閑話 姫榊琴歌は怒っている

 それは私──姫榊ひさかき琴歌ことかが中学1年生の秋の時だった。


「なあ、それなんなん?」

「あー、これ? 先輩に貰ったんだけどさ」


 昼休み、廊下の隅でたむろしていた数名男子のうちの一人が、手に持っていたファイルを開いた。

 なんだろう。と、気になって前を通り過ぎた時に横目で見てしまう。

 少しだけ見えたのは、なにかのカラー写真のような……。


「これは先輩たちが代々、漫画雑誌の最初の数ページのグラビアを切り集めたものでな」

「お前そんなものを堂々と広げるなよ……。ってかそんなもの本当にあるんだな」

「まあ今の時代、週刊連載の漫画が見たけりゃ電子でみれるからなあ。その方が場所取らないし」

「つまりこれは先人たちの遺産というわけだな」

「そのとおり」


 ファイルを広げた男子は片手で親指を立てると、重力に引かれてファイルのページが下に垂れる。

 スタイルのいい水着の女性があらわになって、私は少し呆れてしまう。


 男子ってほんと……。


 ちょうどこの頃だっただろうか、一部の男子達の間では、少しえっちなことに堂々としてる方がカッコいい……みたいな風潮があった気がする。

 私は何も見なかったように、目を逸して教室の中に入る。


 その時だった。


「あ、行人ゆきひとー」


 聞き覚えのある名前に、私の足は教室に入った所で止まった。

 反射的に壁に隠れて、気づかれないように様子を伺う。

 

「なに?」

「お前はこんな中で誰が好みだ?」

「は? なにこれ」


 依河よりかわ行人ゆきひと──私の隣の家に住む男子で、所謂幼馴染という関係。

 小学校の時は一緒に遊んでたけど……最近は、全然会話出来てない。


 久しぶりにユキくんと話すチャンスなのに……。


 今あそこで何を話しているかはわかっているので、声を掛けづらい。

 あんな話をしているところに、女子の私が顔を出すのは気まずい。


「先輩たちの残したものだ。お前もバスケ部だから見る権利があるし、なんなら一枚抜いてもいいぞ」

「あーこれがあの……」


 隠れて話を聞いているだけだから、表情は伺えないが、声色からユキくんもそれがなんなのか知ってるようだった。

 

 ……なんか聞いちゃいけない気がする。


 幼馴染の異性の趣味について知って、次に話す時にどんな態度を取ればいいんだろう……考えすぎかもしれないけど。


「これ、先輩たちがこの間見つかって怒られてたやつだろ。処理しろって言われてなかったっけ?」

「託された。この火を絶やしてはならないと」

「……ふーん」


 その「ふーん」はどういう!?

 

 話の内容にただ相槌を打っているだけなのか、それともモノに興味を示しているのか。聞いちゃいけないはずなのに、私はその場から動けなくなった。


 ユキくんの次の言葉が気になってしまう。

 時間的にはそんなに経っていないはずなのに、時の流れが遅く感じるくらいに緊張している……。

 先程ちらりと写真が見えた時は、黒髪の女性が大きな胸を強調したポーズを取っていたけど。


 ちらりと、なんとなく、別に他意はないけど、自分の胸を見下ろす…………ノーコメント。

 

「別に、興味ないな」


 ユキくんの言葉に緊張が解けるのを感じた。


「えー、つまんない奴だな」

「悪かったなつまらなくて、趣味じゃないよ」

「ははーん、さてはあれだな? 清楚な感じが好きなんだな? まっすぐに髪が長くて、いかにもお嬢様な感じが好きなんだな?」

「は?」

「たしかに、ここにはないかもなー……」


 パラパラと、ファイルをめくる音が聞こえてくる。


「目が合ったら口に手を当てて『うふふ、おはようございます』とか言われたいんだろ」

「目が合っただけで笑うのは性格悪くないか?」

「でもそういう上品な清楚系が好きなんだろ?」

「べ──……まあ、そうだな。そういうのが好きだな」

「やっぱりな」

 

 そうなんだ。


「そろそろ行っていいか? 千明ちあきが待ってると思うから」

「あー、昼練か……よくやるよホント。朝にもやってるんだろ?」

「好きでやってんだよ。じゃあな」

「おー、あまり無理すんなよ」


 遠ざかる足音が聞こえると、ユキくんの声が聞こなくなった。

 千明──香木原かぎはら千明ちあきくんはバスケ部の中でも高身長で、かなり上手で、天才と言われている男子だ。

 私はバスケについてわからないけど、ユキくんも中学から始めたから、きっとそれについていこうと練習しているんだろう。

 その努力を邪魔したくないから、声を掛けるタイミングをいつも逃している。


 それにしても。


 髪が長くて、清楚で……。

 聞いてしまった幼馴染の異性の好みが、頭の中に強く残り、思わず自分の髪を触る。私の髪は顎下程度には伸ばしているけど……。


 もう少し?


 別にユキくんに好かれたいわけではない。ただの幼馴染で、昔は一緒にいたけど、別に好きとかそういう感情はない。

 けれど、しばらく話が出来ていないこの関係。もしかしたら、彼の好みに少し近づければ、向こうから話しかけて来てくれるのかもしれない。

 

「もうちょっと伸ばしてみようかな……」


 ぽつりと、ただなんとなく呟いた。




 だから私はとても苛ついたんですよ?


 真正面から“なんで無視するんですか”と書いてあげたノートを見せつけて、隣に座る彼を睨みつける。

 別に、見た目について触れなくてもいいけど……。


 それでも隣の席になったのなら、なにか言うことがあるんじゃないです──か!

 どうして目を逸して露骨に避けるんです──か!


 久しぶりに話した彼は困った顔をしている。

 昔は……小学校の時は私が行人くんに誘われて遊ぶことが多かった。だったら、これからは私があなたを捕まえます。

 

 覚悟してくださいね?

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