モノマキア決闘大会、最終日《対ベットラッヘ》

ベルセルク、それから心臓を刺し貫く。その前の謝罪に理を捨てるという言葉。それから今轟かせた獣の如き咆哮に、知性を感じさせない目。


「理性を排除して本能を全面に出し、命の危機に瀕することで目の前の敵を確実に殺すための暴走、いや狂戦士化とでも呼ぶべき魔法か。知性がないようには見えるが、槍と剣を手に持って構えているのを見るに、戦いに関する知性だけは残っていると見ていいな」


いきなり目の前の前回覇者が引き起こした事態を分析していると、殺せば全て同じだとでも言わんばかりにラビ助は空を駆け出していく。ヘルディはというと、腰につけていた試験管を地面に叩きつけて自身の魔法を起動する準備を進めていく。蓋を開けずに叩きつけているのを見る限り速攻性が必要だと考えたか、まぁ悪くはない判断だと俺は思う。


「───」

「おっと、忘れるところだったな」


面白そうなことを始めたリザードマンたちの観察と二人の動き様を眺めることに集中しすぎて、コロシアム全域の保護の魔法を仕掛けていくのをグレイスにだけ押し付けることになるところだった。取り敢えずグレイスは建物の保護をメインに行っているので、俺は空間の保護をメインに行うことにしよう。想定は、そうだな成龍のブレスを想定しておこう。英雄のまだ見切れていない本当の実力はもしかしたら龍のブレスに並び立つかもしれんからな。あとそのくらいにしておけば少なくとも俺とグレイスが本気で動いても、おそらく耐え切れるだろうからそのくらいにしておく。


『キューー!!!!』

「「「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"!!!!!」」」


っと、ラビ助とリザードマンが接触したな。楽しそうに笑っているが、ラビ助を視認したリザードマンの方は死にものぐるいだな。槍を突き出し、剣を叩きつけ、互いの体に武器が当たる可能性を考慮もせずにひたすらに攻撃を続けている。何度か当たりかけて掠っているが、ぴょんぴょんと姿を見せた状態で跳ね続けているのを見る限りわざとだろう。そもそも鱗を毟り取ってはそれを風で飛ばすなんて遊びをしているから余裕も余裕なんだろうがな。


「「「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"!!!!!」」」

「腕を為せ、触腕アームズ


ラビ助を襲っていない残りがこちらに向かって飛び込んで来るが、突如生えてきた触手に掴み取られて動きを拘束されて上へと投げられる。下手人であるヘルディへと目を向ければ、次の一手を既に準備している。随分と早いなと思ったが、そういえば今の状態になるためにリザードマンたちは自傷していたなという事を思い出す。奴らの動いた場所を見てみれば心臓からの出血で地面を濡らした血液が揺れ動いている。それにラビ助が鱗を毟り取った時に出ている出血も、地面に落ちてからこっちに寄って来ているし...なるほど、ある意味でこれも連携と言えるな。各々が好きなように暴れているだけなんだが。


リザードマンはというと、推測通り連携能力は失っていないようだ。好きなように暴れているように見えて、動きの後に出来る隙を認識させないように動き続けている。それも互いの立ち位置、腕の位置、武器の位置を合わせることで単純な視界からは死角になるようにし、そのまま躊躇うことなく武器を振るう。本来ならば一瞬の躊躇いがあると思うんだが、どうやら狂戦士化していることでその躊躇いが無いらしい。あとついでに鱗を毟られているのに顔どころか眉も顰めないから、おそらく今のリザードマンは半分死んだいて半分生きている感じだろう。もしかしたら八割死んでいるかもしれんが、まぁ半分だけの死亡で済ませているだろう。外から見て判断した勘に過ぎないが。


「噛み千切れ、血牙ファング


ヘルディが血から牙を持つ獣を作り出して、触腕にも牙と口を作り出して上空に投げられたリザードマンを襲わせる。立て直しはしている様子だったが、空中で自由自在に動き回る能力を持っていないリザードマンではそのまま絡みつかれる。そのまま終わる...訳はないか、それで終わるならばここまで上がってこないだろうし前大会で優勝などしていないだろう。


「「オ"オ"オ"オ"オ"!!!!!」」


二人のリザードマンが咆哮を轟かせながら血の牙と触腕をバラバラに切り裂きながら現れる。傷による出血なのか、それともヘルディの魔法が染み付いているのかはよく分からんが、現れたリザードマンは真っ赤に染まった全身から血を滴らせている。それでも一切動きを鈍らせている様子を見せないところ見るに、流石は狂戦士化と言ったところだな。

……? そういえば、ヘルディに投げられたのはもう一人いたと思うんだが...あぁ、地面に降りているな。二人で拘束を切り飛ばして、一人が自由の効く地面に降りてヘルディを襲撃、意識が逸れた時点で上にいた二人が地面に降りて襲撃に加勢といった感じか。悪くはないと思うんだが、自身らに掛かっている負荷とヘルディの魔法の起点を考えていないな。いや、考えられていないだけか? 状況の把握に最善手を考え出すまでの知性はあれど、魔法の起点を見抜いてそれに対する対抗を考えるまでの知性はないのか?

いやまぁ、そもそもそこまで考えられたとしても何が出来るんだって話なんだがな。魔法を炸裂させられないだろうし、戦っている以上必ず流れ出す血をどうして戦いながら処理するんだって話だが...お?


「オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!!」

「生を為せ、流血の獣ビースト


……血を生物のようにも出来る、いや出来るようになったのか。確か以前聞いた時には出来ない、というかその形には出来るが動かすのは自分じゃなければいけないと言っていたはずだが、今ヘルディの言葉と共に変化した蝙蝠にトカゲに鳥にネズミは自律行動をしているように見えるな。規則正しい動きではなく不規則的な動きであるし、ヘルディも変化させた後はリザードマンに目を向けながら変化させていない血液を動かして集めている。という事は生物のように出来るようになったのだな。練習している様子は見なかったはずだから、おそらくは二日前のかなり薄めた俺の血液を取り込んだ事で強化されたんだろう。


………ふむ、それじゃあラビ助はどうだ? さっき見ていた限りでは強化されているようには見えなかった...いや、そういえば普通に空中を歩き回っていたな。魔法を使っているのは使っているんだが、以前のように空気を固めて歩いているという感じではなかったな。どちらかというと足に魔法を纏わせて、それによって触れた空気を物質化して歩いている感じだったな。という事は魔法の扱いが上手くなる形で影響したか、それとも酩酊というラビ助にとって経験したことも無い未知の体験が魂に作用したといったところだろう。少なくともラビ助もまたヘルディと同様に成長しているのだろう...人型になる魔法を教えるのを早めても良いかもしれんな。あと2、3回俺の血を与えればいいぐらいに成長できるだろう。


『キュキューー!!』


ん? ……あっちは終わりそうだな。満足出来たのかはよく分からんが、まぁ楽しめはしたみたいだな?


────────────────────────


『キュッキュッキュッ、キューイ、キューイ』


楽しそうに鼻歌を歌いながらラビ助が空中で踊る。ぴょんぴょんと楽し気に子供が祭りで踊るかのように、鼻歌とリザードマンの唸り声と振るわれる槍と剣の音とポタポタと流れ落ちる血液の音をバックに、心の奥底から全てを楽しんでいるかのように踊る。


「「「オ"オ"ォ"ォ"ォ"!!!!」」」


彼女の下にいるリザードマンたちは戦意を失わず、痛みに悶えることもなく、互いを踏み台にして跳び上がってはラビ助への攻撃を続けている。それを何でもないかのように、振る雨を振り払うかのように動きながら、ラビ助は時間をかけて準備をしていくリザードマンたちの体が未だに止まらない出血によって衰弱し、理性なき本能による身体制御でも誤魔化しきれなくなるその瞬間を、ラビ助はトドメとなる悪戯の準備をゆっくりと進めながら待ち続ける。彼女にとって命の奪い合いというのは遊びであり娯楽、どちらが先に相手を物言わぬ骸に変えられるかという究極的な遊びであり退屈を塗り潰す遊びでしかない。目の前の相手がどれだけ必死であろうと、自身の急所を打たれて満身創痍になろうと、そこに様々な物が関わりそれを守り達成する矜持や願望があろうと、それらは彼女が遊びを楽しむためのフレーバーでしかない。かつて住んでいた場所にて、悪夢の呼び名と共に竜と異常環境の二つに並んで同等の畏怖を向けられていた彼女にとって、理性を排除して本能だけで戦う相手など殺しに行くほどの相手などではない。自身の暇を食い潰す純然たる遊び道具の中の一つでしかない


対するリザードマンたちは狂戦士化の魔法による反動とラビ助によって積み重ねられた細かなダメージ、そして戦士としての矜持もなく遊んでいるかのような態度を崩さないラビ助への殺意。それら全てが影響してまともな思考が出来るだけの知性は擦り消え、枷から解き放たれて研ぎ澄まされた本能で限界を感じ取っていた。だがそれでも、リザードマンたちは限界を訴えてくる肉体と心臓を眼前の敵を殺すという意地と殺意だけで強引に動かし続けていた。出血によって力が入らなくなっていく肉体は、失う血よりも生産する血の量を増やす事で力を取り戻させる。神経を切断されて自由が効かなくなっていく四肢は、筋肉に力を入れて失った神経を強引に補って動かしていく。数度開けられた腹部の穴とそこを起点に内臓を掻き混ぜられた事による違和感は、自身の手で腹部を掻っ捌くことで違和感を摩耗させて本能に影響しないようにする。血を撒き散らしながら戦い続けるリザードマン、それは修羅や怪物と表現出来る程に恐ろしさを感じさせ、まさしく本能に従って荒れ狂う獣のようであった。



だが終幕は訪れる。リザードマンたちは敗北する、この場でその命を落とすという運命を変えられない。

当然だ。限界を訴えている肉体を抑えつけて、強引に心臓と魂を燃やしながら動いているのだから。燃やし続ければ燃え尽きる、燃やす物がなければ炎は燻りそれから消えていく。心臓と魂は無尽蔵に燃え続けることが出来る物ではなく、燃え続けていればその炎は次第に燻り消えていく。

その瞬間が来る、それだけの話である。


「オ"オ"ォ"ォ"!!」


一人のリザードマンが声を上げる。まだ咆哮を上げるだけの余裕があるのかとラビ助は驚いたが、自身の誤認であったのだと即座に理解する。今の声は咆哮ではない、死に掛けのの生物が奮起しようと足掻く際に漏れ出す声であると。


「「オ"オ"ォ"ォ"!!」」


先の一人に続く様に二人分の声が聞こえる。声の種類は同じであり、それ即ちリザードマンたちは限界であるのだという証明だ。まだ今の声がフェイントで、トドメを刺しに行った瞬間に決死の一撃が放たれる可能性はあるが、それならば仕方がないリザードマンたちが一枚上手だったと諦めるだけである。そのように思考したラビ助は、準備していたトドメをパパッと完成させてそれを限界を迎え始めたリザードマンたちへと迷いも躊躇いもなく振り下ろしていく。


ゴゴゴゴゴ


空が揺れる。悲鳴のような嘆きのような歓喜のような悦楽のような声を、空が上げる。奮起するリザードマンたちにとっての絶望が空に現れる。


『キュキュイ、キュイ! キュイ!!!』


笑い声が響き渡る。単調な鳴き声の筈だがはっきり笑っているのだと分かる声が絶望が現れ落ちてきている空から声が響いている。目を向ければ後ろ足で立ち上がり前足を大きく広げて、絶望を背にラビ助が声を出して笑っている。


空に現れたる絶望、それが何なのかは一言では表せない。空気を揺らし歪ませ捻じ曲げながら現れたそれは、無色透明であるはずの空気を大量に圧縮し統合し塗り固めた物質であった。黒く、赤く、青く、白く...数多の色を適当に混ぜ合わせられたかのように色を手に入れたそれは、形を多様に捻じ曲げ移り変えながら空から大地へと動いていく。槍のように鋭く、槌のように重く、剣のように硬く、炎のように熱く、氷のように冷たく、雷のように痛く、毒のように暗いそれは、現れた時のように空を揺らし歪ませ音を鳴らしながら飛んできている。それを見て得られる感情は恐怖。理性を無くしていようとも、感情を押し殺していようとも、戦意と殺意に身を委ねていようとも、それは決して抗えず避けられない恐怖を与えていく。


『キュキュ、キューー!!!!』


そしてラビ助が広げていた前足を下ろし、声を上げるとともにそれは移動する速度を加速させ、その軌道を移り変わる形と同じように変化させる。真っ直ぐと移動していたそれは拡散するように広がり、乱雑に投げられる石のように矢鱈滅多な軌道を描きながら空を見上げ、手に持った武器を零れ落としてしまっているリザードマンたちへとゆっくりと飛んでいく。


「………アァ、オワルカ」

「………キンキをツカッテ、コノマツロカ」

「………イイヤ、マダダ」

「「……アァ」

「…マダダ、マダ」

「ウム」

「アァ、ソウダナ」


「「「マダ!! オワラセンゾォ"ォ"!!!!」」」

『キュイ!? キュキュー...キュイキュ!!』


だが、まだ終わらない。武器を落とし膝を屈しかけたリザードマンたちだが、再び武器を拾い上げて握り締め、そして再起の咆哮を上げながら飛んでくる絶望に立ち向かう意志を見せる。拾い上げた剣を逆手に持ってそのまま真っ直ぐ空に立つラビ助へと投擲し、そのままの動きで槍を握り締めて迫る絶望へと立ち向かっていく。対して剣を投擲されたラビ助は驚き、この戦い始まって以来初めて大きな動作で飛び退いて回避し、それから再び立ち上がったリザードマンたちを見て称賛に似た声を上げる。


そうして絶望、無数の空気の集合結合体リザードマンたちへと飛んでいく。広がり思うがままの軌道を描きながら飛んでくるそれに対して躊躇うこともなく槍を突き出し、飲み込まれたのを確認してから薙ぎ払う。ごっそりと薙ぎ払われた部分とその周囲は空気が霧散していくが、その霧散した空気の中に混ざっていた毒性は残留する。赤く黒く緑色の毒性は目の前に立ちリザードマンたちに取り込まれていくが、それに対してリザードマンたちは何の反応も示さない。何の反応も示すことなく、薙ぎ払った物とは違う物を狙って槍を振りかぶり突き立て薙ぎ払う。ぐちゃりと何度も脇腹を突き抜かれるがそれでもリザードマンは倒れることなく、その槍を振るって迫る空気の集合結合体を薙ぎ払って霧散させてラビ助への道をこじ開けていく。

何故これだけ傷を負い、肉体を損壊し、魂を燃やし尽くしても立ち上がれているのか、抗えているのか


『キュキュ、キュキューイ。キュイキュイ』


そんなリザードマンたちの姿を見て、改めてラビ助は称賛に似た声を再度上げる。それまでの単純に溢れ出したような物とは違って、純粋に抗い続けることを選んでいるリザードマンたちを讃えるように。懸命に抗っているリザードマンたちに届いているのか、聞こえているのかどうかなどは全く彼女には分からないが、少なからず彼女は目の前に立っているのは娯楽のために消費する相手ではないと認めた。眼前に立つのは己の命を奪い取る可能性を持った敵であると、悪童ではなく捕食者としての彼女が認めた。


『キュキュイ』


故に殺す。


空中に立つために用意していた地面を掻き消し、ふわりふわりと崖を下るように空から地面へと落下していく。未だに彼女が解き放った空気の集合結合体は飛び続け、リザードマンたちを襲い続けている。リザードマンたちはそれに全力で立ち向かい、槍を突き立て、薙ぎ払いながらその体を進めていく。血と毒と殺意が飛び交う地獄のようなそんな戦場を、無情に死を告げる精霊のようにラビ助が駆けていく。懸命に抗うリザードマンたちを殺すという目的のために。


「!! オ"オ"ォ"ォ"!!!」


三人のうち最前列にいた一人が駆け寄ってきたラビ助に気付き咆哮を上げる。自身の周囲に迫って来ていた空気を薙ぎ払い、その研ぎ澄ませていた殺意をラビ助一点に集中させ、グルングルンと槍を振り回し全身を引き締めて放つ一撃へ集中する。


ズオッッッ!!!!

射程距離に入った瞬間、引き締めていた全身を解き放ち槍を一息に突き出す。強く空気を刺し穿ち、突風を纏いながら桁外れの速度を出しながら突き進む。角度速度タイミングの全てが必中にして必殺、避けることを考慮に入れながら移動していたとしても躱わせず、確実に刺し貫かれて穴を空けて命を奪い去られるだけとなる一撃。


『キュイ』

スパン


だが届かない。質量を持った残像を刺し貫かせ、本体である彼女は槍を突き出したリザードマンの頭部に片方の前足を乗せて立つ。それをリザードマンが知覚した瞬間、あっさりと軽い音を立ててリザードマンの全身が乗せられていた前足を中心にし、バラバラのサイコロのように散らばっていく。切り口は悍ましさを感じさせるほどに滑らかで、それなのにズタボロになった外側と違って異様な美しさを感じさせる。


『キュイ』


そんな姿になっても尚蠢き、立ち上がり、殺意を漲らせるリザードマンの肉をラビ助は一言呟いて焼き尽くす。寄ってきていた集合結合体をバラバラになった肉体にぶつけて、それを一瞬で橙色の炎に変質させて残っていた肉の全てを燃やし尽くす。

そのままトントントンと塵になったリザードマンの残骸を叩き、目覚める意志を一切感じ取れないことを確認してから残る二人を殺すために移動を始める。


『キュキュイ、キューイ!!!』



────────────────────────



ラビ助がリザードマンたちの蹂躙を始めた時、ヘルディはじわじわと漁のように追い込んでいた。血液操作の魔法を利用して自由自在に這いずり回し、多様な形や生物にその流体を変形させ、抉り込ませた血液を起点に体内の血液を掻き回し、その肉体を苦しめ捩じ伏せながら戦況を自在に動かしていた。

その結果、リザードマンたちは右腕が無くなって血を流し続けている者が一人、心臓のある今日に大きな穴を空けてそれを中心にヒビを走らせているのが一人、両足を剃り返った十数本の杭で刺し貫かれているのが一人というまで追い込まれている。だがそれだけの重傷を負っていながらもリザードマンたちは膝を一切屈せず、迫り来る血で構築された生物と杭と弓矢をその手に持った剣で打ち払い続けている。

対するヘルディは無傷で泥も返り血も無しでその体の周囲に血で構築された球体を幾つも点在させ、その中から蝙蝠や蛇、ネズミといった生物を切れ目なく生成し続けている。出てくる度に球体の質量は減少しているが、その度に何処からともなく血が飛んできて球体に吸収されて元通りの質量に戻っていく。ヘルディ本人は近くに寄せている球体に手を突っ込み、そこから杭や弓矢を引き抜いて投擲し続けている。


「「「ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"オ"!!!!!」」」


一度死を眼前にして心を砕き死を受け入れ、それでも死を否定して抗う道を選んだラビ助と対面しているリザードマンたちとは違い、重傷を負い続けながらも未だに心を保ち死を否定し続けている。故に彼らの脳を支配する狂戦士化の魔法が支配し、我武者羅に前を進むことだけを選択し続けている。だが、そんな彼らにも変化は違和感を感じない速度で進んでいく。


動きが洗練されている。


最初は一匹ずつ一発ずつ処理をしていた、それが段々と少しずつ処理の速度と手順が早くなり、鮮血を撒き散らすだけの傷を負う数も減っていく。二、三、四、五、六...数と速度を増しながらその歩みをしっかりと一歩ずつ進めていく。ぐちゃりと肉が歪んで傷口から血を溢れ出させながらその歩みを進めていく。


「舞い踊り歌え、軍隊蜂ワスプ

「狂い咲き嘆け、彼岸花アマリリス

「広がり満たせ、疫瘴霧フォッグ


そんなリザードマンたちの希望を練り潰すヘルディの口から絶望が込められた言葉が紡がれる。湧き出し続ける生物たちに入り混じって、視界を覆い尽くすほどの大群をなしている小さな蜂の群れ、突如前触れもなく生えてきて花粉を撒き散らす彼岸花、触れればそこから感覚を奪い去っていく赤い霧。一対三という人数有利を取っていたはずが、三体無数という絶望的な人数差になった状況に一人のリザードマンがその膝を屈して武器を落とす。そこを見逃すほど殺戮の命令を受けている生物たちが見逃すはずもなく、立ち上がるよりも早くに一斉に襲いかかり骨を含む肉体の全てを飲み込み自身の中に取り込んでいく。ラビ助と対面している三人のように立ち上がることなく死を受け入れた一人は、血の中に取り込まれたまま終わった。


「!! オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!!!」


一人の完全な脱落、それを認識した時点で残った二人のうち一人が大きな咆哮を上げながら、自身の周囲に咲く彼岸花を踏み潰し寄ってくる生物に飛んでくる物体の全てを全身で受け止めながら、片腕しか残っていないその体を駆け出していく。ザクザクと肉体が傷ついていくのを一切気にせず、感覚が失われていく足を根性だけっで動かし、ヘルディとの開いている空間を詰めるために走っていく。その目と歩みには覚悟が決まっており、振るう剣には殺意と闘志が籠っている。文字通りの決死の一撃、必殺でも必中でもないが、ただ一撃。このままでは終われないのだと、せめて一矢報いたいのだとそのボロボロの全身を動かしていく。

飛んでくる蝙蝠を打ち払い、寄ってくる蛇とネズミは踏み潰し、舞っている蜂の群れは剣を幾度も振るい、神経を奪う霧は躊躇いもなく突っ切っていく。


「オ"オ"オ"オ"!!!!!!」


自身の剣を当てられる射程範囲。その範囲にたどり着いた瞬間に再度咆哮を上げて手に持った剣を振り上げて、崩れ落ちかけている肉体を全て生かしてその剣を血を操作し続けるヘルディに振り下ろす。バキバキと骨を捻じ曲げて砕ける音が、ブチブチと振るう剣の勢いに耐えきれずに肉が千切れる音が剣を振るうリザードマンの肉体から鳴り響き、それらを塗り潰して覆い隠すほどの轟音が振るわれる剣から轟く。愚直としか形容出来ない突撃に避けきれない攻撃を全て肉体で受け止めていた姿からは感じられない、究極的としか形容出来ない完璧で完全な剣撃。それは流れも揺らしも速度もその全てが完璧に重なり、可視でありながら不可視であるという異様で異質な一撃となっている。


しかし相手は最後にして最強の吸血鬼である。


ズバンッッ!!!!


大きな音を立ててヘルディの頭頂部に剣が当たり、そのまま真っ直ぐ下まで豆腐を切り裂くようにあっさりと二つに切り裂かれる...が、その切り裂かれた肉体は一瞬で血液の塊に変化して、それがそのまま血の霧となっていく。その光景に目と脳を疑っていたリザードマンは、霧が触れた部分から自身の肉体が目の前で変化したヘルディの体のように血液の塊に変化していっていることに気づいていなかった。その事実に気付いた時には、ズタボロで穴だらけだった肉体の六割以上が血液の塊に変化して己の意識で動かせる物ではなかった。


「まぁ、そういうことっすねぇ。それじゃあ、さっさと死んで下さいっす」


肉体の意識がなくなっていく中でリザードマンはそんな声を聞く。羽のように軽い調子なのに水銀を大量にぶち撒けられているかのような重さを感じさせる異常としか言えない声を、絶望を感じながら薄れていっている意識の中で聞く。その声の主を視界に捉えるよりも早く後頭部を蹴り飛ばされて、残存していた肉体を霧の中に叩き込まれて血液の塊に変化させる。


「さぁて、あとは...あ?」


残る一人、両足を杭でぶち抜かれていたリザードマンはいつの間にか立ち上がり、最善とも最悪ともどちらとも言える一手を選んで動き出していた。



────────────────────────



アンデッド化する現場は初めて見たな。あれだけの意思があれば立ち上がるのか...ふむ、場合によっては人為的にアンデッド化した戦士を量産出来るな。倫理観も道徳心も何もかもが欠片も存在してないが、その気になれば呪いを駆使して量産出来るな。

だが、まぁ、無念を晴らさずとも肉体と魂を燃やし尽くせばそれで終わらせられるというのは知らなかったな。それを出来るのがどれだけいるのかという話だし、そもそも魂に干渉できるような技術を容易に扱えないだろう。今回もリザードマンたちが自分から魂を燃やし尽くしているから、アンデッド化しても肉体を焼き尽くすだけで済んでいるのだからな。他人の魂に干渉できる技術といえば...俺の本気の呪いかリーズィの全力のブレスくらいだな。俺の知っている限りではという話だな。英雄は持っている剣も干渉できる可能性はあるが、そこまでの力を持っていないし剣と担い手の肉体がその出力に耐え切れないだろう。


…………ん?


「オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!!!!!!!」


俺を狙う、か。愚策とも言えるし、正しい足掻きとも言える。戦士として考えるならば戦場にいながら戦う気が欠片も無い奴を、無理矢理戦いの場に引き摺り下ろしたいというのも分からないでもない。なんなら俺も同じことをするかどうかと問われれば、おそらく同じ事をするだろうしなんなら殺すな。


だが、まぁ、この場においては愚かでしかないな。


「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"!!! ォ"グゥ"!?!??!」


「残念ながら、それを許す理由はありません」

「逃げてんじゃねぇっすよ」

『キュイ!!!』


グレイスの鎌が腹に抉り込み、ヘルディの血液操作によって引っこ抜けた杭が胸から上を刺し貫いて武器を握る事も出来なくして、対面していたリザードマンの処理を終えたラビ助が戻ってきて前に出ようとしているリザードマンの頭の上にその足を置いている。そのまま動き出すのは全く同じタイミングで、ラビ助は空気を細い糸に変形させてリザードマンの全身を切り裂き、ヘルディは刺し貫いている杭を動かしてリザードマンの肉体を押し上げ、グレイスは鎌にリザードマンを捉えたまま振り回して放り投げていく。過剰としか言いようがない攻撃の重ね技に消耗し切っているリザードマンが耐え切れる訳もなく、物の見事に吹き飛ばされてその途中でバラバラになり、ヘルディが残していた血の霧がバラバラになった全身を包み込んで血液の塊に変化させる。そのままびしゃっと地面の上に血液が広がり、よく見なくとも分かるほどの惨状にリザードマンの生存者は存在していない。



「さぁ、戻るぞ。回収するなら、しておけ」

「了解っす」

『キュイ!』

「いい準備運動になっただろう? 次が本番だ、お前たちを考えて戦うつもりは俺にはないからな」

「私も、加減はしますけど思う存分戦いますので、巻き込まれないように注意してください」

『キュ? キュイ!!』

「……了解っす。まぁ程々に、邪魔にならない程度に動くからウチは大丈夫っすよ」

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