第10話 後輩とドラゴンとお昼

 数日後。

 会社は無事に退職できた。

 現在は有休消化期間だ。


 そして丈二は家で人を待っていた。


「ぐるぅ」


 丈二の膝の上には、おはぎが乗っている。

 体温が心地いいのだろう。

 ゆったりと眠っていた。


 しかし、ずっと膝の上に乗られると痛くなってくる。

 丈二は起こさないように、そっとおはぎをどけた。


「ぐる?」


 しかし、おはぎは目を覚まして、再び丈二の膝に乗ってくる。

 ダメだこりゃ。

 我慢して、布団代わりになることを丈二は選んだ。


 それから数分ほど待つ。

 ぴんぽーん!

 インターホンが鳴った。


「ごめんなおはぎ、ちょっとどいてくれるか?」


 丈二はおはぎを下ろす。

 玄関に向かおうと立ち上がる。


 びりり!

 足に電流が走る。

 おもわず丈二は転んでしまった。


「やばい、足がしびれた」


 丈二は這うようにして、玄関に向かう。


「ぐるぅ?」


 おはぎは『なにやってるの?』と不思議そうに丈二についてくる。


「カギはかかってないから、入ってくれ!」

「はーい」


 がらがらと玄関が開く。

 そこには私服姿の牛巻がいた。

 怪しむように丈二を見ている。

 片手には膨らんだエコバックを持っている。


「おはぎを膝に乗せていたら、しびれてしまってな」

「あちゃー、なかなか間抜けですね」


 呆れたように牛巻は笑った。


「あ、おはぎちゃん!」


 おはぎに気づくと、牛巻はパッと顔を明るくした。

 エコバックを廊下に置くと、バッとおはぎに近づく。

 しかしおはぎは廊下の奥に逃げてしまった。


「ぐる!?」


 どうやら警戒しているらしい。


「えー、なんで逃げちゃうの?」

「いきなり近づくからだろ。もう少しゆっくり距離を詰めろよ」

「じゃあ仕方がない。先輩で遊ぼう」

「は?」


 牛巻は丈二の背中側に周る。

 そして、


「つんつーん」

「うぐぁ!?」


 丈二の足をつつき出した。

 しびれた足にビリビリと衝撃が走る。


「お前、なにしやがんだ!」

「ほーら、おはぎちゃん、音の出るおもちゃだよー」

「俺はおもちゃじゃねぇ!」


 おはぎはテクテクと牛巻に近づく。

 そのマネをするように、ちょいちょいと丈二の足をつついた。


「ぐぉ!? おはぎ、止めなさい! そのバカの真似をしちゃ――」

「えーい」

「ぐぇ!?」


 おはぎと牛巻に足を触られて、丈二はもがく。

 新手のプレイかな?


 しかし、いつまでも足がしびれているわけでもない。

 平気になってきたところで、丈二は勢いよく立ち上がった。

 そして近場にあったスリッパを拾う。


「この、馬鹿野郎が!!」


 スパーン!!

 気持ちのいいほどの音が響く。

 スリッパで牛巻の頭をはたいた。


「いったー! なにするんですか先輩! パワハラですか、家庭内暴力DVですか!?」

「家庭内じゃねぇし、お前が仕掛けてきたんだろうが!」


 牛巻は頬を膨らませる。

 本気で怒ってるやつは絶対にやらない動作だ。


「もう、せっかく場を和ませようとしたのに」

「余計なお世話だ」


 丈二は言い捨てる。

 ふと、牛巻が持ってきたエコバックが気になった。


「それよりも、この荷物はなんだ?」

「おはぎちゃんのために買ってきたおもちゃと、お昼ご飯の材料です。まだ食べてないですよね?」


 牛巻に返事をするように、丈二のお腹がぐぅと鳴いた。

 その様子を見て、牛巻はクスリと笑った。

 年長者として恥ずかしいところを見せた。

 丈二は少し気まずくなる。


「ふふ、すぐに準備しますね。台所はどこですか?」

「ああ、こっちだ。悪いな」

「いえいえ、感謝は給料として示してください」


 牛巻はいたずらでも成功したように、にひっと笑った。

 こういう表情を小悪魔とか言うのだろう。


 牛巻を台所に案内した。


 おはぎはその様子が気になるようだ。

 丈二はおはぎを抱いて、共に台所を見守る。


 エプロンを付けた牛巻が、せわしなく動いている。


 トントンと子気味のいい包丁の音。

 鍋とお玉がすれる金属音。


 自宅の台所に、自分以外の人間が居るのが不思議だった。

 父が病気になってから久しく見なかった風景。


 いや、それよりも昔。

 幼いころに母が料理していた姿を眺めていたような感覚。


 とても懐かしくて、安心して。

 寂しくもあって、嬉しくもある。

 つい、ぼんやりとその景色を眺めてしまった。


「なんですか先輩。居間でゆっくりしてていいですよ?」

「いや、おはぎが気になったみたいでな」

「そうですか。じゃあ、私の料理テクニックを楽しんでください」


 牛巻はどや顔をキメて、料理を続けた。

 どうやら肉じゃがを作っているらしい。

 少し甘みのある香りがただよってきた。


「ふんふん」


 おはぎも匂いが気になるようだ。

 クンクンと鼻を鳴らしている。

 丈二もお腹が減ってきた。


 それから少し待つと、


「はい、できましたよ!」


 牛巻は三つの皿に分けた肉じゃがを、お盆に乗せた。

 運ばれた料理を、それぞれの前に準備する。


「いただきます」

「ぐるぅ!」

「はい、召し上がれ」


 丈二たちは肉じゃがを口にする。

 美味い!


「ぐるぅぅ♪」


 おはぎも気に入ったようだ。

 ガツガツと食べている。

 いつもより食の進みが早い気がする。


「牛巻は料理上手なんだな。毎日三食作ってもらいたいくらいだ」

「あはは、なんですかそれ。『毎朝、俺の味噌汁を作ってくれ』みたいな告白ですか?」


 確かに、そうとも取られかねない発言だった。

 こういうのはセクハラに該当するかもしれない。

 丈二は気を付けようと思った。


 そうしている間にも、おはぎはあっという間に食べ終わったらしい。

 顔をぺろりとなめる。

 そしてトコトコと牛巻に近づいた。


「ぐるぅ!」


 牛巻に向かって鳴いた。

 感謝しているのかもしれない。


「えへへ、お粗末様でした」


 牛巻がおはぎをなでる。

 おはぎも嬉しそうだ。

 これなら問題なくやっていけるだろう。


 そうして、丈二たちのお昼はゆっくりと過ぎて行った。 

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