第28話 ホテル暮らしって、ちょっと憧れるよね

 その日のお昼。

 午前中のうちにガラスの修理を頼んでいたため、もう窓は直っている。

 これで隙間風も入ってこない。


 だが、防犯上の不安は残ったままだ。

 一時的に何処かへ避難しようと、丈二は考えているのだが。


「すいません。俺もモンスターが泊まれるホテルは知りませんね……」

「そうですよね」


 半蔵に聞いてみたが、知らないらしい。


 ちなみに、半蔵は午前中からずっと居る。

 もしかすると護衛のために居てくれているのかもしれない。

 ギルドから何か頼まれているのだろうか。


「モンスターを飼ってる友人に聞いてみましょうか?」

「友人……あっ待ってください」


 丈二は思い出した。

 刑部おさかべと連絡先を交換していたのだ。

 彼女なら何か知っているかもしれない。


 さっそく、チャットSNSで事情を説明した分を送ってみる。

 返事はすぐに帰って来た。


『それならクシナダに併設されてるホテルが良いですよ。あそこならモンスターも泊まれますから!』


 『クシナダ』は『モンスターパーク』がある複合施設だ。

 あそこならおはぎの遊び場も近くて、ちょうどいい。

 ホテルなら人目もあるため、手も出しづらいだろう。


『ありがとうございます。そこに行ってみようと思います』

『時間が空いたらコラボしましょうね!』


 刑部の店とも近い。

 コラボをしてみるのも良いだろう。

 前回の感じからすると、おはぎとぶんぶくは仲が良かった。

 にぎやかな動画になるかもしれない。


『ぜひ、よろしくお願いします』


 丈二は返信すると、おはぎに近づいた。

 ごはんを食べ終わったおはぎは、のんびりとあくびをしている。


「おはぎ、またぶんぶくちゃんと遊べるかもしれないぞ」

「ぐるぅ!?」


 『ほんとに!?』おはぎは嬉しそうに目を開いた。

 ぶんぶんと尻尾を振っている。

 やっぱり友だちと遊べるのは楽しみなのだろう。


「ぐるぅ!」


 おはぎは興奮が抑えきれないように、ぐるぐると回り始めた。

 自分の尻尾を追いかける犬みたいだ。


「半蔵さん。クシナダに併設されたホテルに避難しようと思います」

「なるほど……あそこはモンスターも泊まれたんですね」

「えっと、半蔵さんは……」


 付いてきてもらえると安心だ。

 いっそのこと、ちゃんと依頼した方が良いだろうか。


「俺も付いて行っていいですか? 先ほどギルドから、丈二さんおよび飼育しているモンスターを護衛するように命令を受けたので」

「もちろんです。付いてきていただけると嬉しいです!」


 やはり、ギルドから何か言われていたらしい。

 ギルドも、死体を盗んだ犯人と加賀に、何らかの関係があると睨んでいるのだろう。


 これで頼りになる護衛が、ぜんざいと半蔵の二人になった。

 安心感が違う。

 だが、ぜんざいは少し浮かれているようだ。


「ぼふ」


 『風呂か?』ぜんざいは尻尾をぶんぶんと振っている。

 風圧が扇風機みたいに、丈二にかかる。

 おはぎがその尻尾を追いかけて、跳びはねている。

 楽しいおもちゃを見つけたようだ。


 ぜんざいは、シャンプーが気に入ったらしい。

 これでぜんざいの趣味が、食事と風呂の二つに増えた。

 だんだんとおじさんみたいな趣味になっている。


「そうですね。時間があったら行きましょう」


 もしからしたら、サウナとかも気に入るのだろうか。

 いや、あの長い毛では苦しいだけか。

 シャンプー終わりに、冷たい炭酸飲料でも準備しておいたほうが喜ばれるかもしれない。


 丈二がそんなことを考えていると、半蔵に声をかけられた。


「丈二さん、出るなら早めの方が良いですよ。暗くなると危ないですから」

「それもそうですね」


 そこでふと気づく。


「半蔵さんは何で付いてきますか? ぜんざいさんに乗せてもらいますか?」

「いえ、私は走っていきます」

「走って!?」


 丈二の家からクシナダまではそこそこの距離がある。

 丈二なら死んでも走って行こうとは思わない。

 それにぜんざいの全力疾走はすさまじい。

 アレに人が追い付けるのだろうか。


「大丈夫……でしょうか」

「安心してください。これでも速さには自信があります」

「ぼふ!」


 『面白い』ぜんざいは目を細めて半蔵を見た。

 

「……ぜんざいさんは競争する気みたいですね」

「良いですね。お手柔らかにお願いします」


 ぜんざいと半蔵がにらみ合う。

 二人の間に火花が散っているように見える。


「ぐるぅ?」


 そんな二人の様子を、おはぎは不思議そうに眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る