隠れ宗教二世女と非行更生元暴走族

すどう零

第1話 宇宙人的不思議な先輩との出会いー杉菜まゆか

 今、また新たな宗教ブームであるといっても、あくまで被害者的な意味であるが。

 私が初めて隠れ宗教二世先輩と出会ったのは、OL時代のことだった。


 残念ながら、宗教というのは相手を傷つける結果となっても、本人には悪気がなくむしろそれこそが正義であり、相手の方こそ間違っていると思っているので始末に悪い部分がある。


 入社したての私ー杉菜まゆかーに、近づいてきた私より一回り上の独特の雰囲気をもった個性的ともいえる小柄な女性ー山川勝枝ーと言った。

 まだ世間慣れしていない私は、その女性に何気なしに世間話をしていた。


「〇課長から、早く仲間をつくらなければと言われたが、私をからかってるんでしょうか?」

 山川さん曰く「あなたって気持ちの悪い人ね」

 なんと失礼な物言いをする人だろう。上から下を見下ろすような、まるで宮廷の女王が、それに仕える下僕に命令するような、思いやりのかけらもない物言いである。

 完全に自分だけが、いや自分こそが正しいと思い込んでいるのだろう。

 しかし、彼女の潔癖な凛とした雰囲気に、私は興味を抱くようになっていた。


 山川さんと昼食のランチをとる機会があった。

 私が先に食べ終わり、勘定といっても割り勘であるが、山川さんはこらえていた怒りを爆発させるように、道端で怒鳴りつけた。


「あなたと前に食事をしたとき、食事のマナーが悪いとは思ってたけど、ちっとも治ってないようね」

 えっ、私、何かしましたっけ。

 私は今までそのようなことを言われたことはなかった。

 学生時代、お弁当を食べる時、もう少し静かにと言われたきりであったが。

 家族からも何かを言われることはなかった。


 山川さんは堰を斬ったように、説教を始めた。

「あなたは私とお箸の持ち方が違う。食べるときはモグモグと食べ、おかずをクチャクチャとほおばる癖がある。

 どうして、食べるときのスピードを私と合わせようとせず、早く食べようとするの? また食べるとき「先食べていいですか?」と断りを入れなかったでしょう」

 私はただただキョトンとして聞いていた。

 私、なにか悪事でも働いた? まるで私が一方的な加害者みたいじゃないか?

「あなたは自分ではそれでいいかもしれない。でも私は不愉快だわ」

 えっ、私、なにか人に不愉快なことでもした?

 食べ方が違うというだけで、どうしてそんなに興奮して怒ったりするのか、私にはわからない。

 私は思わず笑いだした。


 すると火に油を注いだかのように

「何、笑ってるの。気持ちの悪いガキンチョね」

 ガキンチョだって。そりゃまあ私は未成年者ではあるが、余りにも失礼な物言いではないか。

 第一、身内でもない、生活の面倒を見てもらっているわけでもない全くの他人、会社の先輩にどうしてそこまで言われなきゃならないんだ。

 まるで万引きをみつけた加害者のような、人を完全に悪者扱いしたような上から目線である。私は極悪非道の大悪人にでも落ちぶれかのような錯覚に陥った。

 この人一体何者? 少なくとも私が今まで見てきた人とは違う。

 私とは全く違う星の下に生まれ、違った人生を送ってきたに違いない。

 私は山川さんにかえって興味を感じた。


 なんと山川さんは、社内結婚することになった。

 相手は×一の寡黙な男性。

 山川さんの持つ、個性的な雰囲気に魅かれたに違いない。

 山川さんと、最後のランチをすることになったとき、山川さんはしみじみと言った。

「私はあなたのことをまるで本当の妹みたいに思ってきたの。

 だからズケズケと言ってきた」ーえっ、私は山川さんの身内でもないんだ。ズケズケと言われる筋合いはないよ。

 これは私からあなたへのはなむけに贈るわ」

 見ると赤い幼女のイラストのついた小さなソーイングセットだった。

 まあ、このこと自体は有難いことでもあるが。


 山川さんは信じられないことを言った。

「あなたはとってもいい子なんだけど、食事のマナーがね。

 私は、あなたが食堂で食べるというのを聞いて、経理課の先輩に食事のマナーについて調べさせてもらった。そしたら、相変わらずお箸の持ち方が違うって。またうどんを食べる時、すするようにして食べるって」

 えっ、経理課の先輩? 関係ないじゃないか。関係ない人まで巻きこむ必要などないだろう。

 私は山川さんにますます、奇異なものを感じたと同時に、そのバックグラウンドが知りたくなった。

 なにか妙な宗教団体にでも入信しているのだろうか。

 一度入信すると、仲間で妙な白無垢の衣装を身にまとい、妙な踊りを踊ったりして一体感をもつことで、脱出できなくなり、また脱出したとしても、一般世間では受け入れてもらえなくなるという。

 元アウトローの如く、そういった人が一般世間の人間と同じ言動をし、一般世間で受け入れてもらうためには、一般人が想像を絶するような努力が必要であるという。

 まるで氷の山を、ザイル無しで登るようである。

 少しでも油断すると、真っ逆さまに転がり落ち、奈落の底の落とし穴が待っているだけである。

 そのためには、想像を絶するような努力が必要である。

「反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない」の通り、やはり支えてくれる人が必要である。


 山川さんは社内結婚をした後、新婚家庭に呼ばれていった。

 大阪の下町にあるご主人の実家である、年季の入った長屋。

 ご主人がいないのを見計らい、山川さんは私に質問した。

「この会社で、競馬してる人いる? 麻雀してる人いる?」

 私は絶句した。

 競馬や麻雀、未成年のうちは禁止しているが、社会人になってからはつきあいでするケースもある。そんなこともわからないのか?

「そりゃまあ、いますよ」

 山川さんは眉をしかめて言った。

「今まで黙っていたことなんだけどね、私たちは神の選民なの」

 えっ、何それ? どこかの新興宗教!?

「私は山陰地方の出身でね、山の上の高校に通っていたの。

 寮制度の学校でね、一般世間という下界に降りてはいけないといわれていたの」

 一般世間という下界!? まるでアニメの世界である。

 下界という物言いは、薄汚れた俗世間のように徹底的に見下げた物言いである。

 一般世間が下界なら、山の上は俗にまみれていない高尚な上界とでもいうのだろうか。

 そして、上界の人間は世間知らずの余り、下界に住む一般世間のことを嗅ぎまわっているのだろうか?

 だから、会社の人に聞きまわるなどという迷惑で奇異な行為をしているのだろうか?

 私は山川さんに対する謎が解けたようである。

 そんな私の思惑に反するように山川さんは言った。

「この会社で信用しているのは、あなただだけなのよ」

 言い換えれば私は山川さんに対して、怒ったり嫌ったりしなかったという事実が、信用につながったのだろうか?


 山川さんは再び私に尋ねた。

「彼氏って、昔人事部長に遅刻を注意されたの。今でも遅刻してない?」

 実はご主人は、昼休みの遅刻の常習犯だった。

 いつも五分ほど遅刻して、会社に戻るのだという。

 でも、そんなこと言える筈がない。

「多分、遅刻はしていないと思いますよ」

 すると、山川さんは不安げな顔で言った。

「本当に遅刻してないかどうか、タイムカードを調べてきてくれない?」

 私はオウム返しに答えた。

「何もそこまでする必要はないと思いますが」

 すると、山川さんは意外なことを言いだしたのだった。

「本当に遅刻してないかどうか、人事部長に電話をかけて聞いてみようか」

 ゲゲッ、それはまずい。人事部長を相手にご主人のことを調査するというのは、恥をかかすことである。

 山の上の上界の人間は、そんなこともわからないのか?

 山川さんは言った

「このこと、内緒、内緒よ」

 そりゃそうだろう。こんなことが暴露するとご主人は怒りだすに違いない。

 山川さんの行為には悪気はなかっただけに、余計始末が悪い。

 こんな状態で、結婚生活が継続するのだろうか。


 私は昼休み、会社から少し離れた行きつけのカフェがあった。

 するとなんと 山川さんのご主人が一人で来ているのだった。

 私は挨拶をすると、ご主人は向かいの席に座った。

 それからは、昼休みときおりご主人と喫茶店で駄弁ることになった。


 ご主人はいわゆる猛烈サラリーマンというのとは真逆で、出世など考えないのんびり型の精気のない中堅サラリーマンだった。

 駄弁りだしてから二週間くらいたった頃だろうか。

 山川さんの愚痴を言いだしたのだった。

「なんだか、すごくギスギスして。食事のマナーについてよく文句を言われるよ。

 悪い、悪すぎるって。杉菜さんより、まだ悪い」

 どうして私の名前がでてくるんだ。

 また上目遣いに、じろじろと食事をするのを観察する癖が治っていないのか。

 山の上の学校? 何の新興宗教なんだろうか?


 私は山川さんとの一部始終を話すと、みな言うことは同じである。

「ボケてるんじゃない。頭がおかしいんじゃないの」

「へえ、神の選民、なにそれ? じゃあ、神の選民は自給自足ですか?

 下界の人のつくった物を食べ、下界の人の知恵を借りて生活しているのですか?

 変わった人。そんなところ、一度行ってみたいな」

 好奇心交じりで、山川さんのことを変人扱いしようとする。

 でも私は、不思議と山川さんを責める気にはなれなかった。

 もし環境が変わっていれば、誰しもが山川さんのようになるかもしれない。

 幸いそうでなかったのは、環境に恵まれていたからでしかない。



 

 


 

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