背筋に走った悪寒に突き動かされるように、一歩、後退する。

 フードの奥から除く瞳は、爛々と輝いていて、少年らしい無邪気さがそこにある。それなのに、怖い。なぜか、そう感じた。


「ザクロ」


 私と同じように入室した少年に目を向けて、水無月さんが呟いた。少年はにぃっと笑うと、両手を頭の後ろで組んで、何も言わずに身体をゆらゆらと揺らした。

 どこか呆れたように、水無月さんがため息をつく。

 そうしてから、再び私を振り返った。


「ごめんね、早瀬はやせさん。ちょっと予定が出来ちゃった。また今度、お願いするね」


 そう言って、申し訳なさそうに、ちらりと舌を出す。

 隣に並ぶはずだった私を置いて、少年と一緒に教室を去っていく。

 ぽかんと口を開けたまま、私は彼らを見送ることしかできなかった。

 そうして、教室で唯一人きりになって、1分……2分……。


「ぷはぁーー」


 息を吐き出す。

 うう、むちゃくちゃ緊張したのに! かなり上手くいっていたのに! なに、なんでなの!?


 4月の入学式からこっち、なんやかんやで友達を作るチャンスを逃し続け、教室内のグループがなんとなく出来上がってしまった5月。なんの理由か知らないが、今日転校してきた水無月さん。

 彼女が、彼女こそが、私の高校生活最後の希望だったのに……!


「ダメだ、なんかもうダメだ……。また今度って言っていたけど、なんかヤバそうな人と知り合いだったし……」


 瞬間、頭がパァンと弾けたような感覚があった。

 ぷつり、私は机の上に突っ伏した。

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