終末のアルトフライヤ
夜桜詩乃
第一章 第五都市の結界姫
プロローグ
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結歴297年 2月 17日/PM23:42
H-105地点上空
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高度約3万フィートを一機の
ただ、そんな熟練のパイロットであってもこのエリアにおいては緊張せずにはいられない。なんせ、敵は正確無比な対空砲を何門も持っており今よりも少しでも高度を落としてしまったら即座にそれらがこちらに牙を向く事を知っているからだ。
「ポーター01よりHQ――こちらは予定通りのコースを飛行中。あと20分ほどで目標地点に到着する」
《HQよりポーター01へ。了解した。作戦は既に第三段階まで進行中。そちらは
「
輸送機のパイロットは通信を切った後に小さく舌打ちをした。本来、戦車などを輸送するのに使うこの無駄にデカイ輸送機で今現在何を運んでいるかと言えば、たった一人の子供だからだ。
「納得できませんか?」
「納得? そんなもんは軍に入った時から一つもした事ない。アレが重要な荷物で、この作戦の鍵だと上がどれだけ言ってもぱっと見はただの子供だぞ? だけどな……俺達はプロだ。軍人だ。だから、納得出来なくても、どれだけの不満を抱えていようが任務は忠実にこなさなきゃならねぇ」
メインパイロットの男性が吐き捨てるように言えば、サブパイロットの男性が小さく溜息を吐く。
「後ろに乗ってるベンには同情しますね。アイツの息子が同じくらいの年齢ですし」
「まったくだ……これから自分達の手で死地へと送り出すガキをずっと見てなきゃいけないなんてな。アイツの精神がイカれちまわない事を祈るばかりだ」
操縦席でそんな会話をしている頃、後ろの貨物室ではそのベンが居心地悪そうに備え付けられている椅子に座って目の前に座る少年を見ていた。
貨物室を照らすのは小さな電灯と赤く点灯しているライトのみ。そのため室内は全体的に薄暗い。
それにプラスして二人の間に楽しい会話なんてあるはずがなく、気圧によって軋む輸送機の音と風によって発生する重い音。それに加えて少年がずっとマガジンへと銃弾を込める音だけが響いている。
そんな空気に耐えられなくなったベンが気を紛らわせようと少年をより一層見る。薄暗くてよく見えないが深く被ったフードの隙間から見えるのは黒い髪。身長は恐らく165cmほど。年齢は事前に見たほぼ黒塗りされたプロフィールでは14歳となっていた。
「……君は怖くないのか?」
「……」
「今回の作戦は明らかにおかしい……君のような若い少年を一人で敵のど真ん中に落とすなんて……」
「……」
パチッパチッとマガジンに銃弾が込められる音が響く。その姿は様になっており、とても14歳などには見えない。むしろ、精神は熟練の老兵と言われた方がしっくり来る程だ。
少年は弾が込め終わったマガジンを目の前に展開されているコンテナへと乗せる。コンテナは横100cmの長方形であり、その両脇が開いていて中央の部分には芯が立ったまま。そして、その芯の部分から小さなアームが出てきて少年が置いたマガジンを自動的に対応する場所へと格納した。
自立型歩行戦術支援コンテナ――正式名称はSelf-supporting walking tactical support containerと無駄に長く、頭文字を取って軍ではSWTSCと呼ばれている。
SWTSCはその名の通りAIによって自動的に動き、兵士のサポートをしてくれる。戦場では四本の足が展開され、それを駆使してどんな悪路でも歩くことができる優秀な相棒でもある。
このSWTSCは支援を目的として作られ、運用されているが仕事はそれだけではない。
「……」
少年がまた一つマガジンに弾を込め終えて展開されている部分に置くと、芯の前方部分が動いて小さな頭が飛び出す。
正方形の無骨な頭の先端にはカメラが付いていて、ソレが少年を見た後にマガジンを見た。
そう、SWTSCのもう一つの仕事は自分が従事する兵士の記録だ。この戦場において兵士の帰還率は高くない。ましてや、少年のような任務は帰ってくる事が想定されていない。
そんな時、その兵士がどう戦ったのか。その戦闘行動で敵がどういう動きをしたのかを記録するのだ。せめて、彼らの死が無駄ではなかった事にするために。
《――少尉》
少年が次のマガジンに弾を込めようとした所で右耳に付けていたインカムから少女の声が聞こえて来る。
マガジンを置いた少年が右耳に触れるとインカムは待機状態から通信状態へと切り替わる。
《現在、作戦は第三段階を経過中です。地上の陽動部隊も粘っていますが、やはり地上部隊からの
少女の声を聞きながら少年がSWTSCの上に置いてあったサングラスを掛ける。そこのHUDに表示された情報を読み込みながら再度マガジンを手に取る。
《これより、最終ブリーフィングを開始します。少尉は単騎でH-105-N地点からの
少年――いや、人類の敵には正確無比な対空砲を何門も持っている。だが、それらは戦闘機や輸送機などの巨大な物には反応するが人間程の大きさのものが一つ降ってきたくらいでは反応する事がない。そのことは度重なる実験で判明していた。
《難易度の高い
少女の言葉が終わるのと同時に最後のマガジンに弾を込め終えた少年がSWTSCの上にソレを置き、深く被っていたフードを外して隣の座席に置いてあった酸素マスクを装着する。
《操縦席よりお客様へ。そろそろ目的地上空だ》
《作戦地域は強力な魔素障害が発生しており、現行の通信機での通信は行えません。なので以降の通信は
機内の通信によって流れて来た言葉で少年は立ち上がり、SWTSCは展開していた部分を閉じて長方形のコンテナになり、そこから四本の足が生え、立ち上がる。
「降下20分前。機内減圧開始」
ベンも立ち上がって壁にあるパネルを操作し始める。
《
「降下10分前」
少年が立ち上がり、背中に背負ったバックパックや装備の確認を始める。仮に上空で装備が外れるような事があれば作戦どころではない。
「降下5分前。プラットホーム解放」
ベンの言葉の後、少年とSWTSC輸送機の後部側へと移動すれば赤く点滅していたライトが青く点滅し、ゴゴン……と重い音を立てながら後部ハッチがゆっくりと開いていく。
ベンは思わず少年を止めようと右腕を伸ばし――その覚悟を決めた背中を見て腕を力無く落した。
そして人類のためにその若き命を捧げようとしている黒いBDUに身を包んだ少年を決して忘れぬように……その献身に最大限の敬意を持って敬礼をする。
彼が軍隊に入り、この任務に就いてから数えるのも億劫になるくらい人間や物資がこの場所から落ちていくのを見てきた。だが、流石に自分の息子と同じ年齢の子供を見送るのは初めてだった。
開いた後部ハッチから暴風が入り込み、二人の服を激しく揺らす。
本来ならば大人でも思わず一歩後退ってしまうほどの風をその身に受けながらも少年は微動だにしていなかった。
《そろそろ目的地上空です。時計合わせ40……45……46……》
少女の声に従って少年は左手首に装着された時計を見る。
《
パイロットの声に従って先にSWTSCが夜空へと飛び立つ。その後、少年も足を前へと進め――
《状況開始――少尉、お誕生日おめでとうございます》
「Si vi
少女の声に答えるように少年は呟き、自らの身体を夜空へと舞わせた。
結歴297年 2月 18日。少年の誕生日でもあったその日に決行された人類存亡を賭けた一大作戦は母体及び核の破壊を持って終結した。
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