第7話 案件

 丈二が応接室に向かうと、そこには知っている顔が二つ。

 社長と共に、簡単な挨拶と名刺交換を済ますと、二人は気さくに話しかけてきた。


「いやぁ、久しぶりだねぇ! 牧瀬さん、以前は良く会っていたものだけど!」


 大柄の中年男性が元気よく喋る。

 まるで大声選手権でもやっているようだが、これが普段通りの喋り方だ。


 彼は『葉面元気はつらげんき』。

 丈二は元気ハツラツさんで覚えている。

 ちょうど、長塚製薬の商品のキャッチコピーと同じ。


 そして以前、丈二たちの会社とやり取りをしていた人だ。

 丈二とも何度も顔を合わせたことがある。

 現在は広報部の部長をしているらしい。


「まさか、葉面部長と牧瀬が知り合いとは驚いたよ」


 続いて話したのは丈二と同い年くらいの几帳面そうなメガネの男性。

 同い年くらいと言ったが、老けて見える丈二に対して、まだ若々しい。

 彼は『古畑一善ふるはたいちぜん』。

 丈二の大学時代の友人だった。 


「それで、本日はどういったご用件で?」


 少しムッとしながら社長が割って入った。

 自分がのけ者にされているようで気に入らなかったのだろう。


「ああ、申し訳ない! 用事があるのは、牧瀬さんになんだ!」


 葉面が語る。

 どうやら受付に来た二人は、丈二を呼んで欲しいと頼んだらしい。

 あくまで個人的な用事だと付け加えて。


 しかし受付のおばちゃんは、大手企業の管理職の来社に混乱。

 つい応接室に通して、『個人的な用事』と言う部分を伝え忘れたらしい。


「ま、牧瀬への個人的な用事とは?」


 社長のこめかみに血管が浮かぶ。

 大企業との契約のチャンスかと思ったら、丈二への用事でピキっと来たのだろう。


「うーん……実は、牧瀬さんに商品の宣伝を頼みたくてね」


 葉面は少し言いづらそうにしていた。

 しかし口から出てきたのは、ただの仕事の依頼だ。


「それは、弊社との契約ですか!?」


 パッと社長が顔を明るくした。

 だが葉面は難しい顔をして、首を振った。


「いや、牧瀬さん個人への依頼だ」

「はぁ!?」


 社長の目がガン開き。アゴが落ちそうなほどに口を開いた。

 もちろん丈二も驚いた。

 どういうことかと古畑を見る。


、見させてもらったよ」


 動画。

 そう言われて丈二はドキッとする。


 まさか、おはぎを撮影した動画のことだろうか。


「ど、動画とは?」


 社長が疑問を挟んだ。


「こちらですよ。ドラゴンを飼育している動画です」

「ど、どらごん!?」


 古畑が社長にスマホを見せる。

 そこには、おはぎが映っていた。

 社長はドラゴンを見て、放心している。


 だがどうして、丈二だと分かったのか。

 古畑はそれを察したように、すぐ答えてくれた。


「動画を見て違和感があってな。どこかで見た風景だと思ったんだ」


 大学時代。

 古畑を含む友人たちと、よく丈二の家で飲み会をしていた。

 その時のことを覚えていたのだろう。


「それで細かく動画を解析してみたんだよ。ほら、おはぎちゃんの瞳にお前の顔が映ってる」


 古畑はスマホを見せてくる。

 おはぎの瞳をアップにした画像。

 そのつぶらな瞳には、丈二の顔が映っていた。


「うぉ、マジかよ……」


 SNSに上げた自撮り画像。

 その瞳から場所の特定などができると聞いたことはあった。

 当時はフーンくらいにしか思わなかった。

 しかし、いざ自分が特定される立場になると驚きだ。


「牧瀬だってことは分かったんだけど、今の連絡先は知らなかった。家の場所もうろ覚えでな」


 古畑の肩に葉面が手を乗せた。

 彼はニカリと笑みを浮かべた。


「その画像を見せてもらって、牧瀬さんだと気づいたんだよ! そして、これだけ話題になってるなら、宣伝を依頼してみようと思ったんだ!」


 葉面は『ガハハハ!!』と笑った。


 こんなに早く丈二を特定して、仕事の依頼に来るとは……。

 やり手の仕事人は、行動速度も速いのかと丈二は驚く。


「そんなわけで申し訳ない! 御社への仕事依頼じゃないんだ!」


 葉面は手を合わせて頭を下げる。

 社長はがっくりと肩を落として、魂が抜けたように放心していた。


 その後は特にごたごたは無かった。

 牧瀬と葉面は、個人的な連絡先を交換。

 具体的な話については、また後で連絡を取ることになった。


 ちなみに、社長はずっと放心状態。

 最低限の受け答えと、挨拶だけはしていたが。


 そのおかげで、今日一日は会社が平和だった。





 その日、丈二は定時で仕事を終えた。

 ペットカメラで確認していたが、それでもおはぎが心配だった。


 それに、定時で帰るとぐちぐちと嫌味を言ってくる社長は、魂が旅立っている。

 丈二以外の社員も、さっさと帰っている姿が見えた。


 会社から出ると、丈二を追いかけるように牛巻が着いてくる。


「先輩、昼間はなんで呼び出されたんですか?」

「あー、実はな――」


 牛巻におはぎのことを話すか迷った。

 だが牛巻ぐらいにならいいだろうと、話すことにした。

 おはぎの自慢もしたかったから。


 話を聞き終わると、牛巻は丈二に抱き着いてきた。


「ぜんぱい!! わたじのこと雇ってぐだざい!!」


 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。

 その状態でくっつかれると、スーツに付くから止めて欲しい。


「もう、あんな職場嫌なんです!! 残業多いし、給料安いし、社長はセクハラしてくるし!!」


 丈二はやんわりと牛巻を押し返すが、離れない。

 ギュッと抱き着かれている。


「Vtuber活動も上手くいかないんです! 人気でないんですよ! お金かけたのに!!」


 周りの人たちに注目される。


「でも動画編集とか、SNSの運営とかもできますから! だから雇ってください!!」


 ひそひそと声が聞こえる。

 どうやらカップルの痴話げんかに見えるらしい。

 気まずい。

 丈二はいたたまれなくなる。


「わ、分かったから落ち着いてくれ、考えとくから」

「絶対ですよ!?」


 実際のところ、丈二は動画編集やSNSの運営はやったことがない。

 それを手伝ってくれるなら、悪い話ではないのかもしれない。


「社交辞令とかじゃなくて、前向きに考えとくよ」


 そう言って、なんとか牛巻をなだめて帰らせた。


 おはぎの世評は高い。


 葉面たちが、いきなり会いに来た。

 それは、おはぎのポテンシャルを感じたからだろう。


 おはぎにより良い暮らしをさせるため。

 より稼ぐため。

 そのためには、もっとおはぎの魅力を引き出さなければいけない。

 それには丈二だけの力では難しいのかもしれない。


 そんなことを考えながら、おはぎが待つ家へと急いだ。

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