その優しさから紡ぐ物語
ヤギサ屋
朝の電車
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
朝日を浴びるビル。キラキラと反射する光。
薄く雲のかかった空。
流れゆく街々。
揺れる電車の中で、手すりに掴まりながら、毎日違う顔をする景色を眺める。
スーツや、作業着を着た背の高い大人達に小さな私は今日も埋もれる。
窓に顔をつけて、いつも車窓を無意識に目で追っている。
耐え難い満員電車から、気を逸らすにはこの手しかない。
電車が止まり、扉が開く。人の波に飲まれ外へと放り出される。
「あ…」
酸欠の立ちくらみで、頭がぼうっとして来た。しゃがみ込んで、息を大きく吸う。
周りの人達は皆、そんな私を見やりながらも、慌ただしい様子で電車に乗り込んでいく。
恥ずかしい。
でも、もうちょっとこのままでいたい。
いつもの立ちくらみ、きっと直ぐに治る。
下を向いて、息を整えようと、ゆっくり吸ったり、吐いたりを繰り返す。
電車が行ってしまう。
人々は私を避けてまた並び始める。
邪魔かもしれない、でも、どうしても苦しい。
「大丈夫ですか?」
低い声で黒い革靴を履いた男性が私に声をかける。
「はい…」
「本当に? ベンチまでお連れしましょうか?」
「○#&/@…」
息が詰まってしまって、言葉が出なかった。
電車がやってくる。
この人も乗り遅れてしまう。
朝の電車の一本の大切さは私はようくわかっている。
でも、優しさがとても嬉しかった。
男性に大丈夫と手をあげて合図した。
自分の足の間から、紺色のズボンの裾が見えた。
合図を理解して、男性は去って行った。
少し経って、先程の男性と駅員が私の元へやって来た。
駅員の男性は私をゆっくりと起こして、近くの椅子に座らせてくれた。
男性は「すみません」と言って去って行った。
椅子に座って息をゆっくり吸ったり、吐いたり。
駅のアナウンス音が呆けた頭によく響く。
着いては出て、着いては出てを繰り返す電車。
ぼうっとした視界が徐々に鮮明になっていく。
「大丈夫ですか? 救急車呼びますんで、待っててください」
「…いや、もう、大丈夫です」
慌てて立ち上がった。
まだこの時間なら間に合う、今度こそ電車に乗り遅れてはいけない。
「立ちくらみしただけなので」
「そうですか、大丈夫なら良かったです」
「ありがとうございます。さっきの男の人…」
「具合が悪い人がいるって教えてくれたんです。感心しますね、この時間、皆素通りでしょ」
「お名前とかって」
「いえ、急いでいるそうで、すぐに行ってしまって…」
「…そうですか、どんな制服でしたか」
「紺色の学ランの制服を着てましたよ」
「…わかりました。ありがとうございます」
駅員に深くお礼を言い、私は電車に乗り込んだ。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
揺れる電車の中で、紺色の制服を着た男性がいた。でも、たぶんこの人じゃない。
あの男性の裾は少し短くなっていて、足元の靴下が見えていた。
いつか会えるかな。
明日はあの駅で待ってみようかな。
お礼が言いたい。
学校の最寄駅に到着し、電車から降りると、
風が私の髪を攫って、少し赤い頬を隠す。
どくん、どくん、どくん。
胸の高鳴りが心地よい。
私は今日も学校へ向かう。
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