閑話 姫榊琴歌は怒っている
それは私──
「なあ、それなんなん?」
「あー、これ? 先輩に貰ったんだけどさ」
昼休み、廊下の隅でたむろしていた数名男子のうちの一人が、手に持っていたファイルを開いた。
なんだろう。と、気になって前を通り過ぎた時に横目で見てしまう。
少しだけ見えたのは、なにかのカラー写真のような……。
「これは先輩たちが代々、漫画雑誌の最初の数ページのグラビアを切り集めたものでな」
「お前そんなものを堂々と広げるなよ……。ってかそんなもの本当にあるんだな」
「まあ今の時代、週刊連載の漫画が見たけりゃ電子でみれるからなあ。その方が場所取らないし」
「つまりこれは先人たちの遺産というわけだな」
「そのとおり」
ファイルを広げた男子は片手で親指を立てると、重力に引かれてファイルのページが下に垂れる。
スタイルのいい水着の女性があらわになって、私は少し呆れてしまう。
男子ってほんと……。
ちょうどこの頃だっただろうか、一部の男子達の間では、少しえっちなことに堂々としてる方がカッコいい……みたいな風潮があった気がする。
私は何も見なかったように、目を逸して教室の中に入る。
その時だった。
「あ、
聞き覚えのある名前に、私の足は教室に入った所で止まった。
反射的に壁に隠れて、気づかれないように様子を伺う。
「なに?」
「お前はこんな中で誰が好みだ?」
「は? なにこれ」
小学校の時は一緒に遊んでたけど……最近は、全然会話出来てない。
久しぶりにユキくんと話すチャンスなのに……。
今あそこで何を話しているかはわかっているので、声を掛けづらい。
あんな話をしているところに、女子の私が顔を出すのは気まずい。
「先輩たちの残したものだ。お前もバスケ部だから見る権利があるし、なんなら一枚抜いてもいいぞ」
「あーこれがあの……」
隠れて話を聞いているだけだから、表情は伺えないが、声色からユキくんもそれがなんなのか知ってるようだった。
……なんか聞いちゃいけない気がする。
幼馴染の異性の趣味について知って、次に話す時にどんな態度を取ればいいんだろう……考えすぎかもしれないけど。
「これ、先輩たちがこの間見つかって怒られてたやつだろ。処理しろって言われてなかったっけ?」
「託された。この火を絶やしてはならないと」
「……ふーん」
その「ふーん」はどういう!?
話の内容にただ相槌を打っているだけなのか、それともモノに興味を示しているのか。聞いちゃいけないはずなのに、私はその場から動けなくなった。
ユキくんの次の言葉が気になってしまう。
時間的にはそんなに経っていないはずなのに、時の流れが遅く感じるくらいに緊張している……。
先程ちらりと写真が見えた時は、黒髪の女性が大きな胸を強調したポーズを取っていたけど。
ちらりと、なんとなく、別に他意はないけど、自分の胸を見下ろす…………ノーコメント。
「別に、興味ないな」
ユキくんの言葉に緊張が解けるのを感じた。
「えー、つまんない奴だな」
「悪かったなつまらなくて、趣味じゃないよ」
「ははーん、さてはあれだな? 清楚な感じが好きなんだな? まっすぐに髪が長くて、いかにもお嬢様な感じが好きなんだな?」
「は?」
「たしかに、ここにはないかもなー……」
パラパラと、ファイルをめくる音が聞こえてくる。
「目が合ったら口に手を当てて『うふふ、おはようございます』とか言われたいんだろ」
「目が合っただけで笑うのは性格悪くないか?」
「でもそういう上品な清楚系が好きなんだろ?」
「べ──……まあ、そうだな。そういうのが好きだな」
「やっぱりな」
そうなんだ。
「そろそろ行っていいか?
「あー、昼練か……よくやるよホント。朝にもやってるんだろ?」
「好きでやってんだよ。じゃあな」
「おー、あまり無理すんなよ」
遠ざかる足音が聞こえると、ユキくんの声が聞こなくなった。
千明──
私はバスケについてわからないけど、ユキくんも中学から始めたから、きっとそれについていこうと練習しているんだろう。
その努力を邪魔したくないから、声を掛けるタイミングをいつも逃している。
それにしても。
髪が長くて、清楚で……。
聞いてしまった幼馴染の異性の好みが、頭の中に強く残り、思わず自分の髪を触る。私の髪は顎下程度には伸ばしているけど……。
もう少し?
別にユキくんに好かれたいわけではない。ただの幼馴染で、昔は一緒にいたけど、別に好きとかそういう感情はない。
けれど、しばらく話が出来ていないこの関係。もしかしたら、彼の好みに少し近づければ、向こうから話しかけて来てくれるのかもしれない。
「もうちょっと伸ばしてみようかな……」
ぽつりと、ただなんとなく呟いた。
だから私はとても苛ついたんですよ?
真正面から“なんで無視するんですか”と書いてあげたノートを見せつけて、隣に座る彼を睨みつける。
別に、見た目について触れなくてもいいけど……。
それでも隣の席になったのなら、なにか言うことがあるんじゃないです──か!
どうして目を逸して露骨に避けるんです──か!
久しぶりに話した彼は困った顔をしている。
昔は……小学校の時は私が行人くんに誘われて遊ぶことが多かった。だったら、これからは私があなたを捕まえます。
覚悟してくださいね?
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