モノマキア決闘大会、最終日

「今日の対戦相手は?」

「一試合目は前回の覇者、二試合目は英雄」

「なるほど...一試合目は休んでますか?」

「ふむ、そうだな...昨日は存分に暴れたし、英雄は中々に面白そうだしな。一試合目はお前達の戦ってもらおうか、存分に暴れてくれ」

「分かりました」


アングルたちと戦った翌日、すこぶる元気になったラビ助とヘルディを引き連れてコロシアムの待機室に移動して、呼び出されるのを待っている。とはいえ今日の第一試合は前座、食前の運動のようなものだ。メインディッシュは今日の二試合目、奇妙な魔法に奇妙な剣を扱う英雄、磨いて強くなったレメ、この街に着いた時に発見した澱んだ魔法を扱う人間ではない女。出来れば早々に、それこそ一日目の第一試合辺りで戦いたかったぐらいだが...まぁ、今日まで伸びてくれたおかげで楽しみは尽きなかったから良い。


「ラビ助、ヘルディ」

「はいっす」

『キュ?』

「存分に暴れろ。殺す殺さないを考える必要はない、お前らが持つ全てを使って今日の試合は戦え」

「了解っす」

『キュイ!!』


「グレイス」

「はい」

「前座だ」

「分かりました」


第一試合の相手は前回大会の覇者、そんでもってこの街の散策の時に見つけた連携能力が非常に優れて、六人だが一人の動きのように息を合わせられるリザードマンの一団。おそらく個人能力による制圧しかしない俺たち、というよりヘルディとラビ助は苦戦を強いられるだろうから戦いを制限しない。思う存分暴れればいい、残党の処理は全てグレイスがやるのだから。

グレイスは二人が取りこぼした残党の処理と、コロシアムの舞台への仕込みを担当する。俺も後ろで待機しながら行うが、コロシアム全体を保護して俺たちが全力で戦ってもコロシアムが崩壊しないようにする。興が乗れば抑えきれなくなるだろうし、そもそも手加減をしっぱなしで満足行く戦いが出来る訳がない。

故に舞台を整え、グレイスには準備をしてもらう。ラビ助とヘルデイはおそらく取り残すことになるだろうから、第一試合で思う存分暴れてもらう。


「……ところで、本当にこの服で行くんっすか?」

「勿論です、昨日の一件でまだドラコー様の服は直っていませんので。折角なので揃いの服を着た方が、盛り上がるでしょう?」

「それはそうっすけど...ウチ、買ってなかった筈っすけど」

「私が作りました」

「へあ!?」


『マレディクタスの皆様、準備をお願いします』

「分かった、すぐ行く」


「行くぞ」

「はい」

『キュイ!!』

「…了解っす」


────────────────────────


『さぁ!!! 四日に渡り続きました決闘大会第一部も最終日となりました!!!!』

『もはやこの場に余談は不要でしょう!! 第一試合の戦士達に入場してもらいます!!!』


試合の開幕を告げる声が叩きつけられるように紡がれ始める。同時にコロシアムの観戦席の熱狂が高まり、観戦者たちは各々が手に飲み物を握ってコロシアムの舞台へとその目を向けている。盛り上がりに欠ける、という事はなく、むしろ試合が始まるその瞬間を待っているが故に観戦者たちは沈黙と共に舞台を見ている。


『最初に入場するはぁぁ!! 前大会の覇者!!!』

『言葉を不要とする連携能力!!! 六人いるのに一人が動いているかの如く巧みで洗練された超常といえる技術!!! 今大会もその実力は衰えず!!! むしろ前回よりも優れている!!!!』

『だが今大会は連携能力だけではない!!! 自身らも竜の血を引く者だと示すかの如く連携を不要とした戦い、否!!! 蹂躙劇を引き起こしながらここまでその駒を進めてきた!!!!』

『ベットラッヘ!!! 獣であり竜であるという名と受け継がれて来た力の数々を背負い!!! 己らの矜持のためにその爪牙を振るう!!!!』

『今!!! 入場です!!!!』


最初にコロシアムの舞台に入場するのは六人のリザードマン。槍に剣に弓を持った六人が軽鎧もつけずに舞台へと入場していく。そして舞台に入場して三歩進んだぐらいの位置で立ち止まり、一切のズレなく全く同じ槍を地面に立てた直立状態で横並びになる。

異様にも感じられる彼らの動きに少しコロシアムの観戦者たちが怯むが、その様子を認識して無視しているのかそもそも認識していないのか分からないが、変わらない調子で声を上げる司会によって引き戻される。

ベットラッヘの面々は何か覚悟を決めた顔をして対面の入場口を見ている。


『続きますはぁ!!! 最強の精鋭!!!!』

『突如として我らの目の前に降り立ち!!! 他の強者たちを平然と打ち破り!!! この場所までその駒を進めてきた絶対強者!!!!』

『その戦い様を語るのならば!! 暴!!! 荒れ狂う暴嵐のように!!! 他者を排斥する怪物が振るう暴力のように!!! 脆弱を惰弱を怯弱を捩じ伏せる暴虐のように!!! その圧倒的な力の一片を無慈悲に振い続けてきた!!!!』

『マレディクタス!!! 今、入場です!!!』


続いて入場していくのは異様な集団。四人だけであると言うのは分かるし、そもそも分かっている事なのだが...その入場姿は背後に無数の配下を引き連れているかのように錯覚させられる。

先頭を歩く男、ドラコーはこれまでの動き易さを考えられながらそこそこの見栄えの良さを持った服、ではなかった。身に付けているのはどんな素人が見ても分かる程に美しく整えられた、黒緑色が主体とされたどこか堅苦しさのような威圧感のような物を感じさせる軍服。騎士団の鎧でも、教会の修道服でも、傭兵集団の統一服でもない、どこの国の物か全く分からないが実在することは間違いない何処かの国の軍隊の服。バイザーが付いた軍帽を龍角に引っ掛けるようにして頭に乗せ、頭部と翼と尾を除けば一切生身が外気に当たらない上下、背中と畳まれた翼を覆っている肩にかけられているだけのジャケット。


畏怖あるいは恐怖のような何か


それを見たもの全てに感じさせ、さらにドラコーの鋭くそれでいて狂気と呪いを内包した黒い瞳がそれを助長させる。心臓を鷲掴みにされているかのような、首元に大きな剣を当てられているかのような、生物が感じられるそれを凝縮しているかのようだった。


ザリッ


先頭を歩くドラコーがそのような音を鳴らして足を止める。後方に続くものも同じく止まると思われたが、止まらずにそのままドラコーの横を通り過ぎて、彼の前方に位置を取ってそれから足を止める。


最前線にいるのは空中を歩く軍帽と上着だけを身に付けているラビ助。一見すれば可愛らしいとも思える見た目だが、その中身は生態系の中でも上位に存在している実力と残虐性を持っている悪童。鳴き声以外の音を一切鳴らさずに前後左右上下を自由自在に動き回り無慈悲にその命を刈り落とす。今大会も一戦だけだがその戦い様を見せ、細かな傷をひたすら与え続け、相手の動きの阻害に従事し続け、終わらせる時は一瞬で合図も兆候も見せずに意識を刈り落とした。


『キュイ!』


愛らしい鳴き声を上げながら後ろ足で立ち上がりながら右の前足を上げる。その鳴き声の真意は後ろに立つ龍角を持つ二人にしか分からないが、少なくとも緊張した様子も恐れている様子もない。彼女にとってはいつもと同じように気を引き締めて戦う必要がないと言うことの証明なのだろう。



ラビ助の左斜め後方に立つのはヘルディ。ドラコーよりも少し格が下がるがそれでも殆どの貴族が見栄えを感じて身に付ける豪華絢爛な服、それよりも遥かに質が良い軍服を身に付けて立っている。ドラコーよりも少しばかし軍服を緩めて手を入れられるようになっているが、だらし無さやズボラさなどは感じられない寧ろそれが正しいのだと思えるような振る舞いをしている。一つ違和感があるとするのならば、彼女の手や腰を見る限り何処にも武器が無いという事くらいだ。二度にわたってこの舞台に立った彼女は確かに武器を持っていた筈なのだが、今の彼女はどこにも武器と呼べるものは持っていない。あるのは腰に差し込まれている赤い血液が入った試験管くらいだ。


「……」


そんな彼女は無言で立っている、その目に浮かんでいるのは冷酷。ヴィズィドゥーマの時に見せていた戦いを楽しもうとする目ではなく、慈悲も何も感じさせず与えるつもりもない、ただ眼前に広がる外敵を処理するための意思を感じさせる冷酷な殺意を、槍を立ててた微動だにしていないリザードマンたちへと向ける。



そしてラビ助とヘルディの右斜め後ろ、ドラコーに近い斜め前に立つのはグレイス。ドラコーとよく似た軍服を身に付けて、軍帽を目深に被り、その背の翼をほんの少しだけ広げ、尻尾は地面から浮いた状態を維持されている。ドラコーと違ってジャケットを肩に掛けてはいないが、その代わりに右手には彼女の得物である大鎌が握られて刃を上にして構えられている。

その立ち姿と目から感じられるものは無い。眼前のリザードマンたちなど路傍の石程度でしかないとはっきりと示すように、この後に勝ち上がってくるであろう相手のことを楽しみにしているかのように、彼女は眼前のリザードマンたちに対して一切の感情を示していない。大鎌を持ち上げて構えていないところからもそれが真実であるというのは明白である。


「─────」


彼女は音を殺した言葉を淡々と紡いでいく。人の目、生物の目では認識出来ず、常から外れた怪物か狂気を孕み喰らった怪物のどちらかでしか認識出来ない、無色透明無音無臭の魔法をコロシアムの全域に広げていく。舞台に立つ人間でも、席に座って観戦する人間たちでもなく、それはコロシアム自体を覆っていく。それはまるで心臓を覆って守る肉体のように、母親が子を抱き抱えて守るかのように、生誕を祝す春の温もりのように優しくそれでいて幾重にも束ねられた鋼鉄の壁のように強くコロシアムを覆っていく。


各々が戦いの準備を進め、終わらせていく中で、もはや聞き慣れた騒がしさと共に試合は幕開けとなる。


『それでは第一試合!!! 開幕です!!!!』


変わらない声の大きさと気迫を持って告げられ、開始を待ち侘びていた観戦者たちが体を前のめりにして始まる瞬間を目に焼き付けようとする。それと共にドラコー側の最前線に立つラビ助とヘルディは、言葉もなく終わらせようと地面を踏む足に力を入れていく。




「御仁、すまない。我らは、理を捨てる」

「「「「「「非情よ狂い醒めろベルセルク」」」」」」


リザードマンたちは謝罪を口にし、それから何かを呟きながら自身の心臓に手に持っていた槍を突き立て、即座に血と肉を撒き散らしながら引き抜く。それと同時に彼らの眼は、鱗は、槍は血よりも紅く緋く赫い輝きを立ち上らせ、瞬く間にそれら全てを飲み込む。



オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!!!!!!



理性を失った獣の咆哮がコロシアムに轟く。


────────────────────────


弱かろうが、強かろうが、哀れだろうが、情けなかろうが、無様だろうが、狂っていようが...戦場に立って己自身で力を振るうことを決めた時点でそいつは戦士だ。それは何者にも覆せない。


戦士に言葉は不要。殺し合え、それが戦士の対話だ。

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