才覚者と愚物
「んー、んー、よし後半日ですね。
特殊な事態がない限りは全然保ちますし、殺しても死なないみたいですし逃げ続けたらいいですね」
クルクルと手の中で杖を回しながら少女は呟く。
明らかな殺意が向けられているのに、その余波を受けている歴戦の冒険者が怯んでいるのに。少女は微風を感じているかの様に一切の反応を示さない。
視線と思考は異形へと向けられているが、それらから異形に対する敵意や殺意の様なものは感じられない。
そうして戦いの幕は開かれる
先手を切ったのは異形、両腕を地面に突き立ててそこから自身の巨体を弾き飛ばす。空気を砕き、地面を捲り上げ、怒りと殺意を込めて自身の巨体を飛ばす。
受け止める術はなく、避ける事も不可能な速度。
それを眼前にしても少女の余裕が剥がされず、構えを取る事もなく少女は手の中で杖を回し続けている。
「
直撃する、そう思った瞬間に少女の声が響く。大きくはない、表現するならば鈴が鳴る様な声だったがそれはその場の雑音全てを塗り替えて響き渡る。
それと同時に少女を中心として半径500m圏内の空間の全てが薄灰色の空間膜で塗り潰される。少女を除く全て...慌状態にあった人間も、治療をしていた人間も、治療されていた人間も、建物も、そこに隠れていた小さな動物も、空気も、少女に向かって飛び出していた異形もなにもかもが薄灰色の膜で包み込まれていた。
そして完全に停止していた。
まるで時が止まったかのように、呼吸すらすることも無く停止していた。中心に立っていた少女以外の全てが止まっていた。
その中心に立っていた少女はその光景に疑問を浮かべることも無く、当然の結果として受け入れながら目の前の異形の後ろに移動し、それから懐から錠剤と緑色の液体が入った瓶を取り出して錠剤をかみ砕きながら飲み干していく。
「ん、んーーやっぱり通用しませんか。
先生にも効くどころか壊された上で叩き返されましたし、まだまだ粗が目立つって言われてましたし。
んーーー、消費が多いですしこれで打ち止めにしておきましょうかね。回復し難いですし」
少女が移動し終えて固まり続ける異形を見ながらそう呟く。そのまま諦めた様に息を吐き、杖を持ち直して敵意と意識を異形へと向ける。
数分間その状況が続き、固まっていた異形の四肢がピクリピクリと動き始める。それから段々と異形を覆っていた薄灰色の膜にヒビが入っていく。
『縺廓y竊檀zxkg縺?y!!!!』
そして、異形は拘束から解き放たれる。
激憤を込めた重音を轟き響かせながらその両腕を振り回して、広がっていた空間全ての幕を粉砕していく。
硝子が割れる甲高い音を立てながら消えていく膜、それを後目に少女は薄く言葉を紡ぐ。
先程とは違う世界を塗り替える様な声ではなく普通の声の大きさで紡がれ、そして即座に暴れ回っていた異形の巨体の下半分を凍て付かせる。
そええは異形の巨体を完全に固定させられるわけではなく、ほんの少し動きを拘束する程度であり異常としか言えない再生能力を持つその異形に対しては有効であるとは言えない。
それは今の暴れ回る異形も本能で理解しており、凍り付いた半身が砕けるのを躊躇わずに両腕を振り回し溶解液をばら撒きながら暴れ回り続ける。
「ふーん、別に暴れてくれるのは楽だしそれでいいんですよ? 私は別に私の手で殺したい訳ではないですし、時間を稼ぐ手間がなくなるなら別に構わないんですよ? まぁ、思考能力が無いみたいですから理解する事は出来ないみたいですけどね」
暴れ回る異形を眺めながら少女はそう語る。
普通に話す様な口振りで、嘲笑う様な笑みをその顔に浮かべながらその言の葉を紡いでいく。
半身が砕け散り再生する異形を、自身が撒き散らした溶解液で溶けては再生してを繰り返し続ける愚物を眺めながら少女は待ち続ける。異形が暴れ回りつづける余波でその周辺一帯が壊れ続けるのを気にも留めずに、特にちょっかいを出す事なく眺め続ける。
「すまない、少女よ。何故あのモンスターに手を出さないか教えてもらってもいいだろうか?」
「うん? あーっと、確かスタラさんでしたっけ?
Aランク最上位のパーティのリーダーを務めている、単純な戦闘能力以外ならばSランクを超えるとか評価されているとても優秀な冒険者さん」
「………どうやって、そこまで知った?」
「私もロスプロブですからね、無数の情報は億兆のお金よりも遥かに価値があるんですよね。特に私の将来的な目標のことを考えるとね」
「…………ぁあ、ロスプロブか」
少女が杖を片手に暴れ回る異形を眺めていると、ドンナと武者を治療していた者の一人、スタラと呼ばれていた男が話しかける。話しかけられた少女は男に関する情報を話して、自身の最大の証明であるロスプロブの名を男に対して返す。
その名を聞いた男は得心がいった様な、面倒な人間に話しかけてしまった様な態度を取りながら少女の横に立つ。その視線は暴れ回る異形に向き、その手は腰にぶら下がった剣の柄を握り続けている。
「で、どうして手を出さないかでしたっけ? 普通に出したら負けですよ、あの手の通常の手段で死なない様な怪物を相手にする時は。
………そうですねぇ、取り敢えずは再生を封じる呪いに移動を封じる呪い、それから強引に理性を掛けさせて本能を縛りつける様な呪いを付与すれば充分ですかね? もしくは塵の一片も残さずに全身を消し飛ばせれば完璧だったかもですね」
「………ならば、何故逃げない?」
「あれは死んだ方がいいでしょう? だからあれを殺せるお方が来て下さるのを待っているんですよ。本当は来られる前に指定されたモンスターを殺さないといけないんですけど、あれを放置しては行けないですしそもそも入り口塞がっていますし」
「……では、まだアレを殺せるか?」
「あと、十三回は殺せますね。でも今の私ではそれが限界ですし、それだけ殺してもあれは死にませんよ」
「………これ以上暴れさせたくはない。時間を掛けながらアレを殺し続けてくれるか?」
「冒険者ギルド全体に対してロスプロブ商会がダンジョン産物を優先的に購入出来る権利を数年分認めてくれるならば良いですよ」
「…………背に腹はかえられない、それは何とかするから...アレを何とかしてくれるか?」
「はーい。ではでは、時間ももうすぐ夕方になりそうですし暇つぶしと実験に付き合ってもらいましょう」
スタラの頼みを条件付きで了承した少女は、残酷で残虐的な微笑みを浮かべながら杖を回して暴れ回る異形に向かって歩いていく。
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「では、捻じ曲げましょうか。
此処は死の国、此処は氷結の空間、冷獄
仮初でしかなく、偽物にすらなり切れない空間
されども、これは空間を上から塗り替える、奇跡
魔力を固めた雷球を握り潰しながらそう呟くと、あの気持ち悪い愚物とそれが暴れ回っていた空間が凍り付いて、絶えず暴れ回る愚物の指先やら肉片やらがひび割れて崩れ落ちていく。
先生とグレイス様曰く、私が最も得意とするのは空間を塗り替える魔法だろうとの事。時間がかかるし命に関わるから強引に開けないが、薄らと覗いた私の根源はその手の魔法への適性が高そうだったとの事。
そんな訳で戦闘形式の練習をしながら転移や転送の魔法を練習していれば、こんな形で狭い範囲の空間に限るけれど指定した範囲の空間を捻じ曲げられる魔法を扱える様になった。浮かび上がる魔法に比べたら消費が少ないのを見るに適性はあるんだと思うけど、まだまだ構築に粗が目立つから簡単に破られるらしい。
「それでも、脳足りんの愚物には充分みたいだけど」
暴れ回る愚物はその再生能力、というよりかは最早傷に対する限定的な逆行とでも言うべきな気もするそれに依存しているから、自身の体が崩壊していることにもそれが満足に再生していないことにも全くと言っていいほど気づいていない。
放っておけば勝手に死ぬからいいのだけど...もう空間が綻び始めている。先生曰くただ上塗りしているだけだからすぐに綻びが出る、空間自体を捻じ曲げられる様になれば綻びが出ることはなくなると言ってくれていたし、実際にグレイス様は庭の一角は永久に乾き続ける砂漠と其処に振り続ける雨雲という変な空間に捻じ曲げていた。
という事でそれを身につけたいのだけど、丁度いい実験相手というのがいなかった。先生たちを指定範囲に巻き込めば起動せずに砕け散るし、家の庭を捻じ曲げて花壇を巻き込もうものならばおそらく、というか間違いなくお母さんに殺される。
「という訳で、実験に付き合ってね?」
どうせ理解も出来ないし、死んでも価値がない愚物なんだから先生が来るまで実験に付き合ってもらおう。大丈夫、この経験はしっかり糧にして私の成長に繋げてあげるからさ。
「空間指定、魔力指定、概念指定」
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「第八世界・六道輪廻」
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