第017話 削られ続けるSAN値
檻の中に入った俺はそのペットと対峙する。
見た目は中心点から球状に触手が生えている、いかにも神話に出てくるSAN値が下がりそうな生物。その表面はヌメヌメしていて、テカテカとしている。
見ているだけでなんだか気持ち悪くなってくる。
「オロロロロロロッ」
「!?」
何処から出しているのか全く分からない鳴き声。その声は背筋に寒気が走るほどに不快感を煽る音をしていた。全身の鳥肌が立つのが分かる。
他の素材屋たちがこの依頼をキャンセルしたのも仕方がない。
「ふぅ……落ち着け……リラックスだ……」
俺はなんとか正気を保って相手をする。
「テンターク、お腹空いているか?」
「オロロロロロロッ」
「ひぃ!? シールド!!」
テンタークに声を掛けると、鳴き声と共に触手が一斉に俺に向かって伸びてくる。俺は生理的嫌悪感と身の危険から自分の周囲にシールドを張った。
――パシンパシンッ
シールドが触手を弾いて乾いた音がなる。
ふぅ……流石にあれに掴まれるのは嫌だ。
「どうしたものか……」
触手攻撃は止む気配がなく、何度も執拗に俺のシールドを叩きつける。
だけど、いくら攻撃したところで俺のシールドは壊れたりしない。
「うげぇ……」
叩きつけるのがダメなら巻き付きだと言わんばかりに、俺の方に近づいて来て触手をシールドに巻き付けるテンターク。
シールドの外は完全に触手に埋め尽くされてしまった。全方位ウネウネとした触手に囲まれている光景に、SAN値がどんどん削れていくのが分かる。
このままでは体は守れても心を守ることができない。
「今度はこっちからやってやる!!」
おれはシールドの範囲を広げてテンタークを檻の端に押しやると、シールドを体の表面を覆うように展開した。
「オロロロロロロッ」
「ぐぅ……」
奴の鳴き声に俺のSAN値がさらに下がる。
「いい加減しろ!!」
俺はテンタークを殴った。
こういう生物には力を示す以外にない!!
「ギュオロロロオロッ」
「ぐはっ……」
こちらのSAN値を切り裂く音色を奏でるテンタークの悲鳴。
「あっ。そうだ。忘れてた!! サイレンス!!」
ふと思い出して魔法を掛ける。それは相手が出す音を封じる魔法。くっくっく、これで奴の声を聞かなくて済む。
「よし、いまだ!! オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
「……」
音でSAN値が削られなくなった俺はテンタークに近づいて連打する。何か叫んでいるけど、俺の魔法によって何も聞こえない。
よし、これならいける!!
俺は駄目押しとばかりに何度も拳を叩き込んでいると、テンタークはぐったりとして動かなくなった。
手加減しているし、生命反応は感じられるので死んではいないはずだ。
「ここでダメ押しだ。テイム!!」
これは弱ったモンスターを自分に従属させる魔法。
テンタークが横たわる地面に光を放つ魔法陣が現れる。その魔法陣は収縮してテンタークの中に吸い込まれていった。そして、触手の根元辺りに魔法陣が浮かび上がる。
テイム完了の証だ。
これでこの謎の触手生物と意思疎通が可能になり、俺の言葉に従うようになる。
「ヒール」
まずは魔法がきちんと発動しているか確認するためにテンタークを回復させる。
「テンターク、起きろ」
横たわっていたテンタークは体を起こした。
おお、ちゃんと魔法は機能しているらしい。
「よし、ご飯持ってきてやるからまってろよ」
『分かった』
テンタークの意思が伝わってきた。
しかも意外にも可愛らしい声をしている。
これなら意思疎通できるし、俺のSAN値も減らないで済む。
見た目はどうしようもないけど。
俺は檻を出て隣の小屋の中に入る。
中はやたらと寒くて冷蔵庫みたいになっていた。
テンターク用の餌が腐るのを防ぐためだろう。
中にはこの世界に来て初めて見る本物の肉が吊るされていた。
「こんなものを食べさせてるなんて金を持っているんだな、この家の人は……」
俺は変な風に感心しながら肉をいくつかアイテムボックスに入れて檻に戻った。
テンタークは鍵をしめていなかったにもかかわらず、逃げたりしていない。
言いつけをきちんと守っていた。
「よし、たーんと食べろ」
『食べる』
それほど知能は高くないのか、俺に伝えてくる言葉は短い。
テンタークは突然現れた肉に驚く様子もなく、肉に触手をぶっ刺して囲い込み、ぐちゃぐちゃと取り込んだ。
その光景を見たら、これ以上下がらないと思っていたSAN値がもっと下がった。
「よし、次は外で遊ぶぞ。ついてこい」
『分かった』
俺の指示に従って檻の外にウネウネと出てくるテンターク。
なんだか犬みたいに見えてきたので、俺は石を取りに行かせる遊びをすることにした。
「よし、俺が投げたこの石を取ってきて俺に渡すんだ。いいな?」
『うん』
テンタークは体全体を使って頷く。
「よし、獲って来い!!」
俺が手加減をして投げると、檻とは反対側の庭の端まで飛んで行ってしまった。
これは飛ばし過ぎたか?
しかし、そんな心配は杞憂だった。
テンタークは物凄い勢いでウネウネしながら移動して、あっという間に石に追いついてキャッチ。すぐに戻ってきて一本の触手で器用に石を持って俺に渡してきた。その石はテンタークの粘液によってベトベトになっている。
「楽しいか?」
『楽しい』
「よし、もう一度だ!!」
どうやら楽しんでいるようなので、俺はシールドで覆った手でそれを掴み、もう一度投げた。
テンタークは再び凄い勢いで獲りにいき、すぐに戻ってくる。
俺はテンタークが飽きるまで相手をしてやった。
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