第2話 作戦会議

  

「……面白いって、なんだ」

 

 雨が小窓に打ち付けていた。放課後の教室には、俺と小夜子と五郎丸の三人だけ。向かい合わせになった机の上には、漫画の原稿が大量にある。

 

 作戦会議である。

 コミックキング賞に落選してから早1ヶ月。あらゆる賞で敗北を喫し続けた俺は、とうとう彼らに相談を持ちかけた。

 今日はそんな作戦会議の三日目。今まで建設的な意見はほぼ出ていない。五郎丸は口を開けば「バカと陰キャはハーレムを書け」だのとほざくから、お話にならないね。

 

 賞に落ちようと俺の根幹は変わらない。ハーレムなどファックだ。あんな下らないご都合主義を書くのなら、切腹したほうがマシだ。需要があるのは分かる。面白さもまあ、理解できる。しかし自分が描くとなると話は別だ。

 

「……ぶっちゃけ教えてくれ、小夜子。俺の漫画は面白いか」

「え、えっとぉ……」

 

 もじもじ、小夜子は身体をよじる。あかん。後ろめたさマックスだった。その仕草から伝わる。オーケー。俺の漫画は面白くはないらしい。


「正直に答えてくれ」

 一向に俺と目を合わせようとしない小夜子の目を、逆に真っ直ぐに見つめる。すると一瞬、度の高いレンズの向こうにある瞳と目があった。


「……て、テンポが悪い、かなぁ。えっとね、面白いよ? でも、引き込まれるまでに時間がかかって」

「そう、そうでござる。桐原殿の描く漫画は男女の仲が進むのがなっがぁぁああいでござる。その面ハーレムは素晴らしいでござるよぉ? ヒロインは一瞬で恋に落ちるのでござるから」

「テンポ、ねぇ……」

 

『リアルな恋愛』に重きを置く俺としては、むしろそのいじらしさが売りなのだが、と唱えたくなる。しかしそれが作者の独りよがりだと分からぬ俺ではない。彼らの言うことは実際、的を射ているのだろう。

 

「あと、キャラが薄い、かな。この子好きっ! みたいなのが、なくて」

 おずおずといった調子だった小夜子に、だんだん熱が入りだす。体に力が入っているのか、小刻みに震動していた。

 

「例えばこの梅子ちゃんなんだけど、リアルなキャラにしようとしすぎて逆に浮いてるっていうか!」

 彼女はガンッ、と椅子を突き飛ばして立ち上がると、「そうそう!」といった具合に次々とダメ出しを吐き出していく。


「繊細な感情の機微を表そうとしているのは分かるんだけど、動きが小さすぎて読んでるときの期待外れ感が凄いの! 『え? キスしかけたのに、顔赤らめただけでもうおしまい!?』みたいな!」

「ちょ、ちょちょ、小夜子殿! もう、もうそこらへんにするでござる!」

 

 しかし、小夜子の熱は収まる様子を見せない。むしろより激しく、大火になりつつあった。もう誰が止められようものか。いやにしても、凄いな。ポンポン出てくるな、ダメ出し。

 あ……やばい。泣きそう。


「それと――でね!――ここは――あと――この展開とか最悪だよ!――読者の期待を裏切ってするほどの――ここ本当につまんなかった!――こんなの読んでて苦痛だよ!――多分だけどね、桐原くんは恋する気持ちってのを知らないんだよ! 恋っていうのはもっと、爆発的で、情熱的で、理屈抜きの、おっきな感情なんだもん!」


「さ、小夜子殿、もうそろそろ本気でやめるでござるぅぅう! もう、もう……桐原殿が、死んでるでござる!!」

「ぇ、ぇえっ!?」

 

 ようやく現実に戻ったらしい小夜子が、俺の姿を見て「ひょぇええ……っ!」と小さな悲鳴を上げる。

 

「だ、大丈夫、桐原くん!? 干物みたいにしおしおになってるよ!?」

「だ、大丈夫だ……小夜子……俺はもう、死ぬよ」

「桐原くぅぅぅん! 行かないで、ごめんね、ごめんね!」

 地に伏しながら、明後日の方向を虚ろな目で見つめる。死にたかった。あろうことか俺のファンとして出会ったはずの小夜子まで、ここまで俺の作品をボロカスに思っているだなんて、期待を裏切られた、って気持ちもあるけど。

 それ以上に、小夜子なら少しでも自分を褒めて慰めてくれるかも、なんて打算的に甘い期待を抱いていた自分に嫌気が差した。

 

 受け入れよう。俺の作品は、つまらない。

 頭の中でぐるぐると小夜子の言葉が巡り巡る。


「――多分だけどね、桐原くんは恋する気持ちってのを知らないんだよ! 恋っていうのはもっと、爆発的で、情熱的で、理屈抜きの、おっきな感情なんだもん!」

 

 ……恋は理屈抜き、か。

 ヒロインが主人公を好きになる理由。俺が恋愛漫画を描く際に、最も重要視する部分だ。それすらも、理屈抜きで構わないのだろうか。それが恋? 理屈抜きの恋だなんて、恋している自分に恋してるだけだろ?

 

 ……ひねくれてるんだろうか、俺は。


「今日はもう、帰ってゆっくり休むでござる」

「ああ、悪いな……五郎丸」

 

 肩を借りておもむろに立ち上がる。上手く歩ける自信がなかった。びくびくと怯えている小夜子に、精一杯の笑みを向ける。


「ありがとな、小夜子。……なにか、大切なことに気づけた気がするよ」

「いや、ご、ごめんね、桐原くん! でも、でもね……。ファンとして、桐原くんが面白い漫画を描いてくれるの、待ってるから!」

 

 俺、桐原小太郎は、こと漫画においては嘘はつかない。だから誓おう。読者が期待しているのなら、プレッシャーに押しつぶされている場合ではない。


「ああ、待ってろ、小夜子。次はギャフンと言わせてやるさ」

 五郎丸に体を預けながら、決めセリフを吐くのだった。

 

 にしても床……ひんやりしてて気持ち良かったなぁ。

 少しだけ、癖になりかけた。


 

 

 

 

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