安土の家

 風香から話を聞くのは部屋に戻ってからにした。コトリはいきなり切り込んだ。


「どこから聞いたんや」


 ちょっと単刀直入過ぎるでしょ。それじゃ通じないしトボけられちゃうよ。でも風香はニッコリ笑いながら、


「さすがですね。もう調べ上げられましたか」


 トボけるのは時間の無駄と判断したか。そうなると意図は一つだけど、これって偶然、それとも計画的だったの。


「フェリー乗り場で驚きました。話に聞いた通りの二台のバイクがいたのですから」


 ありゃ、まあ、そんなに広がってしまっているのかな。


「安土の家の家系伝説も調べられましたよね。後鳥羽上皇の末裔は表の伝説で、あれには裏の伝説もあります。安土の家は甲賀の地侍の出身です」


 甲賀の地侍って忍者の家だったとか。


「そういう家系伝説になっています」


 日本には忍者がいたのは間違いない。一番活躍したのは戦国時代かな。有力大名は多かれ少なかれ忍者を雇っていて、情報収集や破壊工作に駆使したとか。


「ああそうや。もっとも後世に話がトンデモなく肥大してもてるから、実態は不明やけどな」


 そりゃ、信じられないような超人的な伝説が講談とか小説、マンガやアニメで膨れ上がってるものね。それでも独立性の高い職能集団だったぐらいは言っても良いと思う。


「だから大名や正規の武士から忌み嫌われたんやと思うわ」


 武士とは主君に仕えるもので、主君に対して忠誠を尽くすのが基本なのよね。忠誠と言えば物々しけど、今なら正社員として入社しているようなもの。だから裏切りとかやると非難の嵐を喰らうことになる。


 もっとも、これはそれだけ裏切りが多かった事の裏返しにもなるけど、とにかく建前として忠誠心は主君だけとして良いはず。だけど忍者はそうでないのよね。この辺も今ははっきりしないとところが多くて、


「忍者言うたら伊賀と甲賀が有名やが・・・・」


 他にも風魔とか、戸隠とかあるのは聞いたことがある。風魔はたしか北条氏の専属みたいな感じもあるけどどうだったんだろう。たぶんぐらいだけど伊賀と甲賀、とくに伊賀は諸大名からの請負仕事が多かったぐらいは言っても良さそうな感じかな。


「そんな感じがコトリもしとるけど、もっと忍者同士の連携はあったと思うてるねん」


 忍者の仕事は相手の情報を集めたり、流言飛語を撒いて相手を混乱させたりぐらいが思い付くけど、やっぱり情報収集がメインだよね。時代は変わっても情報戦が戦争の死命を制する部分が多いのは変わらないもの。だから情報を探るのもするけど守るのも対策するのがセットになる。


「そういうこっちゃ。守られた情報を探り出すのは大変やけど、そこから情報を引っ張り出すのに一番簡単なんは、忍者同士が連携することや」


 身も蓋もないけどそうなる。内通者からの情報を得れば話が早いし安全だものね。忍者だって命あっての物種だから、より安全な手法があれば命を懸けての殺し合いは避けるはず。もっとも敵味方でツーカーになり過ぎると良くないだろうから、それなりに情報交換のルールとか、駆け引きはあっただろうけど、


「そんなもん、武士から見たら得体の知れない信用できへん連中にしか見えんやろ」


 とはいえ使わないと困るぐらいの存在か。上手く使えばクスリになるけど、下手に信用すると毒にもなる劇薬みたいな存在だったかもしれない。忍者だってそういう扱いを受け入れて存在したぐらいだったかもしれない。


「そういう連中を使いこなすのも戦国期のサバイバルの側面やったんやろ」


 だけど戦乱の時代は家康が終わらせてしまう。戦乱がなくなれば忍者と言う職能集団は用済みになったのよね。


「泰平の時代でも忍者の需要はあるで。不要になったのは戦国期の特異な職能集団としての忍者や。あんなスタイルやったら、どこの大名家も積極的に雇う気が起こらんやんか」


 ああそうか。今の時代でも忍者は実在する。英語になっちゃったけどスパイだ。だけどスパイは国家に忠誠を誓う職種だ。フリーランスの敵か味方かわからないよな奴は雇わないもの。江戸期の大名や将軍家もそう判断したんだろう。


「それでエエと思うで。そやから隠密やとか、お庭番で正社員化したんやが、そうなったら、そうなったで世襲になるから、かつての職能集団としてあった忍者技術も伝承が途絶えてもたんやろ」


 戦国期の忍者は職能集団だから、その技術を売りにしていたはずだし、そんな忍者を擁する忍者集団への依頼が増えるはずだものね。だから忍者への伝承技術を叩きこんでいたはず。そうやって質の高い忍者を養成する事がゼニに直結したものね。


「優秀な忍者の存在も宣伝に重要やし、ホンマに伝説的な忍者もおったかもしれん」


 忍術の実態は歴史の彼方のベールに覆われてしまった上に、後世の創作で化物みたいになってる。だけど基本は窃盗術というか当時の言葉なら偸盗術、ぶっちゃけ泥棒の技術で良い気がする。


「そうやと思う。その延長線上で暗殺もあったと思うけど、あんまり有名人は死んでへんから、技術の限界はその辺やったのかもしれへん」


 そんな気がする。だってあんなスーパーマンみたいな忍者が実在していたら、有力大名がポンポン暗殺されまくってるはずだもの。風香は、


「その辺はわたしの知識も怪し過ぎますが、安土の家が情報収集に熱心で、その集めた情報で安土グループを築き上げたぐらいは言えそうです」


 あのね、そんなものは現代のビジネスでも基本の『き』よ。情報を征するものがビジネスを征するだもの。


「エレギオンHDの戦略情報本部の凄味は存じています」


 となると安土の家はややこしいよ。だって表向きは後鳥羽上皇の後裔としてのプライドの高さがあって、


「裏は忍者並みの薄汚さがある」


 コトリも上手いこと言う。忍者って裏の仕事だから、現代風に考えれば汚い手を使ってでもライバルを蹴落とすとして良いはず。そうなのよ、安土グループは急成長してるけど、あれこれ芳しくない噂はあるもの。


「あれぐらい伸し上る時には誰でもやるで。ビジネスなんか人の好いボンボンが生き残れるもんやない」


 その通り。ビジネスも規模が大きくなるほど生き馬の目を抜く世界になって行く。詐欺みたいな罠を仕掛けて儲けようとする人がウジャウジャ出て来るもの。そんな連中の罠を見抜き、逆襲して叩き潰していかないと生き残れるもんじゃない。甘い顔していたら、あっと言う間に路頭に迷わされちゃうからね。



 安土の家がどんなものかはだいたいわかったけど、よくまあそんなところの嫁になったものだ。いわゆる旧家の嫁で苦労するのは目に見えてるようなものじゃない。


「それを言われると辛いのですが、女優と言っても世間知らずの一面はありますから」


 それもそっか。それで西郷の民宿で出会ったカラクリは、


「あれは偶然に近いです」


 風香はフェリーでわたしたちを見つけ、観察するうちに本物の心証を固めたそう。だから声をかけようかと悩んだそうだけど、


「エレギオンの女神はさすがに怖くて、躊躇ってるうちに西郷に着いてしまったのです」


 あれから島後のツーリングに行ったけど、


「あそこは叔母さんの民宿でして、問い合わせたら若い女の二人組が泊ると言ったものでもしかしたらと思ったのです。わたしの現役時代を覚えておられて助かりました」


 なるほど偶然に近いよ。そこまで無理してわたしたちと知り合いになりたがった目的は何なの?


「なんとか離婚は出来ましたが、復縁を迫られているのです。そりゃ、もうしつこくて逃げても、逃げても追いかけられています」


 それなら接近禁止令を出せば良いんじゃないの。


「とっくに出しています。だから安土の家の人間は接触しないようにはなっています。ですが安土の家が雇った人間の接近まで効力が及びません」


 あちゃ、超弩級のストーカーみたいなものか。


「どうもわたしを拉致して無理やり再婚させようとしていると見ています」


 おいおい、そこまでやるか。だから隠岐まで逃げて来たのか。


「そのつもりでしたが・・・」


 風香は大阪に逃げてたみたいだけど、そこまで安土家の手が及んできたと感じたぐらいで良さそう。そこでナイトシフトで生まれ故郷の隠岐に逃げたのか。


「愚策やな。そんなもん読まれるで」

「ええそうなっています。だから西郷の民宿でなんとか知遇を得たかったのです」


 わたしたちや風香は七類港の九時のフェリーに乗り込んだけど、風香の追手は九時半のフェリーに乗り込んでるのか。九時のフェリーは西郷に直行するけど、九時半のフェリーは逆回りで、島前から島後に向かうルートになる。


「どれぐらいおるねん」

「クルマにして五台ぐらいじゃないかと」


 おいおい、それにしてもそんな情報をどこから、


「それぐらいは島の人間ならわかります」


 コトリは、


「実家は島前のどこや」

「知夫里島です」


 それなら島前のどこかで罠を張ってるのか。事情はわかったけど、コトリはどうするの。


「降りかかった火の粉は払うしかあらへんやろ」


 これもまた女神のツーリングか。それにしても毎度毎度、よくこんな事が起こるよね。


「それもまた女神の宿命みたいなもんやろ」

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