第27話 レイ・サボン酒

そして、アリスを自分の娘と、認識した瞬間のことだった。


この世界に来て、あの謎の玉を手に取った瞬間、感じたあれ…そう、天恵を自覚したあのときと同じ感覚が蘇った。そして、俺は自分の天恵が変化したことを自覚した。


「何か…天恵が変化したみたいだ…」

「旦那様、私もです…私の天恵…どうやら聖属性のほかに地属性の魔法も使えるようになったみたいです…修練は必要でしょうけど…」

「俺は…部屋が増えた…」

「ええ!?また収容力が上がったんですか?」

「いや、たぶん違う…」

「それは、どういう…?」


増えた部屋の名前は「農場ファーム」。どうやら、俺の酒蔵ブルワリーは、作物すを育てることすらも、出来るようになったようだ。


「どうやら中で作物を育てられるようになったみたいだ。どうして、こんなことが起きたのやら…」

「それは、我々、地龍の影響だと思います」


俺とマリィの話を横で聞いていたエリスさんが、そう説明をしてきた。


「地龍の影響?」

「はい。地龍は大地と生命に強く根付いた存在です。それの仮の親となったことで、大地との結びつきの強さが天恵にも現れたのでしょう」

「なるほど?いや、俺も天恵のこと自体よくわかってないんですけどね…」

「そうですね…貴方は、人の形をしていながらた人ではない…つまり明らかにこの星のものではない生命体です」

「あはは…」

「しかも、あまりこちらに来て期間も経っていないようですから…そう言ったことを知らないのも無理もないでしょう」


さっきもそんなこと言ってたけど、そんなことが俺を見ただけでわかるなんて、龍ってすごいんだな。


「ヒーロさん、貴方は最近よく聞く、ノーテヨド王国の召喚勇者ですね」

「はい。それみたいです。…というか、龍の力ってそんなことまでわかっちゃうんですね」

「ふふふ。これは、龍の力というよりは、地理的な要素と、社会の情報を組み合わせた推測だったんですね。しかし…やはりそうなんですね…。何というか…突然、この世界に連れてこられて気の毒なことです」

「あはは。それはもう諦めました。せっかくなのでこっちの世界で、めいいっぱい楽しく暮らすことにします」


そう俺は笑い飛ばしたのだが、それに対して、エリスさんは何とも複雑そうな顔をした。龍って結構、表情豊かなのな。


「いろいろと言いたいことはありますが、一応、ヒーロさんの、言葉通りに受け止めることにします」

「ありがとうございます。俺の中でもまだ完全に消化しきれた訳ではないですが、こちらの世界にも繋がりが出来ましたので…」


そう言ってマリィを見た。目があったマリィは、何とは聞かずにほほえみ返してくる。確かに俺が、あちらの世界にやり残したことは多い。しかし、それでももう俺にはマリィなしの人生は考えられない。


「そうですか…それなら、あとは時間の問題ですね…」

「時間とともに、こちらの世界に馴染んでいくと思います」

「話が、それてしまいましたが、天恵のことをお話しましょう。天恵は、本人の持つ性質、性格、そして魔力の影響がとても大きいものです」

「なるほどね。だから酒好きの俺は酒蔵ブルワリーって訳か」

「そんなところでしょうか?どうやら、貴方の元いた世界では『強さ』に関するイメージが豊富にあるみたいで、それがこちらの世界で天恵として発現する方が多いようですね」


あー。一緒に飛ばされた大学生は、2人ともファンタジー小説を読んでいたような感じだったからな。いくらでも、イメージの元になるものはあったのだろう。


「俺の世界には、人間を遥かに超える空想を書いた物語が山ほどあって、老若男女みんな少なからず読んだことがあらますからねぇ」

「なるほど…戦いに向いた天恵がでやすいのはその影響でしょうね」


長い頭を左右に揺らして、エリスさんは頷いた。


「天恵とはそういうものです。そんななので、性質、性格、魔力の影響のどれかが大きく変化するとそれに合わせて天恵も変化します」

「それが、今回のことですか…」

「そうですね。もともと、2人がアリスを助けたところから始まったのも良かったのでしょう。親子の気持ちの結びつきの相性も良かったのでしょう。龍の試練で、天恵が変化するのは、珍しくありませんよ」

「アリスがいきなり大きくなったのもその関係なんですか?」

「そうですね。庇護する龍にも影響はあります」


エリスさんが、振り返ってアリスをじっ、と見た。エリスさんに見つめられたアリスは、ニコリと満面の笑みを返した。


「アリスがいきなり、幼龍インファントドラゴンから若龍レッサードラゴンになったのもその影響でしょうね。人間に変化できるのは若龍レッサードラゴンになった証ですから」


あ、あれってそういうことなの?とアリスの方を見ると…。あれは早速マリィと仲良くなったようでキャッキャウフフと女子トークを繰り広げていた。


「騎龍を持つ龍騎士ドラグナー真龍騎兵ドラゴン・ナイトと呼ばれ、その力は一騎当千と言われます。これで旦那様をさらに守ることができますね!」

「えへへ。マリィママとふたりで、ヒーロパパをまもるぞー!」


うわー。ただでさえめちゃくちゃ強いマリィが、さらに強くなるなんてヤバいなぁ。


※※※※※


「では、しばらくのお別れとなる、アリスの旅立ちのお祝いでもしましょうか?」


エリスさんは長い別れとなるはずなのに、存外湿っぽくない声でそう宣言した。もしかしたら、龍にとっての100年というのは、そう長い期間ではないのかもなぁ。


エリスさんは、洞窟の奥に顔を突っ込むと、ある樽を口にくわえて出してきた。樽からは、ほのかなアルコール臭がするので、たぶん酒だろう。


案の定、それを察したマリィが目を輝かせて樽をじっと見つめている。


「これはレイ・サボン酒という、サボン酒の1種です。ここのような涼しい洞窟内でしか作ることができない少し特別なサボン酒です」


そう言って、エリスさんが、互いに用意したコップにレイ・サボン酒を注ぐと、溢れんばかりの泡がたった。アリスだけは…流石にジュースだったが…。どうやらアリスは実年齢も、見た目と同じ10歳だそうだ。


「では、アリスの旅たちに」


俺がそう言うと、互いがコップを軽く上げた。この世界では乾杯的なものはこうするらしい。確かにコップ同士をぶつけて、壊れるのも嫌だからな。


木のコップに並々と注がれたレイ・サボン酒は、鼻を近づけるとハーブの香りがした。口に含むと、複雑なハーブの香りの裏にある、エールとは違う切れ味が感じられる。


サボン酒は…そういえばエールのことだったな。つまり、エールの中でも涼しいところでしか出来ない…え?


マリィも気づいたのだろう。一口飲んでから、思わず振り返ると、同じことを考えただろうマリィと目があった。


「旦那様!?これって…もしかして、探していたサボン酒ではありませんか!?」

「そうだ!いきなりビンゴだ!まさか、ラガー酵母をこんなところで見つけるとはな!」


状況と味から推察するに、やはりラガー酵母で作られたもので、間違いないだろう。


「しかも、このラガービールは、ホップが使われていない…とすると、これは、要するに地球の言い方だと、グルートエールならぬ『グルートラガー』ってところかな?」


ホップではなく、数種のハーブを組み合わせたグルートで仕上げるラガー。地球のどこかでも、過去には飲まれてはいたのだろうが…。


「このサボン酒が、旦那様の言ってたらがーびーるなのですね」

「ま、半分くらいはそうなるかな?」

「たしかに、普通のサボン酒に比べると、後味がすっきりしています」

「これをさっき見つけたホップで仕上げるとさらにすっきり度が増して、喉越しがかなりよくなるよ」


洞窟の奥は温度が低いのか、すでキンキンとは言わずともヒエヒエ程度にはなっている。その冷たさも、レイ・サボン酒のキレを支える味わいになっている。


「しかし、これはまた、ラガービールとは違った味わいだ。素晴らしい…あー、エリスさん?」

「はい?」

「これ、もう少し貰えたりしませんか?…もしかして仕上げに加熱処理をしているのでしたら、その前の段階のものを…」


加熱前の原酒なら、酵母が生きている。だから、材料さえあれば、そこから新たに酒を作ることも出来るだろう。


「構いませんよ。もしかして、ヒーロさんは、自分でお酒を作られるのですか?」

「ええ。私の天恵は酒造りにとても向いていますので、私の世界の酒を再現してみたいのです」

「なるほど…それは面白いですね」

「うまくいったらそのうち、お持ちしますね」


美味いものが出来るかどうかはともかく、作ることだけなら、遠くなく出来るだろう。ホップも手に入った。もしかしてと思って、前の街で大麦も仕入れてある。


なかなかラガー酵母が手に入らなければ食べればいいと思っていたのだ。


「さて、明日から早速取り掛かろうかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る