第46話 乳しぼり

 丈二はダンジョンから出る。

 ダンジョンから出ると、すぐ目の前に縁側。

 その奥には居間がある。


 居間では、ひげ面のおじさんがお茶をすすっていた。


「おう、丈二さん。数日ぶりだな。カウシカたちは元気にしてるか?」


 西馬だ。

 彼は気さくな笑顔を丈二に向けてくる。


「はい。例のこと以外は問題ありません」

「そいつは良かった」


 西馬と話していると。

 ザッ!

 隣から足音が聞こえた。

 振り向くと、目の前に馬面。


「ぶるぅぅ」

「おぉぉう。ゴールドラッシュも来てたんですね」


 丈二は少しびっくりする。

 そもそも、西馬はゴールドラッシュに乗って来たのだろうか。

 相変わらず常識破りな人だ。

 そんなことを考えた丈二だが、オオカミに乗って移動している丈二の方がとんでもない奴である。


「ところで丈二さん、準備は大丈夫か?」

「はい、必要な道具は用意してあります」

「それなら、さっそく始めようか」


 西馬はよっこいしょと腰を上げた。

 丈二も動画撮影の準備を始めなければ。





 後日”初めての乳しぼり!”というタイトルの動画が公開された。

 例のごとく、公開直後の動画とリアルタイムチャットの様子である。


『乳しぼり?』『どのモンスターのだ?』『ぜんざいはメスだった……?』

『いやいやw SNSでカウシカを手懐けたって投稿してたよwww』『餌あげたら懐いたらしいなwww』

『そんな簡単に懐くものなの?』『俺もやってみるかな』『無理だから絶対にマネするなよ』『モンスターおじさんのジョージだから懐いただけだぞ』


 動画が始まる。

 画面の中央には丈二。その腕の中にはおはぎが収まっていた。

 すぐ隣にはカウシカ。角が短いことからメスだと分かる。

 さらに、後ろの方では数頭のカウシカが草を食んでいるのが見える。

 ときおり気にしたように丈二たちを見ていた。


「皆さんこんにちは。今回はカウシカの乳しぼりをしていこうと思います」


『これがカウシカかぁ』『野性的な黒毛和牛って感じじゃない?』『一匹かと思ったら、後ろにまだ居るんだがwww』


「そして、今回は乳しぼりを教わるために、ゲストを呼んでいます。どうぞ!」


 丈二が手を差し出すと、西馬が画面に入ってくる。

 なんとなく場慣れしている雰囲気だ。

 ニヤリと笑って自己紹介を始める。


「よう、カウシカが居るダンジョンを管理してる西馬だ」


『カウシカなんてどこで見つけたのかと思ったら、この人の所だったかwww』『誰? 有名人?』『元探索者で、今は酒場経営とダンジョンの管理やってる人』『たまにテレビ出てるよな』


「西馬さん、今日はよろしくお願いします」

「ぐるぅ」


 丈二が西馬に向かって頭を下げる。

 それに合わせておはぎが鳴いた。


「そんな、かしこまらないでくれよ。俺と丈二さんの仲じゃないか!」


 西馬は勢いよく丈二の背中を叩く。

 少し丈二の体がふらっとしていた。

 なかなかの力のようだ。


『どういう繋がりで仲良くなったんだ?』『ぜんぜんタイプ違うような』『二人とも何となく世間からズレた雰囲気があるけどなwww』『変な所でのんびりしてるジョージ。豪快すぎる西馬』『ある意味では気が合うのかもしれんなwww』


「それじゃ、さっそく始めようか」

「分かりました」


 丈二はバケツを用意する。

 しっかりと洗った清潔なやつだ。

 それをカウシカの乳の下に設置する。


 西馬はカウシカをなでながら、遠くにいる子牛を指さす。


「たぶん、こいつはあの子牛の母親だと思う」


 子牛の方を見ると、のんびりと草を食んでいた。


「見ての通り離乳してる。それでも、カウシカたちはしばらくの間は母乳を作り続けるんだ」


 西馬はカウシカの胸を指さす。

 パンパンに張っている。苦しくないのだろうか。


「普通の乳牛なら定期的に乳を搾ってやらないと病気になる。ただ、こいつらはモンスターだし、そもそも野生だからな。人間が管理しなきゃ生きていけない生き物じゃない。母乳が必要無くなれば、勝手に作らなくなる」


『あれ、乳離れしてるんでしょ?』『牛乳とれなくなる?』『せっかく連れてきたのにな』


「それじゃあ、もうあまり牛乳は採れないんですか?」


 西馬はいやいやと手を振った。

 まだ出し続けてくれるらしい。


「定期的に絞ってやれば、あと半年くらい母乳を出し続けてくれるはずだ。個体差はあるけどな」


『良かったなジョージwww』『母乳って意外と長いあいだ出るんやな』


 話し終わると、丈二たちは乳しぼりを始める。

 最初に西馬が手本を見せて、その後に丈二がやってみた。

 結果としては大成功。


 丈二とおはぎは、バケツを覗き込む。

 バケツの半分ほどが、牛乳で埋まっていた。


「これ、すぐには飲めないんですよね?」

「そうだ。絞ったばかりの牛乳は細菌がウヨウヨしてるからな。熱を通して殺菌しないとならない」


『そうなんか……酪農家の人って搾りたての牛乳を、その場で飲んでるイメージあったわ』『普通に腹壊すから止めとけよ?』『加熱用牡蠣かきを生で食うみたいなもんやなwww』


 カット編集が入る。

 次のシーンは台所。

 牛乳を鍋に移して火にかけた。


「殺菌方法には二種類あって、沸騰させて短時間で終わらせる方法と、沸騰まではしない温度で30分ほどかかるやり方がある。味は変わるが、どっちの方が美味いとも言えないから好みでやってくれ」


 丈二が選んだのは沸騰させるほう。

 ぐつぐつと煮込みながらかき混ぜていく。


『時間かけたほうが美味そうじゃない?』『マジで好みだと思う。ホットミルクだって美味いやろ?』『確かにそうだわ』


 無事に殺菌が終わる。

 それを冷ましたら、コップに移す。

 おはぎの分も用意した。


「いただきます」

「ぐるぅ」


 丈二はゆっくりと牛乳を口にふくむ。

 おはぎはペロリと牛乳を舐める。

 二人はパッと目を輝かせた。


「美味しいですね!」

「ぐるぅ!」

「なんて言うんですかね。コクがある? クリーミー? 癖になるような濃厚さがあります」


『ジョージって食レポ下手よなwww』『でも美味しそうに飲んでるから、俺も飲んでみたくなるわ』『販売してくれ!』『乳製品は万が一の食中毒が怖いからなぁ……販売は難しいやろ』


 丈二たちがカウシカの牛乳に感動していると。

 ゴソゴソとカメラの外から音が鳴った。


「ん? ……ぜんざいさん!?」


 カメラがそちらを向く。

 身体を小さくして台所に入り込んだぜんざいが、バケツに顔を突っ込んでいた。


「がう」


 顔を上げると、口周りが白く汚れている。

 バケツに残った牛乳を舐めていたのだろう。


「それ、まだ殺菌終わってないやつなんですけど……」

「がう」

「『大丈夫だ』って……まぁ、ぜんざいさんなら大丈夫かもしれないですけど、飲みたいなら言ってくださいよ」


『草』『勝手に酒飲んでるおじちゃんかなwww』『フリーダムぜんざい』『ミルクぜんざい』『ちょっと食べてみたいなそれwww』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る