天賦の才覚者:レメ・テウルギア
実戦、そう言われて先生の足下から飛び出して来たのは普通より少し大きいくらいのネズミ。
愛らしい見た目をしているが、その視線からは鋭い針の様な敵意がこちらに伸びている。
実戦と言われているので先手を打つべきではあるが、何をしてくるのか、どれくらいの強度なのかが全く分からない。だから、すぐに動き出せる様にそれでいて不意を打てるように魔法の準備をしながら見続ける。
杖は絶対に握り過ぎない、いざという時は投げることができる程度に緩く、それでいて取り回す事ができる様な力で杖を持つ。
『チュー!!!』
来た、駆け出して来た。進路は真っ直ぐで視線はこちらに向いている。おそらく、横に逸れるだけでは修正して対応される。魔法を撃つのは早い、まだそこまで精度は高くないし構築速度も速くない。
………罠を仕掛けよう。水と土を使って、土砂流をもっとぐちゃぐちゃにしたイメージで、ぬかるんで足を取られる様な物を。大丈夫、いける。
「泥濘し止まれ、シュラム」
範囲は横に広くして側面に回らせないように。
一応飛び越えられた時のことを考えて少し離れた場所にも同じように仕掛ける。
『チュ、チュ! チュ!?』
掛かった!! 飛び越えられなかったけど、幅が小さ過ぎて一つ目は抜けられたけど!
……そうだ、これは実戦だ。殺さなきゃいけない。
どうする? 時間を掛けたら抜けられる。素早く仕上げた魔法じゃ殺し切れない。後ろに引く?
そうだ、そうしよう。後ろに体を動かしながら、上から押し潰すようなイメージで..!
「捲れ上がれ、落ちろ、潰れろ! ファレン!」
地面をそのまま風で捲れ上がらせて、それをそのまま叩き落とす。捲れ上がらせるのは私の前の地面で、落とす場所はネズミが今踠いている場所の周辺。
可哀想だけど...戦いだから仕方ない。
『チュ、ヂュー!?』
……………
出てこない、これは勝ったって事? 私があのネズミを殺したって事? これでいいの?
「意外とあっさり殺せるんだな、いいぞお前の勝利だな。単純な近接戦闘ではなく罠を仕掛けるとしたのは悪くない、それにトドメを刺す時に距離を取りながらすぐに詰められない様にしたのも良い。
それから冷静に展開を読めていたのも悪くない」
「……はい!」
「だが、最初に見続けていたのはあまり良くないな。
相手をするのがどんな大きさであるのかは分かっているのだから、その相手に合った地形を先に用意しなければ、狼やらの素早い生物相手には無力だ」
「はい!」
「それから、泥で足を取るのならばもう少し底を深くするべきだな。滑らせる、動きを緩ませる目的ならばこの程度の深さでも問題ないが、トドメを刺すために使うのならばもっと深くしろ」
「はい!」
……なるほど、戦闘中は見ているだけで終わったら評価してくれるんですね。
不備とその修正案は教えてくれる代わりに、戦闘を終わらせる手段は自分で考え続けなければいけないし、その不備をどうやって修正するかも自分て考えろと。
………普通に体を掴んで教えてくれるグレイス様の方が優しい気がします。少なくとも魔法が関わっているのにこんなに厳しいのは初めてですよ。
成長が実感出来て嬉しいですけど、ね!
「グレイスは何かあるか?」
「そうですね...動きが雑でしたね」
「雑、ですか?」
「足の動かし方、距離の取り方が雑でした。
近接戦闘が出来ない、もしくはやらないのならばもっと距離を取るべきです。少なくとも今のあなたであるのならば、最低でもトドメを刺すのに使った魔法を二発分の距離は取る必要があります」
「……なるほど、分かりました!!」
「それじゃあ、次を始めるぞ。行け」
『チュー!!』
「はい!!」
次が始まる。動き出しを早く、距離をしっかり取る。
大丈夫、私なら出来る。
『チュ、チュ、チュ』
「好きに使え、使い方はお前に任せる」
『チュ!』
?? 何を話して? ……放っておきましょうか。
取り敢えずはさっきよりも深めの泥を設置して、じわじわと動いているネズミから距離を取って、魔法を撃てる様に準備をしておきましょう。
『チュ、チュチュ、チュー!』
何を、ッッッ!?
「……魔法?」
『チュ、チュー』
威力はそこまでではないけど、魔法を使った?
………想定外への対応、そういうことですか...
改めて考えましょう。威力はそこまでではない、だけど多分重なると辛くなる。魔法を避けるかどうかでいえば避けられる、けどそれを続ければ削られるしジリ貧でしかない....壁?
あの魔法の威力を考えると、多分今の私が作る壁でも全然止められる。土壁は視界が遮られるから、水か風のどちらか...風にしよう。風の流れる向きをこっちから向こうにすれば質量がある魔法ならば通せる。
……やろう、やらなきゃ何も始まらない。
風の強さは強め、石を飛ばす程度くらいでいい。
設置した泥を巻き上げつつ、隙間を開けてそこを小さめの魔法で撃ち抜こう。
「防ぎ通すは異風の大壁、ヴィンヴァント」
『チュ?』
「巻き上がり散らせ、シュラム」
『チュチュ!?』
「飛び散らせ雨の様に、ナダリグン」
『チュ!?』
泥に混ぜて小さめの針の様な魔法を織り混ぜて飛ばしていく。ネズミは、驚いて固まっているみたい。まだ動けなさそうだから、仕留めさせてもらう。
……指定場所はネズミの両脇の地面、使うのは雷、形状は噛み砕く大顎、大きさはネズミを覆う程度。
「砕け、ラフドナ」
『ヂュ!?』
短い詠唱だったけれど、しっかりとネズミを覆って仕留めることが出来た。けれど、疲労感が大きい。
思っている以上に魔力を消費してしまった...針の魔法は余計だった? それとも泥を新しく作り出した方か? 分からないけれど、消費してしまったのは間違いない事実であるし、もう遅いけれど節約しながら戦わないといけないですね。
「……ふむ、お前の勝ちだなレメ。
突発的な魔法に対して躱し、それから即座に思考を回して対抗策を実行したのは悪くなかった。多重に魔法を使って視界を潰しつつ、トドメを刺すための準備を進めたのも良い考えだった」
「はい! ありがとうございます!」
「だからこそ、最初が惜しい。
棒立ちであったが故に突如として放たれた魔法に驚き、その後に思考を大きく回す必要が出来た。常に最善を考えろとは言わんが、十個以上の可能性と作戦を考え続けるように。勿論お前がその手に持った杖だけで大型の獣を殴り殺せるならばそこまでする必要はないが、お前は出来ないだろう?」
「はい、出来ません!」
「正直でよろしい、だからこそ常に考え続けろ。可能性を考え、次の戦闘を考え、生存を考え続けろ。
それでは、次の戦闘だ。よく考えるように」
「はい!」
……あれ? グレイス様の批評は?
…………もしかして分かってる? だから休憩の時間が短めで始まるってこと?
不味い、非常に不味いぞ。多少だけど魔力が回復出来ると思って油断してた! 近接? そんなこと出来る訳がない。近接だけでネズミの動きを抑えて、そこから仕留めることなんて出来ない...!!
『チュチュ』
「うん? あぁ分かった。それでは、始め」
「はい!!」
『チュー!!』
泥は要らない、風の壁は作れても強さが足りない。
可能な限りで大きく、それでいて魔力の消費が少ない手段で、なんとかしないと。
『チュチュ、チュー!』
「…思考を回してやる、落ち着け」
「??」
『チュチュ、チューチュチュ、チュ?』
「あぁ、行け」
先生が話して...あ“!!
壁、いやでももう走り出してる! 避ける? いやダメだ。おそらく何か考えがあって走って来ている。
………吹き飛ばす? それしか無いか? やってみよう、失敗したらその時はその時だ!!
「撃ち砕け、バースト!!」
『チュ?』
「一旦止まれ、もう少し右に逸れろ。それから三秒後に真っ直ぐ上に向かって飛べ」
『チュ!!』
……!? 嘘でしょう!? 魔法を撃っただけで何が起きて、何処が安全なのか分かったと!?
………どうする? 気絶覚悟で勝ちを掴み取るしか、此処から私が取れる手段はない?
……あぁもうっ!! さっき魔法を使い過ぎた!! もっと簡単に勝てる手段を考えるべきだった!!
………スゥー、ハァー。よし、文句を言っても仕方ない。幸いネズミは上に飛んでいるし、吹き飛ばされた地面で見にくいとはいえ、上にいるのは分かる。
消し飛ばす、魔力を使い切る勢いで消し飛ばす。
「全ては塵に帰る、全ては無に帰る」
『チュ?』
「これは暴力の証明、これは破壊そのもの」
「なるほどな、悪くない考えだ。
下に降りてこい、円を形成しながらな」
『チュ!!』
「轟音を響かせて、その恐怖を轟かせろ」
「来るぞ、構えろ。八秒だ」
『チュ!』
「シュバルドナ・ヒメルサゼント!!」
「……………今だ」
『チュ!!!』
黒い雷が私の杖を焦がしながら立ち上る。
まるで竜が獲物を喰らう様に大口を開けて飛ぶ様に、空気を焦がしながら立ち上る。
膝が崩れそうになるのを気合いで堪えて、上空の景色を眺める。ネズミの姿は見えないけれど、黒い雷は上空に吹き飛ばされた地面を焦がし飲み込んでいるので、おそらくだけどネズミも飲み込んでいるはず。
少なくとも、これが今の私が放てる最高火力でさっきまでのトドメを刺していたのとは比べ物にならない破壊力がある...
『チュ!』
はずだったんだけどなぁ.....生きている。毛の端の方は焦げてるけど、命までは奪えてない。
元気に声を上げながら、ゆっくりとふわふわとした動きで地面の上に降りて来ている。
「そこまでだ、よく耐え切ったな良い子だ。
……目標は殺しきれず、お前はもう動けない。よってお前の敗北とするが、異論はないかレメ?」
「……ありま、せん!」
「引く時に引けるのは強くなれるぞ。
評価だが、それは明日にする。今は大人しく崩れ落ちておけ」
「………はい、失礼、します」
「うむ、グレイス」
疲労感と気絶したいという意思に全身を委ねてみれば、一気に膝から力が抜けて崩れ落ちていく。
薄れる意識の中で抱えられるのを感じながら、敗北の原因を考えてみる。
………勝負を焦ってしまったな、じっくりと相手の出方を見てから動くべきだった。多分、そこを突っ込まれそうだなぁ...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます