イレギュラー或いは真たる王の格

「さてイレギュラーという言葉の意味、真意に関してじゃが儂にも分からん。それを分かっているのは儂らの主だけじゃろう、だがまぁお主がそう呼ばれる理由の一端に関しては何となくじゃが察しておる」

「…………悪神か」

「その通りじゃ、儂らの愚かさの証明であり儂らの...いやこれは言えぬな。まぁ何れにせよ、お主の中には悪たる神の最後の残滓が残っておる。言うなればお主は奴の最初で最後の子供であり主にとっては初めての孫、そうでありながらも意図的に神になろうともしないその在り方は儂らにとっても好ましく主にとってもまた特別な存在のように映るのであろう」

「……そうか」


………分からんが、まぁ悪い意味ではないと思っておこう。悪い意味でイレギュラーならばその内反感を買って神々と敵対する事になって、最終的に創世の神が出張ってくる羽目になれば俺にはどうしようもないからな。


「あとは...あぁあれじゃ。お主自身にも呼ばれる所以はあるのう、少なくとも神々がお主の事を気に入っておるのはそこが理由じゃなぁ」

「…なに?」

「ほれ、お主自身は疑問に思わぬか? 特訓を始めれば一定の度合いまで即座に成長する事実、初めて扱う物や行う事が手に取るように理解できる現象、肉体が日々普通ではない速度で成長し続けている現実、変質した肉体に力が日々強化され続けてお主の呪いという絶対性が無くとも容易く龍を殺せるだけの力...疑問に思わぬか?」

「………言われてみればそうだな」


服のサイズは大きいサイズを調整して肉体に合わせていたから気付かなかったが、確かに体は大きくなっているし力もそうだな。特に魔法、龍峡を出る前は属性を付与することすら満足に出来なかったしそれを補うために魔法を伝導する球を用意してもらったんだが、それを扱わずとも実戦で扱えるどころか封印することが必要になるぐらいには魔法を扱う力が付いているな………何故だ?


「うむ、まぁ便利じゃったのだろうから考えておらんかったんじゃろう。そこは否定するつもりは無いし、儂も他の神々も規制するつもりは無いんじゃが何故そうなっておるのか知りたいかのう?」

「………聞かせてくれるのならば」

「じゃあ教えてやろうかの、大した理由でもないしのう」

「……?」


これが大した理由ではない? 仕組みに再現性があれば幾らでも悪用出来そうな物なのにか? それこそ誰にでも同じように出来るのならば龍を食い物にするネズミの軍団を作り出す事すら可能だというのに?


「生命が成長する、強くなるのには経験が必要じゃ。生きておるだけでも十二分に経験を得るが、そこから高みに行こうとすれば鍛練や戦闘といった経験を積んでいく必要がある。それは分かるじゃろう?」

「あぁ」


必要であるが故にヘルディとラビ助には頻繁に戦ってもらうようにしているし、日常の中で魔法を使うようにさせている。そのくらいの事は分かっているし、実際に行わせているし行っている。


「それを前提において、一番強くなるのに効率がよく効果的な経験は何であると思う? どんな事象を経験すれば生物は最も成長すると思う?」

「……………! もしや」

「うむ、そうじゃ。死という事象、儂ら神々は一生経験する事のない事象であり生物にとっても経験するのは多くとも一度しかないその事象。仮に死そのものでなくとも死に近づけば近づく程より良い経験となる」

「………つまり」

「そうじゃ。お主の中には数え切れぬほどの死という経験が積み重なっておる、更にその状態から肉体の死に魂の死の双方をほぼ日常的に経験し続けてお。儂らにはその死を目の当たりにした生物の感情やら心情やらは理解できぬが、死に限りなく近づいた生物は常々変わることなく一つの想いを抱いておる」

「……それは?」


「二度と経験したくない。どれだけ力に飢えた生物であろうと、欲に塗れまともな思考をせぬ生物であろうと、王の地位に後僅かといった場所に至った生物でも、死に近づけば近づく程に死を忌避し死に近づくこと自体を恐れるようになる」


「……そんなものか」

「そんなものじゃ、普通の生物はのう」

「…………なら、俺は?」

「む?」

「俺は、何故死を忌避しない? 死という物をここまで軽率に感じる? 死という物に恐れを抱かずに生きていられる?」

「ふぅむ...」

「答えられんか?」


俺が普通ではないというのは重々承知している、しているが...何が他の奴らと違うのかは知りたい。他にも適用できるのかとか、俺が特殊な例なのかとか、俺の中に居る悪神の残滓が作用しているのかとか……同じように死を繰り返しているグレイスに悪影響はないのかというのは知っておきたい。


「うむ、まぁ正直に言おうかの」

「……何だ?」

「分からん」

「は?」

「お主が何故平気なのかは儂らには分からんのじゃ。主ならば理解しているやもしれんが、流石にそんなことは聞けぬしそこまでして聞きたいわけでもないしのう」

「………は?」


────────────────────────


……………分からんのか? 神々が?

いや、別に神々と言えども全知という訳ではない。むしろ今話している感覚からして興味のあること以外に対しての関心は薄いだろうし知ろうともしていないのだろう。そこから考えると神々がどうしてそうなっているのかというのを理解していないのも分からないことはない。聞いている立場からすると知っておいてくれと思わないことも無いが、流石にそれを直接ぶつけるのは理不尽以外の何物でもないから止めておくことにしよう。


「まぁ分からんものは分からんとして、神々がお主の事を心底気に入っている理由についても話しておこうかのう」

「……イレギュラーだからじゃないのか?」

「違うのう。いや真意を読み解けばイレギュラーであるというのに帰因するやもしれぬが、お主がイレギュラーであるというのを知るよりも前から儂らはお主のこと気に入って観測を続けておった」

「何故だ?」

「始まりは死なずの呪いじゃな」

「死なずの呪い...」

「そうじゃ」


……………それは何だったか? 薄らとそんな名の呪いがあるというのは記憶にあるが、どんな呪いだったか? ……分からん。死ねなくなる呪いは複数種あるし、老いなくなる呪いに変わらなくなる呪い、元通りに戻る呪いだの何だのとそういう類いの呪いで考えると山程あるしな...何だったか?


「………憶えておらぬのか?」

「…そんな名前の呪いがあるというのは記憶にある。ついでに言うと俺の体に仕掛けられていたというのも薄らと憶えている。とはいえ何がどうなってそうなったのかとか、どんな効果を持っていたのかといった事は殆ど憶えていないな」

「ふぅむ...一応儂は憶えておるが、聞くかのう?」

「要らん、記憶から摩耗しているという事はそこまで重要なことではないという事だろうからな。今聞いたところでどうせすぐに忘れるだけだ」

「そうか...ちなみにじゃが、自己防衛で死の記憶を忘却しているという事は無いのかの? お主が他の生命と違う精神性の理由に関してじゃが」

「ふむ……いや、忘却していないな。拷問に合って火傷塗れのズタボロ状態で這って移動していて虫に食い殺された最初の死の記憶から、直近のリソース確保のために心臓を握り潰して死んだ記憶の全てが残っているぞ。とはいえ途中途中で連続して死に続けていたから区切れが分からん場所もあるがな」

「ほうほう...それを聞いて増々何故お主の精神が崩壊していないのか疑問に思えて来たんじゃが、まぁ置いておくことにしよう」


その方が俺も楽で助かる。グレイスの影響を考えると原理を理解しておきたい気もするんだが、近くで見ている限り死を恐れているようには感じないし無理をして押し込めている感じもしないからおそらく問題はないだろう。俺の精神性に関しても...まぁどうでもいいな。一度自分で精神防護無しで呪いを大量に流し込んで発狂を引き起こそうとしたが、慣れていたのか知らんが大した影響なく気が狂ったような感覚も無かったから多少の事では影響がないだろうしな。


「それで、何故儂らがお主を気に入っているという話じゃったか」

「あぁ、少しばかし話が逸れたがな」

「少し前の話をしようとして逸れたんじゃったな。まぁそれならば前提の話を全て飛ばして言うが...お主が王の格を持っておるからじゃな」

「………王の格?」

「うむ、王の格じゃ。名付けるのならば真たる王の格といったところじゃな」


………王の呼び名ではなく王の格? それもシンたる王の格。おそらく新しいという方ではなく真実の方の真たるだろうとは思うが...この世界にいる王の呼び名を持つ生命と神々曰く優待券という物を持っている生命、これらとの違いは一体なんだ? 王に成るという運命が定まっていないのだとしても、それは王の呼び名を手に入れた生命たちと同じなはずだ。何なら王ではなく皇という呼び名を手に入れた奴らの方がもっと格上であるはずだと思うが...


「真たる王の格、言うなれば運命にも縛られずこの世界の約定にも縛られぬ己が道を己が思うままに歩もうとしている者に対して儂らが勝手に与えて思っておる格の事じゃな。最初に呼んだのは数百億年程前じゃったか? 一部を除けばその殆どが失われておるが、それでも僅かに残っておる儂らを天井からこの世界に降臨させる神呼びという名前の儀式を作り出した人間。名前すら持っておらんかったのじゃが、それでも複数の戦神を降臨させて世界を平らにして統一する一歩手前まで進んだがまぁ策謀によって死した。とはいえ運命を打ち破り、神呼びの儀式を完成させた此奴を儂らは真たる王の格の持ち主と呼んだ」

「……なるほど」

「それ以降、自らの手で運命を打ち破っている生物を儂らは真たる王の格の持ち主呼ぶようになったという事じゃな。とはいえそう飛び出てくる奴はおらぬし、おったとしても周囲に潰されて自らの道を進む前に死んでしまっておるのう」

「………なるほど」


策謀によって死んだ...となると種族として強いわけでもなく、個として強いわけでもない、か。そうなってくると神々にとっての王の格というのは元々の実力は関係ないという事になり、その上で知識知恵方面での才能の持ち主は神々の趣味に合わないという仮定した場合...言ってしまえば名前をどんな形であれ残すことが無い存在があらゆる要因によってその名前を残さないという運命を排して名前を残す程強大な存在になった時が神々の興味の対象になるということか。

…………それがあっているのだとしたら、確かにただの人間だった状態から死なずの呪いを受けてそこから呪い背負いになり、神の呪いのほぼ全てを背負いきって更に龍を殺すだけの力と生物の在り方を捻じ曲げる様な力を手に入れたという俺が神々の興味の対象になるのも納得がいくな。


「うむ、あともう少しお主の事を気に入っている理由はあるんじゃが...残念なことに時間が無いのう」

「? ………あぁ、そうか。外ではどれだけ時間が経っている?」

「鱗を剥ぐ作業を終えて夕食作りに手を付け始めたところじゃな。一応送り返すだけならば一瞬で済むからもう少し時間に余裕はあるじゃろうが、ここから深い話をするには少しばかし時間が足らんのう」

「…………なら、一つだけ教えてくれ」

「なんじゃ?」


折角の機会だから、これも聞いておこう。俺の力で出来るのならば当面の鍛練の目標をそこに集中させて、出来ないのならば出来る存在を探すのを旅の目的に含めればいいだろうしな。



「           を行う事は可能か?」

「……ふむ、一応可能じゃな。今の世に出来る存在は四人じゃが、お主とお主の伴侶もそれを目指してそれに向けた鍛練を積めば可能となるじゃろうな。とはいえ今の世にいる四人には劣るじゃろうし...あぁもう一人おるのう。其奴に関しては比べようがないほどの格差があるし、何よりお主の望み通りの形を望むのならば其奴が実行する方が望み通りの結果になるじゃろうな」

「…………その一人が何処にいるかは、教えてくれるか?」

「……無理じゃな、これは儂らに話す権利が無い。それにこれに関しては誰かに教えてもらうよりも、お主の進む旅路の中で出会う事を優先した方が良いじゃろうな。別にすぐにでも実行したい訳じゃないのじゃろう?」

「あぁ、出来るのであればやれるようになっておきたいと思っただけだ」

「ならばその時を待つんじゃな。お主とお主に関わる者は定められた運命から抜け出して己が道を進んでおるんじゃが...その時に関してはいつの日かお主らが進む道と必ず交差することになっておるからのう」

「………確実か?」

「神の名を持って確実であると宣言しよう」

「ならば、いい。良い話が聞けた、感謝する」

「儂も良い話し合いじゃった...赤の獣王との戦い、楽しみにしておるぞ」

「話の礼代わりになるくらいの戦いにはしてやる」

「ほう、そうかそうか。あぁ後ろの門を潜れば湖の中に出るぞ」

「……さらばだ」

「うむさらばじゃ」




────────────────────────




神との語らい終了、ついでに主人公一派がやたらと強くなっている理由の世界勘的な説明も終了!! 難産だったわ!!!


次回からは閑話みたいな話を二つほど挟んで、ちょっと長めでスケールの大きい戦闘みたいな感じになる予定です。最後の主人公からの質問の内容に関しては多分結構後になってから表に出てくるはず、最後のヒロインが参加する章辺りで出てくる感じになる予定ですね。予想はご自由に、コメントでもこうじゃないかというのを予想して下さい。作者はそれを読んで楽しんだり、腰を抜かしたりします。


あと現状の力関係は主人公≦神々って感じです。負けはしないけど勝てもしない、今回の話の状況みたいに動きを固められて硬直が続くって感じですね。


それでは、作者でした。また次回をお楽しみにお待ちくださいませ、一週間以内には更新する予定ですので。

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