魔法指導その2

グレイスとの街歩きデートを終えた翌日。

酒臭さを二人して消し飛ばし、日が昇るまで適当に歩き回ってからサルバの家に戻った。

グレイスは今日もやることが無いそうなので、俺と一緒にレメへの魔法指導に協力してもらう。


起きて来たであろうサルバに挨拶をして、朝食後に裏庭へ来るようにレメに伝えてもらい、俺たちは裏庭で防護と分解と吸収の結界を貼って、椅子を創り出してその上に座ってパンを片手にレメを待つ。



「遅れました、すみません!!」

「気にしなくていい、俺らが朝食を摂っていないだけだからな。それより疲労は抜けたか?」

「はい、抜けました!! それから、前回の課題に関して自分の考えを纏め終わりました!!」

「そうか、では実践するといい。今日はより発展した内容を行いたいからな」

「はい!!」


一時間程度待っていると、駆け足で杖を持ったレメが裏庭に飛び出す様な勢いで現れる。

落ち着く様に声を掛けつつ、普通の水を取り出してレメに投げ渡しながら、纏め終わったと言った前回の課題の準備をする。

黒い的を作り出して条件を指定し距離を置く。記録が残っているので数秒で出来上がる。


準備は出来た、そう言う意図を込めて目線をレメに向けてから的へと向ける。

そうすれば飲んでいた水を地面に置きながら、杖を構えて先端部分に手をやって静かに魔法を構築する。その制度は前回よりも高く、それでいてかなりの速度で構築を終わらせていく。

密度は既に合格ラインだし、前回教えていないのに気付いていた魔法の隙間もある程度だが埋めている。


「バースト!!」


これはいったな、そう思って魔法を見届ければ勢いよく真っ直ぐ飛んでいった魔法は的に接触し、接触部分を起点にした爆発を引き起こして的を消滅させる。

……うむ、想定以上の出来栄えだな。何をイメージしたのかは分からんが、的を消し飛ばすという意思をしっかりと持って魔法を行使したのだろう。

合格だな、それじゃあ次の指導に入るか。


「よし、合格で」

「はい!!! ありがとうございます!!!」

「それじゃあ、これで基礎は終わったな。

という事で、ここからが本番の指導だぞ」

「え? 今のでも、前より成長したと思うんですけど。まだダメですか?」

「うん? 当然だろうに。今のはあくまで基礎、言ってしまえば遊びで使う魔法を学んだだけだ。

これから教えるのは、戦いながら魔法を扱う方法だ」

「へ? ……あの、先生。魔法使いって後衛なんですがあるその発展は要りますか?」

「ダンジョンとか、立体的に機動出来る相手を想像してみるといい。後ろで魔法を使うだけの奴は、ただの足手纏いだぞ。安心しろ大丈夫だ、あくまで教えるのは回避と防御をしながら魔法を扱う方法だ」

「……はい!! よろしくお願いします!!」


元気があってよろしい。

それじゃあ、俺が召喚した奴を相手にするのもいい気がするんだが、加減が効かない奴しかいないしな。

………グレイスに頼むか。


「それじゃあ、グレイス。模擬戦の相手を任せてもいいか? 殺しは無し、気絶も無しだぞ」

「お任せ下さい」

「………やってやりますよ!!」

「よし。あぁ、そうだグレイスはレメが隙だらけだと思ったら服の中に固形化した氷を放り込む様に。

動きの制限はレメが姿を捉えられるくらいで」

「了解です。魔法は?」

「治療と回復はあり、それ以外は無し」

「分かりました」

「レメは氷を入れられない様にしながら...今浮かび上がらせた的を全部撃ち抜け」

「はい!!!」


「では、始めろ」



────────────────────────



ドラコーの声が落とされると同時に動き出したのはグレイスで、レメは杖を握りしめてグレイスへと視線を向けて警戒し続けていた。

対するグレイスは優雅に、散歩をする様にゆっくりとレメの方へと歩いていく。

薙げば杖が当たる、その距離まで近づいてようやくレメはグレイスへと杖を振りかぶる。


その様子を見ながら、グレイスは虫を止める様にそっとレメの杖に手を重ねてもう一方の手で氷を取り出してスッとレメの服の中に落とす。


「ひゃん!?」


レメが短く大きなそれでいて可愛らしい悲鳴を上げるのを確認するとグレイスは後ろに飛び去り、最初の場所へと戻る。それから、再びゆっくりと歩き始める。

その動きを氷を取り出しながら見ていたレメは不思議そうに頭を傾げ、再び杖を握り締め始める。それからジッとグレイスの動きを観察し始める。


魔法を使う予兆は一切感じない。

それを理解してドラコーは静かに声を出す。


「違う、お前がしなければならないのは対応することじゃない。的を撃ち抜くことだ。グレイスの射程範囲に入るよりも先に的を撃ち抜け」


その声を聞いたレメがハッとした様な表情を浮かべて魔法を構築し始めるが、時既に遅くグレイスがレメの眼前に立って静かに氷を服の中に落としていく。

再びレメは悲鳴を上げて手の中から杖を落とす。

氷を入れて落とす原因になったグレイスは落ちた杖を拾い上げてレメに渡しながら、耳元で囁く。


「もう一回だけ、チャンスを上げます」


もう一回だけ、その言葉をレメは頭の中で反復しながら最初の立ち位置に戻ったグレイスに目を向ける。

全く変わらない様子で、ゆっくりと歩いている。

その姿を眺めて数秒、レメはようやく理解したかの様に後ろに飛び出して歩いているグレイスから距離を取る。今の歩く速度ならば問題ない、そう判断した距離まで離れたレメは杖の先を周囲に浮かんだ的へと向けて、魔法の構築を始める。


「バースト!!!」


数秒の時間を掛けて魔法を構築し、撃ち出すレメ。

伸びた魔法は真っ直ぐ的に向かい、破裂音と共に浮かんでいる十二個の内一つを撃ち砕く。

満足感か達成感か、その様な感情に浸っていたレメは後ろに辿り着いていたグレイスに気付かずに、服の中に氷を放り込まれながら体を覆われる。



「油断大敵、というより一つで満足してはダメ。

目標は十二個さらに目の前には敵がいる。目を閉じて魔法を使うのも、敵から目を背けるのも、立ちっぱなしで魔法を使うのも、一つのことしか考えないのも、全てダメ。思考を回して、体を動かして、魔法を扱う。それが今やっている指導...さぁここから抜け出して、次の的を狙いに行ってみて? 抜け出すまでずっと氷を服の中に落としていくから」


畳み掛ける様にという言葉が相応しい程にレメの覆い被さりながらそう言葉を紡ぐグレイス。

最初は固まっていたレメだったが、少しして肩に背中に胸に脇に冷たい感覚が走った事で、抜け出そうと踠き始める。

覆い被さっている腕を持ち上げようとしたり、体を動かして腕を振り払おうとしたり、杖でグレイスの体を押して引き剥がそうとしたり...

考え得る限りのことを行うがグレイスを動かすことを叶わず服の中を氷まみれにされる。



「フレア!!!」


唐突に何かに気づいたかの様に手のひらに魔法を構築したレメが大きく声を上げながら、自身の体に魔法を叩きつける。叩きつけられた魔法は弾け飛び、火の粉を撒き散らしながらレメの体を包み込む。


魔法がレメの体を包み込み始めた時点でグレイスは腕を離してその体から距離をとっている。

魔法は包み込みながらその熱量でレメの服の中の氷を溶かし尽くし、蒸発させていく。


「ふぅー、ふぅー。よし!」

「炎を纏って氷を溶かす。よく考えたな」

「はい!! ありがとうございます!!」

「……だが、そうだな...これは少し早かったか」

「へ?」

「グレイスは一旦戻れ、レメはその纏った魔法を解除しろ」

「了解しました」

「………あれ? これどうやって解除、というか消すんですか?」

「……お前は賢いのか、馬鹿なのか分からんな。

動くなよ、怪我するかもしれんからな」


グレイスを隣に戻しながらドラコーが手を軽く上から下に振るとレメを包み込んでいた火の粉が消える。

そのまま近寄って来ようとしたレメをその場で止まっている様に手で示し、浮かばせていた魔法を消してレメの後方20m付近にランダムな間隔で浮かばせる。



「もう少し基礎からやるぞ。とりあえずは歩きながら魔法を構築する練習だ」

「……はい!!」

「力を抜け、そんなに気を張っても仕方がない。

このくらいは遊びだと思っておけ」

「そうですか? 並列詠唱は人間では超高等技術なんですけど」

「人間は人間、俺が今教えているのは俺の魔法。

そもそも動きながら魔法を使うのなんて、子供でも出来る様な物だぞ。技術なんて呼ばん。

……そもそも学んできた事は捨てろと言った筈だが」

「……あ、すみません! 忘れます!!」

「よろしい、それじゃあ指導を再開するぞ」

「はい!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る