第23話 カクテル
慎重に崖下に降りていく。
崖は急斜面ではあるが、慎重にすれば降りれないこともない。木も生えているので、捕まりながらならば、なお安全だ。
崖下までは10メートルほど。降りてみると、下も鬱蒼とした森になっていて、下手をすると遭難しかねない。
「さっき見えた馬車の幌は…あれだな」
「やっぱり馬車でしたね」
先程見えた幌布は、やはり馬車だった。完全に横倒しになっていて、荷物も飛び散っていた。
「モンスターがいるかもしれませんので、私が先行します。旦那様も周囲に気をつけてください」
「あ、ああ、頼むよ」
女の子に庇われてしまうのは、何とも情けない話ではあるが…。マリィと俺の、戦闘する能力を比較してみると、圧倒的な差なのだから仕方ない。ライオンと兎、大人と子供ほど違うのだ。
ちなみに、夜もあっさり組み伏せられている。
「旦那様!人が倒れています」
「!?もしかして組合の人か?」
馬車の横には人が倒れていた。慌てて駆け寄ってみると、一人の中年の男だった。どうやら寝ているだけで、息はあるようだ。パッと見に怪我をしている様子もない。
周囲を見回してみると、近くの樹に馬が繋げてあった。馬車を率いていた馬だろう。崖から落ちたというのに、こちらも奇跡的に怪我はしていないようだ。
「この寝ているおっさん、支部長のばあさんに言われたのと、同じ人相だな」
「ということは、行方不明の馬車の持ち主ってことですね。やっぱり崖下に落ちていたんですね」
「だな。おい、おっさん、起きてくれ」
寝こけているおっさんを揺さぶると、まもなく『うーん』とうなりながら、目を覚ました。
「んん?君たちは?」
「
「おお。天恵組の組合員か、もしかして助けに来てくれたのか?」
「ええ。ソコウの街の支部長から頼まれました」
「あの、婆さんか…」
どうやら、この中年男性はあの婆さんのことを知っているみたいだ。
「結局、何があったんですか?」
「盗賊共と、
俺たちの推測は当たっていたらしい。
「最初、盗賊を見かけたときはヤバいと思ったが、それを追いかけてきた
それは、あまりにも運が悪すぎる気がする。それとも、この世界ではよくあることなのだろうか?
「俺は戻れるんだが、馬と荷物がな…。崖上に上げる方法がなくて途方に暮れていたんだ」
「私の天恵は、生き物も入れられる特殊なものなので、馬を上げることもできますよ」
「本当か!?馬さえ助かれば、再起はいくらでもできる!頼む!」
そう言うと、中年の組合員に土下座を始めたので慌てて立ち上がらせた。簡単に俺の天恵の説明をしてから、まずは馬と、中年の組合員を
「俺はまた下で荷物回収してから行くから、一足先に、馬で行って
「わかった。俺の名前はユータだ。恩に着るよ。向こうに着いたら一杯奢らせてくれ」
「ああ。あとは任せておけ」
崖下に降りて、マリィと2人で荷物を
「半分は回収不能なので…もう終わりですね」
「ああ。そうだな」
異臭を放つ野菜や、粉々に砕けた食器などを回収しても仕方がない。鉄製の加工品や砂糖、書籍類は無事だったので
「さて、俺たちも一休みしたら崖上に戻って、先に進もうか」
「はい。そうしましょう」
※※※※※
「さて、休憩で軽く一杯やるか?」
ひと休憩するために、マリィと事務所のソファに座り込んでいた俺は、そう提案した。
「あ、良いですね!山道を進むのに是非とも景気づけをしましょう!」
「高度が高くなってきたからか、涼しくなってきたしな…身体を温めよう。…あんまり酒精強くてもあれだからな、カクテルにしようか?」
この前、蜂蜜を買ったしな…冷蔵庫にレモンもあったから…ホットレモンパンチでも作ってみるか。レモンはこの世界でもレモンとして売っていた。
ワイン…パフ酒と水をそれぞれ鍋に入れて火にかける。これは、
この鍋1つで長銀貨2枚もするとんでもない高級品だが、テフロン加工よりも焦げ付かなく、少なくとも10年は効果が続くという優れものだ。
「まずはワイン…パフ酒をアルコールが飛ばないように弱火で温める…水も温めておく」
パフ酒と水は同量。温まったところで、コップに注ぎ、たっぷりの蜂蜜、少々の砂糖を入れ、最後にレモンを絞って完成だ。
「ほい。出来たぞ」
「わ。パフ酒を温めるなんて初めて聞きました!」
そういやぁ、この世界はあまりカクテルの習慣がないみたいだったよな。
「俺のいた世界ではカクテルは元々は質の悪いお酒を飲めるようにするために始まったものだけどね。色々と工夫されていくうちにお酒の違う側面、楽しみ方って扱いになってるかなぁ?」
「そうなんですね。以前、旦那様に作って頂いたハイボールっていうのも、カクテルですよね」
「そそ。あれは有名な、カクテルの一種だね」
カクテルはべースとなるお酒に、ほかのお酒やアルコールの入っていない飲物、ほか香り付けのためのスパイスや果物などを添えて、作る。
技術的にも奥が深く、クオリティを求めるとキリがない。例えば、炭酸入りのカクテルを作るときには、気が抜けないように、かつ混ざるように的確にスプーンでかき混ぜる技術があったり…。
同じカクテルでも、シェイカーを使うのか、グラスに順にいれて最後にスプーンで混ぜるのか、1度混ぜる専用のグラスにいれてカクテルを冷やし氷が入らないようにグラスに注ぐのかなど、様々だ。
「これは、ホットパンチって言って、風邪を引いたときに身体が温まるからいいと、俺のいた世界では飲まれてたカクテルだな」
「へー。身体を暖めるですか〜。頂きますね」
パフ酒の苦さと香り、レモンの酸味、蜂蜜の甘さが相まって、ホッとするような味だ。
「同じパフ酒とは思えないような味でしょ?」
「そうですね…お酒として弱まっちゃうのはちょっと残念ですけど、そのまま飲むのとは全然違うものになりますね」
「1つのお酒で色んな味が楽しめる、と思えば悪くないでしょ?」
「た、確かに…」
「それに割るということは、お酒の消費量も減る。つまり長く楽しめるということでもある」
「な、なるほど」
カクテルは、面白い。
混ぜ方、割合い、混ぜるものの品質でも味が変わる。例えば、コーヒーリキュールに牛乳を混ぜて作る『カルーアミルク』。牛乳を低脂肪牛乳にするか、ノンモノナイズで低温殺菌の高級品にするかでは味が全く変わってくる。
例えば、スピリッツの一種ジンと、香りをつけた炭酸水トニックのカクテルであるジントニック。ジンにもトニックも種類が山程あり、その組み合わせとなれば数えきれない。1つのカクテルだけで専門店が成立するほど、カクテルの世界は奥が深いのだ。
「アルコールの強い蒸留酒と香りが高いリキュールを混ぜるカクテルもあるね」
「お酒とお酒を混ぜるということですか?」
「そうそう。面白いでしょ?」
「はい!面白いです。旦那様、ほかのカクテルも教えてください!」
「オーケーオーケー。ちょっと待っててね」
マリィにおねだりされた俺は調子に乗って、カクテルを作りすぎてしまった。気づいたときにはベロベロになっていて、結局、ここで一泊することになる。
カクテルは、飲みやすい割に酒精が強いから気をつけよう…。
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