アコニトとの語らい

集落の奥まで招き入れられて、木と骨と石で細工された他の椅子に比べて豪華な椅子に座らせられた俺とグレイス。

俺たちをここまで連れて来たゴブリン、アコニトは飲み物を持って来るから待っていてくれと言って何処かへと行った。


「……意外と普通に受け入れられたな」

「ですねぇ、目の前で命を救う形になったからでしょうか?」

「かもしれんな、だが結構見られているな」

「まぁ容姿も違えば雰囲気も違う、自身らよりも遥かに強いトロルを瞬殺した存在ですからね、気になって見続けるでしょう?」

「だな。にしても、意外と座り心地は良いな」

「…確かに、硬すぎない程よい柔らかさにしっかりとした安定性、座り心地は良いですね」


まぁ見た目がかなり気になるし、ゴブリンサイズだから俺たちには小さいんだが。まぁ椅子を借りている側だし文句とかは無しでいこう。

………そういえば椅子とか机は持ってないな。何処かで手に入れたいな。


「お待たせしました、飲み物になります」

「大丈夫だ、それよりコレは?」

「はっ、こちらはスウサウの実を水と甜菜を混ぜて搾った飲み物です。この集落で一番人気な嗜好品です」

「ほう? ………ふむ、良い味だな」

「……えぇ、強い酸味に程よい甘味、後味もそれほど残らないスッキリとした味わいですね」

「口にあって何よりです」


……あぁ、本当に良い味だ。

香りは薄い甘味で舌に乗った一口目は強い酸味、それがゆっくりと柔らかい甘さでそっと流されていく。少しばかし舌の上に香りが残るが気になる程では無い。

良い物を貰ったな。


「……ふぅ、さてアコニト」

「はっ」

「今この集落はどんな様子だ?

かなりの数の戦士が殺された様だったんだが」

「確かに多くの戦士が殺されましたが、それでもまだまだ余裕があります。戦士もまだ百数名は残っておりますし、お二方のおかげで集落に被害もありません。

活気は潰えていませんし、戦いに出れなかった戦士たちもまだあの怪物に挑む気を見せて鍛錬している者もいますし、戦えぬ者は賜ったあの斧を見ながら新しい武器を考えております」

「ほう、挫けておらず誰も下を見ていないのか?」

「はい、この程度ではまだまだ挫けません」

「なるほどなぁ...そういえばお前はこのまま集落に居続けられるのか? 色々と変わったが」

「それは問題ありません。皆も気にならない、というよりかは若い者は先の戦いを見た為か肌を黒く塗って真似したりしていまし」

「そうか?」


それは、良かったな。

仮にこれで追い出される様な事になったのならば旅に同伴させていたが、大丈夫ならそのままでいいな。

意外と排他されそうな物だと思うが、存外に種族が変わったり見た目が変わった程度では否定されんのか?

あまり血を多用する気は無いが、そう言った面で不安が無さそうなら少しは気が楽だな。


「ふぅ、それでは改めまして。

己の命を救い同胞を救うばかりか、先の戦いでは己の我儘を受け入れて下さり感謝致します!!」

「……おう」

「これを言うのは厚かましいかも知れませんが、出来る事ならば己らをお二方の傘下に加えて頂けませんか!! お二方が望む物を差し出せる自信はありませんが、この命、魂を賭けてでもご命令は叶える所存であります!!!」

「ん、良いぞ。異論は無いよな?」

「ありませんね、良い物を見せてもらいましたし、良い物を貰いましたしね」

「……真ですか!?」

「あぁ、とはいえこの集落に滞在し続けることは出来ないし、お前たち全員を引き連れて旅をすることは出来ん。だがお前たちのこの場所があのトロル共に襲われない様にして、お前たちにほんの少し力を与えてやるくらいしか出来んが、それでいいな?」

「それで、十二分です!!」


元々期待値以上の活躍を示してくれたのだからある程度支援してやるつもりだったがな。

……何を提供してやるかな、俺の血は間違いなく耐え切れる様な奴は居ないだろうし、魔法原石はおそらく扱い切れるのが今のアコニトぐらいだしな。

んーーーーーー、あぁそういえば遊びで作った鉄製武器があったな。ゴブリンたちには少々サイズが大きいが、両手で扱えば十分扱えるだろうしそれを渡すか。

結界は、シアンティに頼んだ球を使う事にしよう。あれに結界というか獣除けの魔法を通して埋めよう。


「さてと、それじゃあ行くか。

アコニト集落を案内してくれ、お前たちに俺から与えられる物を渡してやる」

「もうですか!? もう少しゆっくりしていただいても問題ありませんが!」

「さっさと渡されて集落の中で共有される方がいいだろう? さぁ案内してくれ、全く知らんのでな」

「!! 了解しました!!」



────────────────────────



「こちらが農場になります。あまり作物の種類はありませんが、収穫量は一応集落の者が全員食べ繋げられるくらいには一年で収穫出来ます」

「ほう、広げることは?」

「民が増えると横に広げて行きます。大体三年に一回くらいの頻度で広げております」

「なるほど、それじゃあ大体この辺りを中心に一つ結界を貼っておくか。

………まぁこんなもんでいいか? あんまり使わんから全く分からんが、問題ないだろう。グレイス」

「はい」

「これをこの空間に不可視状態で固定出来るか?」

「お任せ下さい」


アコニトに案内されて最初に辿り着いたのは農場。

何人か手入れをしていたので会釈をしつつ説明を聞き、農場の形を認識して農場が広がれば自動的に同じ様に範囲を広げる結界を球に込めて、それをグレイスに不可視化させて空中に固定してもらう。

俺も出来ないことはないんだが、状態を変化させる魔法はグレイスの方がかなり長けているのでグレイスに任せる。

ついでに10年間少しだけいつもより実りが良くなる様にしておいて、農場を後にして次の場所に向かう。




「こちらが修練場になります。

若い者は基本的にここで武器の振り方、体捌き、狩った獲物の解体を練習します。

今は自主鍛錬中ですので、ああしてただの木の棒を使って模擬戦を繰り返しております」

「ほう、なるほどこれは、随分と将来有望だな」

「………命を奪い合わない鍛錬もあるんですね」

「………それはおそらくお前たちだけだぞ、他の種族の鍛錬に関しては俺も無知だが」

「何か仰りましたか?」

「気にするな、だがそうだな。ここで鍛錬をしているのならば、ここには逆に結界を貼らなくていいか?」

「それはつまり?」

「偶然ここに獣が迷い込む事になったとして、その想定外の出来事に対応する訓練にもなるだろう?

……そうだな、狩りには使えない重さを増して刃を潰した鉄器をここに置いておくか。ほら」

「ありが...!? ぐっ、これは、重い、ですね」

「すまんな投げ渡してしまった...

取り敢えずあそこの木製武器が掛けられている場所に置いておくぞ?」

「はぁ、はぁ、ありがとう、ございます」

「うん、すまんかった少し休んでくれ」


次に案内されたのは修練場。

龍峡では見た事がない建物で、木製の案山子が複数並べられた広い空間で、その中で何名かのゴブリンが木の棒を持って打ち合いをしていた。

ドラゴンの鍛錬とは違って殺意も死も感じない鍛錬で、グレイスと揃って若干驚いていたが、どう考えてもドラゴンの鍛錬が可笑しいのでグレイスの鍛錬の価値観を修正しつつ少しゴブリンの鍛錬を眺めていた。

それからゴブリンたちの鍛錬用に刃を潰した鉄器をアコニトに纏めて渡したが、どうやら重過ぎたようで潰れかけたので回収して鍛錬用の武器が並べられている場所に運びつつ、息を切らしているアコニトに謝罪の言葉を伝えておく。

鉄器は横倒しにしておこう、誤って倒れて来た時に潰されて死んでしまう可能性があるし。




「此処は居住区域です。寝る時と情事の時くらいにしか利用はしませんが、一応居住区域です」

「なるほどな、家は増えるか?」

「勿論、新しい夫婦が出来た時には原則として新しい家を建てるようにしています」

「ほう、それじゃあ此処には結界を貼っておくか。

………よし、グレイス頼む」

「はーい」


農場と同じように居住区域にも拡大する結界を用意して、グレイスに設置してもらう。

本当に人気は殆ど無い、一部の家の中に眠っているであろう動かない気配があるだけだな。

取り敢えずゴブリンたちが本能的にも能動的にも察知しないようしつつ、何かが迷い込んだり襲い掛かって来ない様にしておく。

ゴブリンの気配は大体覚えたから出来る結構な力技で強引に構築しておく。




「最後になりましたが、こちらが加工場です。

ここで解体した獲物の加工、武器などの作製をしております。あちらの奥の扉の先で現在武器の考案をしておりますね」

「なるほどな、それじゃあ結界を貼って、あそこに武器を置いておくぞ。説明はお前の方からやってくれ」

「お任せ下さい」

「うむ、取り敢えず十本だけ置いておくぞ。ここからこれをバラして複数にするも、これを元に新しいのを作るのも自由にするといい」

「感謝致します」


案内の締め括りは加工場、言ってしまえば調理場兼鍛冶屋だった。

建物の大きさでいえば最初に連れて行かれた、おそらくアコニトの家であろう物より大きい建物。

修練場の次に大きな建物で、中には多くのゴブリンの気配があり、若干ではあるが話し声も聞こえる。

いきなり乗り込む必要もないので入ってすぐの所で結界を貼って、木製武器が置かれている空間の隣に鉄製の刃を潰していない武器たちを置いておく。ついでに研磨剤もいくつか置いておく。



「以上になりますが、何か疑問とかございますか?」

「いや、俺は無いな。グレイスは?」

「私も大丈夫です」

「だそうだ」

「なるほど分かりました。

それでは夜の闇も深まった事ですし、一度あの家に戻りましょうか?」

「うむ、取り敢えず戻るか」

「えぇ、そうしましょう」

「ではどうぞ、こちらです」


一通り歩き回り、やる事をやり終えたら周囲の薄暗さが増しており、そろそろ夜になるのだと分かる。

アコニトからの提案もあり一度あの家に戻る事に決め、アコニトの後ろをついて歩いていく。

………いい集落だ。活気があり、皆が前を向きながら生きている。龍峡以外で最初に訪れたのが此処で正解だったかもしれんな、旅の始まりとしては凄く良い。

もう少し此処に滞在して、それから旅を再開しよう。

あぁ、これからが楽しみになってくるな。

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