酒を片手に、愛を片手に
「ようこそ森林宿舎へ。本日は宿泊でしょうか? それともお食事だけでしょうか?」
「食事だけだ」
「承りました。フロアか小部屋のどちらになさいますか?」
「…小部屋で頼もう」
「承りました。それでは、こちらへどうぞお客様」
辿り着いた森林宿舎の中に入れば、扉の前に立ってコップを磨いていた長耳に緑髪の店員が即座に対応をしてくる。短い問答を終えると、手に持っていたコップを近くの机の上に置いてその代わりに薄い冊子を取り出して俺たちを案内する。
宿舎の中は広くて多くの人の気配を感じ薄らと話し声も聞こえるが、騒々しいという風には感じられない。軽く見回した限りの並べられた机の全てに人が座り、酒を飲んで料理を食べているのにだ。
「こちらの小部屋でお楽しみ下さいませ。注文はこの冊子に書いてある物を部屋の中に置いてあるあちらの黒い棒にお伝え下されば、即座にお届け致します」
「…あぁ、分かった」
「はい。それではお楽しみ下さいませ」
連れられて案内された先は、机と椅子と庭の花を覗かせる窓が一つだけの小部屋。………机の上に魔法が掛けられているのを見るに、転移か転送の魔法で料理やら酒やらを届けるのだろう。
「取り敢えず、入るか」
「はい」
グレイスに声を掛けて部屋の中に一緒に入り、それから部屋の扉を後ろ手に閉める。すると薄ら聞こえていた話し声や食器を鳴らす音が聞こえなくなる。
……おそらくだが防音か消音の結界が貼られているのだろうな。食事や酒を思う存分楽しむために。
「さて、まずは何を頼む?」
「んーーー、そうですねぇ....お酒を頼みましょう! 胃の中に物も入っていますし」
「よし、それならば...このページだな」
「………全く分かりませんね、こんなオシャレなお酒があるんですね」
「……そうみたいだな」
ジントニック、ミリオン、クシィージ、キーライズ、サイドカー、スプーニ、アフィニティ………
色々と聞いたことが無い名前ばかりで味の想像が全く出来そうにないな。どれにしようか...
あ、これにしよう。何となくだが、良い気がする。
「何となくだが、アラザルド。これにしないか?」
「ふむ..それにしましょうか。何となくですが」
「では.....アラザルドを」
注文を決めて、机の上に置かれている黒い棒を手に取って酒の名前らしきものを放つ。
すると反響する様な感じを黒い棒から感じ、数秒程度待っていると机の上に小さいガラスのコップに注がれた明るい緑色の酒が出現する。
スッと鼻を突き抜ける様な香りがする綺麗な酒だ。
「さてと…この楽しき巡り合わせに感謝を」
「では…この素晴らしき旅路に祝詞を」
短い言葉の応酬をしてガラスのコップを重ね合い、それからコップの中身を少し口の中に流す。
味わいは清涼感を最初に感じ、それからフルーツに似たほんのりとした甘さを感じる。それほど酒として強くはないが、複数の風味を混ぜ合わせたこの味わいはただ美味さを高めた酒では感じられない味わい、技術というものを感じられる良いものだと思う。
「良いな、これも」
「はい、中々良いですね」
「あぁ……ふむ、このローストビーフとかいうのを頼んでみないか?」
「あら、そっちに目をつけたんですか? 私はこっちのチーズベーコンというのが気になったんですが」
「ほう..じゃあ両方頼むか」
「はい、そうしましょうか」
────────────────────────
ローストビーフにチーズベーコンついでにカルパッチョなる物を注文し、酒が足りなさそうだったのでアラザルドを追加で注文し、それらが抜け無く数秒の内に机の上に出現するのを確認する。
「……随分と塩気が濃いな」
「そうですねぇ...でもお酒に合いますよ」
「ほう...確かにそうみたいだな」
「はい! それにしても量が多いですねぇ、人間ってこんなに沢山食べるんでしょうか? 私は全然余裕ですけど」
「ヒノクニ亭や露店のことを考えるとそこまで食べないとは思うが、おそらく食べ物は一回で酒の注文を多くさせるためじゃないか?」
「なるほど、でしたら沢山注文しないとですね!」
「ん、あぁそうだな」
並んだ三つの大皿とその上に盛り付けられた料理を見ながらグレイスはそう声を上げる。それに同意しながら酒を飲み、ローストビーフを一欠片食べる。
中身の無くなったコップを脇に退け、中身の入ったコップを持ち上げながらメニューが書かれた冊子に酒の名前が沢山書かれた場所を眺める。
「…どれにしようか、気になる物が多くて困るな」
「そうですねぇ..でしたら、お互いに気になる物を一つずつ頼みあってみませんか?」
「ふむ、面白そうだな。やろうか」
「はい! では私からいきますね!
………では、このスクライでいきましょう」
料理が美味くて酒が入ったからか、グレイスは元気と明るさを満ち満ちと感じさせながらそう声を上げる。
可愛らしい、そう思いつつ手に持ったアラザルドを飲み干して注文された酒を待つ。
出現した物は深い黄色に染まった酒だった。
「おぉう、色が濃い。というか柑橘系っぽいですね」
「ん? ……あぁ、そうだな。柑橘系の香りをふんわりと感じるな」
「では、いただきます」
「あぁ、こちらもいただこう」
………甘いな、柑橘系特有の甘さだ。それで、酒を全くと言って良いくらいには感じないな。
ん? いや意識してみれば、結構感じられるな。アラザルドよりも酒としては強い、みたいだな。
「んーーー、外れですかねぇ。もうちょっとお酒っぽさが欲しかった感はあります」
「そうだな、酒らしさは無いな。とはいえ酒としての強みはアラザルドよりも強いぞ」
「え? ……あ、本当ですね。割と強めですね」
「だな。……それで俺の番だな。
んーー、それじゃあギブソンにしようか」
料理を摘み、スクライを飲み干して机の上にそっと空いたコップを置きながら、注文を決める。
グレイスのコップの中身が無くなったのを確認してから注文を頼む声を出して、数秒後に出現する。現れたのは無色透明で中に串に刺した玉葱が入った物だ。
……この玉葱はどうすればいいのかよく分からんが、おそらく食べる物では無い気がするので無視して酒をそっと口の中に流す。
味は少し辛い。奇妙に感じる程ではなく、どちらかというと一つの区切りとするかの様な辛さで、甘さと塩気ばかりを感じていた舌を程よく刺激してくれる。
「…良いな、悪くない」
「ほふ、いいですねぇ。この刺激感は私も好きです」
「あぁ。だがこれは、どちらかと言うと単品で楽しめる様な物だな。料理を食べる気にはならんな」
「そうですね。…………はふぅ、さて次は私ですね。
どれにしましょうか...キャロルにしましょうか」
次の酒は、ほんのりと黒みが掛かった赤い酒だ。
そっと手に取り、口の中に流す。
最初は強い酒の香り、それからゆっくりとほんのりと甘く、そしてほろ苦い深い味わいを感じる。
ある種の深みの様な物を感じられる、酒だ。
「いいですねぇ、この味わい。……普段用に欲しくなってきました」
「……あぁ、悪くない。この酒のベースになっている物ならば、おそらくだがサルバが取り扱っていたと思うぞ。明日には購入しておこう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「気にする必要はない。俺気に入ったからな」
「ほへぇ...あ、次をどうぞ!」
「そうだな...トゥーザーツ、これにするか」
「面白い、名前ですねぇ」
「あぁ」
そう言って届いたのは、琥珀の様な色合いをした酒。
酸味と甘味が混在した心地が良い深めの味わい。
「……良いな、これも中々」
「浴びる様に飲んだり、酔っ払うことを目的として飲んだりするのと違って、味を楽しむのも良いですね」
「そうだな」
「では、次はこのクシィージにしましょうか」
「あぁ、そうしようか」
────────────────────────
この後三時間くらいはこんな感じに飲み続けて、金払ってから夜空を二人で仲良く歩幅を合わせながら帰りましたとさ。
ということで、更新遅れて申し訳ないm(_ _)m
カクテルとその言葉を調べながら、ちょっとずつ改変したりして、ついでに味に関しても調べたりしてたら遅れてしまいました。
お詫びとして、今回で二人が飲んだカクテルを紹介。
アラザルド→アラウンド・ザ・ワールド
スクライ→スクリュードライバー
ギブソン→ウォッカギブソン
キャロル→キャロル
トゥーザーツ→ビトウィーンザシーツ
クシィージ→XYZ
以上になります。ちなみに作者はどれも飲んだ事ないです、名前と見た目と言葉で決めました。
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