第4話 役所手続きとバズり

 次の日は休みだった。


 丈二にとって休みの日は貴重だ。

 職場では休日出勤も当たり前。


 次にまとまった時間がとれる日がいつになるかも分からない。

 今日のうちに、必要なことはすませておかなければ。


「ごめんな。狭いところに入れて」

「ぐるる」


 気にするな。と言うようにおはぎは鳴いた。

 おはぎは犬用のキャリーケースに入れられている。


 近場のペットショップで購入したものだ。

 おはぎなら簡単に壊せる程度のものだが、おとなしく入ってくれている。


 丈二とおはぎは市役所にやってきていた。

 モンスターであるおはぎの飼育登録と、専門の講習を受けるためだ。


「4番の方、どうぞー」


 女性の受付さんの声が聞こえた。

 丈二はその声の元へと向かう。


「はい。今日はどうされましたか」

「モンスターの飼育登録をお願いしたくて」

「飼育登録ですか?」


 受付さんは珍しいものを見るように、目を丸くした。

 あまりモンスターの飼育をする人もいないのだろう。


「ええ、この子なんですけど」

「ぐる?」


 丈二はキャリーケースを持ち上げて、おはぎを見せる。

 おはぎは『どうした?』と首をかしげた。


「わ、かわいいですね。ってドラゴン!?」


 受付さんの声に、周りの人の目が集まる。

 ひそひそと声が聞こえる。

 ちらほらと、ドラゴンと言う単語が聞こえてきた。


 無駄に目立ってしまった。


「あ、すいません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。実は――」


 丈二はおはぎと出会った流れを説明した。


「もしかして、ドラゴンはダメだったりしますか?」

「い、いえ。法令上は問題ありません。手続きを進めますね」


 丈二は手続きを進めて、登録の手数料を払った。

 書類を埋めたりと面倒ではあったが、ドラゴンを飼育すると考えると非常に簡易な手続きだった。


「モンスターにはマイクロチップの装着が義務付けられています。獣医などでチップを取り付けたら、情報を登録するためにまたお越しください」

「分かりました」


 そういえば、今どきは犬猫を買うにもマイクロチップが必要だった。

 当然ながらモンスターにも必要なのかと、丈二は納得した。


「この後はモンスターの飼育に関する特別講習を受けていただきます」

「それって、何するんですか?」

「ビデオを見ていただいて、簡単なテストを行うだけです」

「なるほど」


 そうして受けた講習は、本当に簡単なものだった。

 こんなんでドラゴンを飼育していいのだろうか。

 丈二は不思議に思った。





 その後、丈二たちは電気屋に向かった。

 撮影用の機材を買うためだ。


 ネットで頼むことも考えたが、もしも詐欺商品をつかまされたら怖い。

 最近はネットショップのサクラも巧妙になってきている。

 一周回って実店舗で買う方が良いだろうと考えた。


 「うわ、やっぱ高いな……」


 丈二は撮影用のカメラを見る。

 丸い球体にレンズが付いたような見た目だ。


 見た目は設置式の監視カメラのようだ。

 だが、これは魔法の力で浮いて、撮影対象を自動で追いかけてくれる特別なカメラだ。


 ダンジョンに潜って配信をする。ダンジョン配信者などが用いる優れモノだ。


 おはぎはとても強かった。

 それにまだ子供とはいえ、今までは野生で生きてきたのだ。

 ストレス発散の散歩代わりに、ダンジョンに連れて行くほうが良いのかもしれない。


 簡単なダンジョンであれば、危険もないはず。

 そうなったときには、やはり性能の良いカメラが欲しくなるだろう。


「まぁ、貯金だけは無駄にあるしな」


 幸い……と言っていいのか分からないが、丈二には貯金がある。

 働いてばかりで、使う暇がなかったから。


「思い切って、買っちゃうか!」


 丈二はカメラをレジに持っていく。

 支払いはクレカで。

 これまでの人生で一番高い買い物だったかもしれない。


 無事に支払いを終えて外に出る。

 キャリーケースの中で、おはぎがゴソゴソと動いていた。


「ぐる!」


 外に出たいのだろうか。

 ケースの入り口をカリカリとひっかいている。


 ふたを壊すのではなく、外に出たいとアピールしている。

 やはり賢い子だと、丈二は親ばかを発揮していた。


「しょうがない。少し散歩しようか」


 おはぎなら人を襲うこともないだろう。

 リードで繋いでおけば大丈夫だ。

 

 丈二はおはぎを外に出すと、リードを手に取った。

 おはぎはグッと背伸びをする。

 小さな羽がピンと引き伸ばされていた。

 

 そうか、羽がある分、狭苦しかったのか。

 丈二はなにか、別の移送手段がないか考えておくことにした。


「ぐるぅ♪」


 おはぎが、『次はドコに行くんだ?』と丈二を見上げた。


「もう終わりだから、帰ろうか」


 二人はトコトコと駅へと歩いていく。


 周りには普通に人が歩いている。

 だがそこまで、おはぎを気にしている様子もない。

 ちらほらと振り返る人は居るが。


 こんな町中にドラゴンが居るはずがない。

 そう思って、よく見ずに犬か何かだと認識しているのだろう。


 だが、気づく人は気づくらしい。


「あの!」


 丈二は声をかけられた。

 そちらを振り向くと、おしゃれな格好をした女性がいた。


「その子って、ドラゴンですよね?」

「えーっと……そうですよ」


 丈二はごまかそうかとも考えたが、止めておいた。

 上手い言い訳を思いつかなかった。


「スゴイ! 手懐けたんですか?」

「それが――」


 おはぎとの出会いを毎度のごとく説明する。


「勇気があるんですね。ドラゴンに近づくなんて……私なら怖くなっちゃうかも」

「い、いやー」


 丈二はただ、そこまでドラゴンの脅威を認識してなかっただけだ。

 見た目は子犬のようなもの。

 何かあっても、咬まれる程度だと思っていた。

 まさか、あんなビームを放てるとは想像していなかった。


「あの、写真撮ってもいいですか? SNSに上げたくて」

「いいですよ。私も動画投稿するつもりなので、宣伝してもらえるとありがたいです」

「すごい! 私も絶対に見ますね」





 その後、人気ダンジョン配信者『リオン』のSNSにドラゴンの写真が上げられた。


『街中で出会ったドラゴンの「おはぎちゃん」です! ケガしていたところを回復してあげたら懐いたらしい! 近日中に動画投稿も初めるとか!』


 その投稿にはたくさんコメントが寄せられた。


『可愛い!』『ドラゴンって懐くの!?』『子供のドラゴン初めて見た!』『私も見てみたい!』『絶対に動画見なきゃ!』


 おはぎは、丈二が知らないところでバズり散らかしていた。


 

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