長編10作目  数ある本日のお近づきをばっ

帝王Tsuyamasama

第一話  始業式前の春休みにおうちにて

「はぁ~……結依ゆいちゃんはほんっ……とう~に、かわいいわねぇ~」

 麦茶を飲んで、そのガラスのコップを置きながら、そんなセリフを放ったのは、僕こと道森みちもり 雪忠ゆきただの母さん、道森みちもり 満希子まきこ

 結依ちゃんというのは、今僕の左隣の席に座って、食後のデザートであるロールケーキを食べている早苗さなえ 結依ゆいちゃんのこと。僕の同級生。

 幼稚園のときにしゃべり始めてから、今までずっと仲良くできている、同級生女子。

 しゃべるといっても、結依ちゃんはおとなしくって、声を聴かせてくれる回数こそ他の友達よりかは少なめなものの、僕をまっすぐ見てくれる感じで、行動的なところもある。

 今日こうしてお昼ごはんのうどんを、一緒にうち道森家で食べたのだって、昨日の夕方に電話をかけてきてくれたことから。

 家族で旅行に行ったから、おみやげを渡しにっていうことで、今日のこれ。タイミングがお昼ということもあり、僕・母さん・結依ちゃんの三人でうどんをちゅるちゅるした。他にもサラダとかひじきの煮物とかもあったけど。

 そして今はデザートのロールケーキ真っ最中。これは昨日、父さんが会社からもらってきたもの。お試し商品なので味の感想を聴かせてほしいとのこと。あ、父さんの名前は道森みちもり 悟志さとし

 あと道森みちもり 蘭子らんこっていうお姉ちゃんもいる。大学二年生で、一人暮らししている。

 僕は料理の詳しいことはわからないけど、クリームが濃厚な気がします。たぶん。

 白いテーブルクロスが敷かれた、薄茶色の木目調ダイニングテーブル。ここで最も食事をした同級生は、間違いなく結依ちゃんがトップ。(※自社調べ)

 そんな結依ちゃんが、母さんからあんなセリフを言われたわけだけど、なんでそこで僕を見てくるんだろう?

「結依ちゃんは、三年生になったら、なにかしたいことはあるのかな?」

 髪は肩を越す長さ。身長は女子の中でもやや低め。そのためか、たぶん女子からの人気は、ある程度あるんじゃないかな? なんていうか、こう、女子からかわいがられてる~……みたいな?

 母さんからの質問に対して、お手本のように右斜め上を眺めて、しっかり考えてくれているご様子。金ピカフォークはいったん白いお皿の上に置かれている。

(僕がその質問されても、ちょっと考えちゃうかも? ぱっとすぐには浮かばない気がする……)

 言っておくけど、三年生っていうのは中学のっ。小学生でも高校生でもないよ。

 今は三月。来月から、というか春休みはそろそろ終わるので、あとちょっとで中学三年生になる僕たち。

「……元気に過ごしたいです」

 お顔を母さんに向け直してから、結依ちゃんはそう言った。僕から見たら、充分元気そうに見えるけど?

「元気がいちばんねっ。大事なことよっ。あ、麦茶いる?」

「はい」

 テーブル中央に置かれてあった、四角めな透明容器に入った麦茶が、母さんの手によって、結依ちゃん使用のイルカさんコップに注がれた。

 ちなみに母さんはライオンさん。僕はコアラさん。

「いただきます」

 麦茶飲料のコマーシャルメッセージをお考えの企業さん。こちらにいい人がいますよ。

「雪忠は? 三年生の目標とか、あるの?」

(僕にも来たっ)

 僕はもうロールケーキを食べ終えている。

「ぼ、僕は~…………」

(ん~…………)

 あ、結依ちゃんこっち見てる。

「…………僕も元気に過ごそうかな」

「雪忠もー? まあ元気がいちばんねっ」

 結依ちゃんは相変わらず僕を見ていたけど、僕の右手はズボンの右ポケットに添えられていた。

 さっき結依ちゃんが家に来たとき、僕が表へ出たら、早速旅行お土産みやげのご当地キーホルダーを渡してくれたから。和太鼓の柄だった。

 またひとつ、僕の勉強机がにぎやかになります。

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