第021話 大繁盛

 俺がこの世界で目を覚ましてから二週間が過ぎた。


「ありがとう。本当に助かったよ」

「いいってことよ。また何かあったらマテリアルギルドに依頼してくれ」


 平身低頭する依頼人と別れてマテリアルギルドに戻る。


「アメリア、終わったぞぉ」

「あんた、毎日働きすぎじゃない!?」


 帰ってくると、アメリアがヒステリックに叫んだ。

 もう十件はこなしているので、彼女がそう言いたい気持ちも分かる。


「お金はあるに越したことはないからな」


 でも、俺が稼げば稼ぐほどコレットの助けになると思うと、ついつい依頼を受けてしまっていた。


「まぁこっちは残っている依頼を処理してくれて助かるけど……無理してるわけじゃないのよね?」


 俺の言葉を聞いたアメリアは心配そうな顔で聞いてくる。

 アメリアは結構サバサバしているようで面倒見がいいんだよな。


「勿論だ」


 俺はアメリアを心配させないようにニッコリと笑った。


 今では依頼者たちの口コミによって評判が急激に上がり、俺を指名依頼してくる人たちが爆発的に増えた。


 特に、ゲンゾから受けた掃除関係の依頼と、テンダから受けた修理や整備関係の依頼が俺のところにやってくるようになった。


 しかも評判が評判を呼んでその依頼は増える一方で、それだけ毎日五、六件程度の依頼をこなしている。中には骨董品の修理依頼などがあって、その中には現代の地球に普及していたような物を直すこともあった。


 それに、定期的にテンタークの世話の依頼も来るし、ギルドで誰も受けなかったような塩漬け依頼も受けているので、俺は毎日依頼に追われていた。


 その甲斐あって俺は毎日平均一万五千ユラ、つまり百五十万円の稼ぎを得ている。ビギナーランクの素材屋としては逸脱しているらしい。


 他の人が一日に一つか二つしか依頼を受けないところを、俺はその十倍はこなしていることを考えれば当然の結果だ。


「おい、おまえ、俺に稼ぎをよこしな!!」


 それから、テンダの工場での警備ロボットの暴走事件の話が広まっているにもかかわらず、俺に絡んできた同業者の男がいた。


 今の俺は線の細い優男っぽい見た目なので、外見からは全く強そうには見えない。


「ぷぎゃっ!?」


 だから、多くの人がその話を信じられないみたいで良く挑まれるようになった。でも、そいつを公衆の面前で一撃で叩きのめしたら、それ以降絡んでくる奴は少なくなった。


 本職は魔法のはずなのに、最近は肉弾戦ばかりしているのは気のせいだろうか。


「あ、コレット。お疲れ様」

「おつかれ~」


 アメリアの視線が俺から外れたと思ったら、後ろからコレットの声が聞こえてきた。


 振り返ると、油汚れをいっぱいに付けたコレットの姿が目に入る。


「コレット、お疲れ様」

「キョウもおつかれ~」


 俺も声を掛けると、彼女は力のない笑顔を浮かべて応えた。

 今日もこってり絞られたらしい。


「コレットも帰ってきたし、今日はこのくらいにしとくわ」

「そうしなさい」


 俺たちはアメリアに別れを告げ、ギルドの外に出る。


「お、あんちゃんこの前はありがとな」

「いや、仕事だからな。気にしないでくれ」


 通路を歩いていると、一人の男に話しかけられた。その男は以前依頼を受けた相手だった。土下座する勢いで感謝されたのを覚えている。


「おう。また仕事があったら頼むわ」

「ああ、そんときはよろしくな」


 俺たちは簡単な挨拶を交わして別れた。

 それからも同じような出来事が何回も続く。


「キョウは凄いね~」


 その様子を隣で見ていたコレットがしみじみと呟いた。


「何がだ?」

「あっという間にこのコロニーに馴染んじゃったし、今じゃ大人気だもんね」

「魔法が使えるおかげだけどな」

「それもキョウの一部だからね」


 コレットの言う通り、この二週間で本当に劇的に変わったと思う。


「ケア」


 俺はコレットの疲労を取るために、体力を回復させる魔法を唱えた。


「あ、キョウ、ありがとう。大分体が楽になったよ」

「それは良かった」


 コレットの顔色がみるみる良くなり、彼女はニッコリと笑う。

 その顔に釣られて俺も笑顔になる。


「私ももっと色んな魔法が使えるようになりたいな!!」

「もう四つも使えるようになったじゃないか」


 彼女はそんな風に言うけど、すでにクリーンの他に、マッピング、トーチという周囲を照らす光の玉を生み出す魔法、そして、サイレントルームという、外に音を漏らさない魔法を使用できるようになっていた。


 たった二週間で四つも魔法を使えるようになるのは、かなり速いスピードだと俺の感覚が告げている。


「キョウくらい使えるようになりたいよ」

「それには何十年もかかるかもな」

「道は遠いなぁ……」


 コレットは目を細めてどこか遠くを眺める。


「コレット」


 二人で会話していると、誰かがコレットの名前を呼んだ。


「あ、ウィルにい、久しぶり!!」


 声を掛けてきた人物が誰か分かると、コレットは嬉しそうに微笑んでその人に駆け寄っていった。知り合いみたいだな。


「ああ、仕事で別の星系に出かけていてね。そちらは?」

「俺はキョウという」


 ウィルは、コレットに返事をした後、俺の方に顔を向ける。

 その視線には敵意が含まれていて、品定めされているような感覚もあった。


「コレットとはどういう関係なんだい?」


 ウィルは怪訝な表情で俺に尋ねる。


「宇宙で彷徨っている所を助けて貰ってな。それ以来親切にしてもらっているんだ」

「そんなことないよ。私の方が助けて貰ってばかりなんだから。あ、この人はウィル兄。私と歳もそんなに変わらないのに、自分で会社を作って、今では大企業に成長させた凄い人。私のお父さんの賠償金を肩代わりしてくれた人なんだ!! この人がいなかったら、路頭に迷っていたと思う。凄く感謝してる!!」

「ははははっ。照れるな」


 俺の返事を聞いたコレットが、謙遜した後ではしゃいだ様子でウィルを紹介してくれる。

 へぇ~、この人がコレットを助けてくれたのか。


 俺は一朝一夕では払えないような金額であろう賠償金をコレットの代わりに返済してくれた人物をマジマジと見つめる。


 ウィルはビシッとしたスーツを着ていて、スタイルの良い金髪碧眼の美男子だ。これだけカッコよければ、世の中の女性は放っておかないだろうな。


「っと、僕は戻ってきたばかりでね。やることがあるから失礼するよ。今度食事にでも行こう」

「うん、またね!!」


 挨拶もそこそこに、ウィルはふと思い出したような表情になって、挨拶をして去っていった。


「良い人そうだな」

「うん、昔から凄くお世話になってるんだよね」


 コレットは目を瞑って両手を胸に抱くような仕草をする。

 彼女からは深い感謝が伝わってきた。


 ――ぐぅ~


 水を差すように俺の腹が鳴る。


「あはははっ!! 帰ろっか!!」

「そ、そうだな」


 笑うコレットに、俺は恥ずかしさを堪えて頷いた。俺たちは無人タクシーで帰路についた。



 ――ドンドンドンドンッ


 食事を終え、風呂も済ませて部屋でリラックスしていると、急に激しいノックの音が鳴った。


「コレットか? どうした?」

「キョウ!! 見てよ、これ!!」


 扉を叩いたのはコレットで、返事をするなり部屋に入ってきて、端末の画面を俺に見せてくる。


「なんだこりゃ!?」


 俺はその画面を見るなり、思わず叫んでいた。

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