ロスプロブ商会
「それでは! ごゆっくりこの街をお楽しみ下さい!!
サルバの旦那は、無事に戻って来られた様でなによりです!!!」
元気を取り戻した人間にそう言って見送られて、ミゴンの中へと馬車を進めていく。
サルバの商会は門を入った大通りの先、商業地区に繋がる道の一番奥にあるとの事なのでそこを目指して馬車をゆっくりと進めていく。
ミゴンの中の様子としては、かなり活気がある。
酒を飲んで騒いでいるサルバくらいの人間、薬草の束を抱えて値段交渉をしている若い人間、一つの肉を競り合う複数の人間、少し古ぼけた店の中に意気揚々と飛び込んで慌てて飛び出してくる若い人間たち、馬に大量の武器を背負わせて歩いている鎧を着た人間。
多種多様と言った人間、いや人間以外も結構いるな。長耳の魔力量が多い人型、小柄で魔力量が少ないが筋肉質な人型、海洋特有の雰囲気を持つ人型、かなり劣化した龍の雰囲気を持つ人型、多種多様な血の匂いがする人型、馬の胴体を持つ人間、獣の匂いと特徴を持つ人型、蝙蝠の羽を持ち龍の角とは違った多様な角を持った人型。
龍峡ともゴブリンの集落とも違った、多くの種族が入り混じった光景は何となくだが美しさの様な物を感じる。
「…いい街だな、ここは」
「そう言って貰えるのは、ここで商会をやっている身としては嬉しいですな。あぁ、あそこの緑林と書かれた看板の店、あそこが私の行き付けです。
あっさりとしたキノコと野菜がメインの店で親父さんとその娘さん、それから娘さんの旦那さんの三人で仲良くやっている店なんです」
「ほう、それは良さそうだな。後で行ってみるか」
「えぇ、是非。私のおすすめはお酒を飲むならピルツとカルテのマリネ、単純な食事をするならロードキノコのバターステーキですね。かなり良いです」
「なるほどなぁ、だったら夜に行かせてもらおうかな? 酒を嗜みながらいただこうか」
「えぇ、存分にお楽しみください」
「あぁ...っと、着いたな。此処から商業地区に繋がる道はどれだ?」
「そこの右側、今赤い馬車が入って行った道です」
「あそこか、そら聞こえていただろう? 行け」
スヴァジルファリに命じて移動させる。
先程門の前で鳴いたら他の馬が一気に怯えて、動乱状態に陥ってしまったので鳴かないように命令を下してあるので、鳴かずに身震いさせて同意を示してから動き始める。
その様子を見てから、再び周囲に目を向けていく。
「あぁ、そうだ。商会に着いたら魔法を解除するから、先に荷物を下ろす人員を呼んでくれるか?」
「了解しました、本当に助かりました」
「気にするな、俺も色々と聞かせてもらったしな。
それにグレイスも中々に楽しそうに過ごせたしな」
「そう言っていただけると幸いです」
「あぁ....ところで一つ相談なんだが、奴隷を買いたい」
「ほう、どのような力がお望みでしょうか?」
「人間社会の地理を知っている様な奴、もしくは物の価値がある程度判断できる奴が欲しい。
戦闘能力の有無は問わないし、特に望む種族はない」
「なるほど...では商会に着きましたら、何人か探して選んでおきますね」
「頼む」
────────────────────────
商業地区に繋がる道を進む事十数分、店の様相が入り口付近に比べて豪華になって漸く奥地に辿り着く。
サルバの商会は大きかった。
周囲が木造の建築ばかりであるのに対して、黒い大理石で建築され、入り口には大きなロスプロブと書かれた看板がぶら下げられた大きな屋敷だった。
開かれた門を抜けるとその先は結構な広さがある道と庭があり、庭の端の方には馬小屋と荷車が幾つか並んでいた。取り敢えず屋敷の入り口付近までスヴァジルファリたちを進め、籠の出入り口が屋敷の入り口に近くになる様に止まらせる。
「ご苦労さん、また呼ぶからよろしく頼むぞ」
止まらせた時点で籠から降りて、二頭のスヴァジルファリの頭をワシャワシャっと撫でてから姿を塵の様な魔法の形に変えて体の中に回収する。
次出てくるのが全く同じのとは限らないが、まぁイメージが今回ので殆ど固まったのでおそらく同じ個体が呼び出されると思う。ヨルムンガンドは間違いなくあの戦いで呼び出したやつが呼び出されるしな。
あとスヴァジルファリの残骸をしっかりと回収しておく。色々と悪影響が出てしまう可能性があるので、それを防ぐ為にも欠片一つ残さずに回収する。
回収を終えたらサルバに目を向けて、もういいぞと目線をサルバから館の入り口に向ける。それからサルバが頷き、籠から降りて入り口に向かっていくのを後目に入れながら口を開く。
「グレイス到着したぞ。籠の中にいる奴らにも伝えて、降りる準備と荷物を下ろす準備をさせろ」
それを伝えてから、俺は特にやる事もないので空中に魔法で椅子を作り出して座っておく。何か飲もうかと思ったが流石に連日色々と飲みすぎて胃の中がちゃぽちゃぽなので止めて、アヴェスターを取り出して読み進めておく事にする。
....あぁ、そういえば見せるのを忘れていたな。
まぁいいか、読み終えてから渡そう。魔法を使う時に杖とか指輪の代わりに使えるかもしれんが、俺もグレイスも必要無いしな。
タイトルはアヴェスター、目次にはヤスナ、ウィスプ・ラト、ヴェンディダート、ヤシュト、ホルダと書いてあるが、どうやら何かしらによって上から塗り潰されている...いや書き換えられているな。
大元の内容を最初に凝縮して祭儀、除魔、頌神、祈祷を簡易的かつ略称形式に作り変えられているな。
………あの執着者では無いな、神性を感じ取れるが神でも精霊でも無いな...精霊を取り込んだ人間か、精霊と交わった末の人間が作り変えた様だな。これ以外の内容は以前確認した時と変わっていないな、魔術書のままだ。
「読書中失礼します、ドラコー様で間違いないでしょうか?」
「……うん? あぁ間違いないが、お前は?」
「ドテルと申します、サルバ様からのご命令でドラコー様のご案内をする任を任されましたので、お呼びに参りましたが、大丈夫でしょうか?」
「構わんが、態々すまんな」
「いえ、問題ありません。グレイス様は既に私の同僚がお連れしていますので、早速ご案内します」
「あぁ、頼めるか?」
「はい。ではこちらです」
声を掛けられたので、そちらを見てみれば黒が主体のぴっちりとした衣服に身を包んだ人間が立っていた。
話を聞くにサルバの遣いで案内をしてくれるそうなので、椅子を消して本を仕舞いながら地面に降り立って進み始めた後ろをついていく事にする。
その時に籠の方に目を向けると、どうやら荷物を粗方外に出し終わっている様子だったので籠を霧散させて魔法の残滓を回収しておく。
響めきが聞こえてくるが、反応する必要もないので無視してそのままドテルと名乗った案内の後ろをついていく。
ついて入った屋敷の中は、荘厳な景色だった。
複数の扉に魔法を利用した灯り、見せ方を意識した武具の類の並べ方に厚さ10cmはある複数の紙の束。
忙しなく動き続ける人間に、台の向こう側で仕切りに紙へと何かを書き記しては回し続けている人間。
騒がしい様に見て取れるのに耳に入ってくる雑音というものはあまり無く、寧ろ緩やかで気が落ち着く様な音楽が屋敷の内側の壁から屋敷全域に流されている。
「ほう...」
思わず息と共に声を溢してしまいながら、先を歩くドテルの後ろをついて行き、階段を上がった先にある最上級客室と書かれた扉の前に辿り着く。
そのまま案内をしていた人間は音を立てずに扉を開けて、内側の光景をこちらに見せながら手を示して頭を下げてくる。開けられた部屋の中にはグレイスがソファに座っているのが見え、部屋の壁際に一人の人間が立っている気配を感じ取れた。
立ち去る理由も部屋に入らない理由もないので、普通に部屋に入って座っているグレイスの隣に座る。
数分程度、ドテルが淹れてくれた紅茶を飲みながら待っていると足音が聞こえて、ドテルともう一人の人間がゆっくりと扉を開け、サルバとついでにドレス姿の二人の人間が入ってくる。
「お待たせしました、ロスプロブ商会は如何ですかなドラコー様、グレイス様」
「こういった所に入るのは初めてだからよく分からんが、素晴らしい場所だとははっきりと言えるな」
「ドラコー様に同意します」
「まだまだ発展途中ですが、お二方にそういって貰えるのはとても嬉しいですね」
「そいつは、なによりだ」
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