第31話 スライム

 ひとしきり二匹を遊ばせた後。

 刑部とぶんぶくはお店に戻っていった。

 お店の手伝いをするらしい。


 丈二たちはショーを見るために、ステージの前で待っていた。


「おはぎ、そろそろ始まるからね」

「ぐるぅ!」


 丈二の腕の中で、おはぎはワクワクとした眼差しをステージに向けている。

 楽しんでくれると良いのだが。

 のんきにステージを眺めていた丈二。


 しかし、ぜんざいがうなりだした。


「ガルルルゥ!!」

「ぜ、ぜんざいさん!?」


 周りの客が怯えて丈二たちから距離をとる。


 どうしたのだろうか。

 ぜんざいが意味もなく唸りだすとは、丈二には思えない。

 その目線はステージに向けられていた。


 丈二はごくりと唾をのんだ。

 ぜんざいと同じように、ジッとステージを見つめる。

 次の瞬間。


 バリバリバリ!!

 ステージを突き破って、床下から巨大な何かが現れた。


 それは巨大な水滴。

 小さな倉庫ぐらいの大きさはある。

 よく見れば小さな目が付いているのが分かる。

 巨大なスライムだ。


 体の中には、小さなごみのようなものがプカプカ浮かんでいる。

 丈二は目を凝らす。

 あれは……ナメクジだ。

 人狼たちから摘出されたナメクジが浮かんでいる。

 

 スライムはステージを壊してく。

 その瓦礫がれきを巻き込んで、鎧のように体に付着させる。

 そして瓦礫の巨人のような姿に変わった。


「ギィィィン!!」


 重たい建物がきしむような咆哮が、あたりを貫いた。


「な、なんだあれ!?」


 瓦礫の巨人が腕を振るう。

 その下にはステージを心待ちにしていた観客たち。


「ぜんざいさん!」

「ガルァ!!」


 ぜんざいは勢いよく飛び出す。

 その腕に向かって体当たりを仕掛けた。


 ドガン!

 重苦しい音と共に、腕が弾き飛ばされる。


 ぜんざいが観客は助けてくれた。

 だが。

 

「キャー!!」「は、早く逃げないと潰されるぞ!」「うわぁぁぁん!!」


 襲われた観客たちはパニックになっている。

 我先にとダンジョンの出口へ走り出す。

 幸いなことに、そこまで大量の人が集まっていたわけではない。

 将棋倒しなどは起こっていないが、誰かが制御しないと危ないかもしれない。


「丈二さん、こちらはお任せしていいですか? 俺は避難誘導をしてきます」

「分かりました」


 半蔵は観客の誘導に向かった。

 こちらには頼りになるおはぎとぜんざいが居る。

 あれくらいならなんとかなる……と思いたい。


「おはぎ、大きくなる魔法を使うよ?」


 スライムの相手はぜんざいがしてくれている。

 今のうちにおはぎを強化しておこう。


「ぐるぅ!」


 『任せて!』おはぎは自身に満ちた目で丈二を見つめる。

 丈二はおはぎの頭に手を乗せる。

 そしてぜんざいから教わった、一時的に成長する魔法を使った。


 おはぎの体がピカピカと光る。

 そして黒い雲があたりを包むと、おはぎの体が大きく成長していった。


「グルァァァ!!」


 成長したおはぎの迫力はすごい。

 まさしくドラゴンと言った雰囲気だ。


「おはぎ、ビーム!」

「グルゥ!!」


 早々に決着を付けよう。

 おはぎの口元から光があふれる。

 そのから放たれた光線はいくつにも分かれて、スライムに殺到する。

 ズドン!!

 すさまじい爆音と共に、スライムのまとっていた瓦礫がガラガラと崩れ落ちる。

 だが。


「あ、あんまり効いてない?」


 表面の瓦礫をはがすばかりで、スライム本体へのダメージは軽微だ。

 瓦礫による防御。そしてスライム自身に衝撃への耐性があるのだろう。

 しかも、スライムははがれた瓦礫を再び体にくっつけていく。

 これではいつまでたっても倒せない。


「グルゥ!」


 おはぎは連続してビームを放つ。

 しかし貯めが足りていないからか、威力は抑え目。

 やはりスライムの瓦礫をはがすばかりで、本体へのダメージは少ない。


「ど、どうすれば……ん?」


 スライムが瓦礫で体を隠すまでの間。

 丈二には見えた。

 スライムの体を漂うナメクジ。

 その体の表面に居るナメクジの体が溶けていた。


「そういえば、おはぎの魔力でナメクジを倒せるんだっけ……」


 河津先生が言っていたことだ。

 そもそも、あのスライムがここまで暴れているのはナメクジのせいだったはず。

 ナメクジはモンスターを凶暴化させると聞いている。

 つまりスライム本体を倒せなくても、ナメクジさえどうにかできれば良い。

 それならば。


「おはぎ! 俺と協力して、あのスライムに回復魔法をかけよう」

「グルゥ?」


 回復魔法なら体全体に魔力を染み込ませることもできたはずだ。

 丈二が協力して、おはぎに回復魔法を使ってもらう。

 そうすれば、おはぎの魔力がスライムの体中にいきわたって、ナメクジどもを一掃できる。

 

「グルゥ!」 

 

 説明するとおはぎは元気よくうなづいた。


「じゃあ、やってみよう」


 丈二はおはぎの体に触る。

 思い出すのは、ぜんざいに巨大化する魔法を伝えられた時だ。

 あのときは丈二が魔法を教わった。

 それと逆のことをできれば良い。


 丈二はおはぎとの繋がりを意識する。

 普段は意思疎通をするときに何気なく感じているもの。

 それを再認識する。


 そして、そこに向かって魔力を流しこむ。

 いつも回復魔法を使うときのような魔力の流れを意識しながら。


「グルルルルゥ!」


 おはぎの口から光が漏れ出る。

 失敗かと思った。

 間違えてビームを使ってしまっているのかと。


 しかしそこから出ている光は、いつもよりも優し気で淡く緑がかっていた。


「グルゥゥゥゥゥ!!!」


 おはぎの口からビームが飛び出る。

 いつものような真っ白の光ではない。

 優し気な緑色の光だ。


 それはスライムに直撃しても爆発をしない。

 染み込むように瓦礫の中に入っていく。


 ボコン!!

 スライム体が一瞬膨張する。

 ガラガラと音を立てて、瓦礫の鎧が崩れていく。

 

 スライムの体は回復魔法を受けた時のように、淡い光に包まれていた。

 その中でナメクジたちが苦しそうにのたうち回っているのが見える。

 しかし、みるみううちにナメクジは溶けていく。

 ナメクジの数に比例するように、シュルシュルとスライムの体が小さくなっていった。


 やがてナメクジがすべて消え去ると、スライムは丈二の腰くらいの大きさまで小さくなっていた。

 それでも、ずいぶんと大きめの個体だが。


「た、倒した方が良いのかな」


 スライムは基本的には弱いとされるモンスターだ。

 モンスターの糞などを食べる生物で、ダンジョンの掃除屋とも呼ばれる。


 ナメクジが消えておとなしくなったのなら、わざわざ倒すこともないかもしれないが……。


 丈二は恐る恐る近づく。

 ぱちりとスライムが目を開けた。

 つぶらな瞳と目が合う。


「ぴきぃ!」

「あ……」


 それはぜんざいの時と同じ。

 なにかが繋がったような感覚がした。

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