戦士への手向け

あの後最初の家に移動し、簡単な自己紹介をしてそのまま鳥の肉を香草で焼いた物を食べて軽くアコニトと話し、それからあの家で一晩を過ごした次の日。

日が顔を出し始めたであろう時間帯に目覚め、隣で寝ているグレイスを起こさないようにそっと抜け出す。

あまり出歩く訳にも行かないので、屋根の上に座って集落を見渡しつつ魔法の練習でもしておこう。


「ノタ・ヌメリー」


そう呟いてぬるりと魔法を起動する。

イメージは海蛇、海底をぬるりと自在に動きを取りながらその存在感を極限まで薄弱にしている、そのイメージで魔法を起動する。

形は球体で数は、取り敢えず百個でいいだろう。


トントンとリズムを叩きながら魔法を出す。

出した魔法は重ならない様に動かしつつ、魔法自体が俺の体から離れない様に操作する。その状態を維持しながら新しい魔法を出していく。

五十個までは安定するが、それ以上になるとどうにも安定しない。少しでも操作にブレがあれば魔法が重なってしまったり、遠くに飛んでいってしまう。

………あぁ、また失敗した。六十の壁が中々越えられないなぁ。...ん?


「アコニト? 何か用か?」

「いえ、随分と早くに起きていられて何かをしておられた様なので、お邪魔でしたか?」

「いや、問題ない。お前も、随分早起きだな」

「今日はやるべき事がありますので、着いて来られますか?」

「そうだな……着いて行こうか」

「分かりました、ではこちらです」


家から少し出た所で屋根に座っている俺を眺めていたアコニトと軽く話し、アコニトの用事に同伴する事を決める。

グレイスも誘って行こうと思ったが、気になれば勝手に来るだろし、常時俺の場所は把握しているから逸れることも無いだろうから置いておく。




先導するアコニトに着いて行き、周囲に建物が殆ど無いが綺麗に手入れされている広い場所に出る。

所々掘り起こされた跡があり、そうした場所をアコニトは避けるので、俺も同じ様に避けて歩く。

そうして少し歩けば、見覚えがある武器が突き立ててある穴の前に辿り着く。



「此処は戦士たちを埋葬する場所です。

骸が無くとも、武器の一つも残っていなかったとしても、此処に想いを込めて名誉を讃えて埋葬します。

昨日は家族が此処に穴を掘り手向けを埋め、今日は己が長として戦士だった此奴らを讃えながら武器を埋めます」

「ほう」

「ドラコー様が武器を持って来てくれたおかげで、今回はしっかりと武器を埋めてやれます」

「そうか...俺も手伝おう」

「! えぇ是非、そうしてやって下さい」


突き立てられた武器を抜き、そっと穴の中に置いていく。取り込んだ際に少々削げ落ちて、元々の形そのままとは言えない状態になってしまった事を申し訳なく思いつつ、置いていく。

アコニトは一本一本目を閉じながら、持ち主への想いか散っていった戦士たちへの想いか、そんな感じの何かを込めながらそっと置いている。


「良い戦士だったか?」

「えぇ、良い戦士たちでした。

あんな苦しみ塗れの戦いを最後まで、逃げる事なく戦い続けてくれた。復讐や憎悪などでは無く、ただ強者に挑戦するという気持ちで戦ってくれた。

己だけこうして命を拾い上げてしまいましたが、この者らの勇姿は、誇りは己の魂に刻まれています」

「ほう、それは素敵だな」

「えぇ、本当に」


十数本の武器を穴の中に置き終え、アコニトは土を被せていくので少し止めて、アクアマリンを三つほど穴の中に入れておく。

戦士には相応の手向けを、ドラゴンと触れ合った事で俺の中に根付いた文化の一つだ。死者を捻じ曲げて蘇らせられる俺がそれを大切にするのも妙な話だが、それでも俺は大切にしたいので宝石を入れる。

それから驚いているアコニトを促しながら一緒になって土を被せて、穴をしっかりと埋めていく。

それから良き来世になれる様に少しだけ祈り、アコニトへと顔を向ける。もう一つの用事だろう葉っぱで包まれた球体状の何かを持ち直したアコニトへ。


「それで、次はそれか?」

「はい、こちらです。すぐに到着しますよ」

「あぁ」


球体状の何か、言ってしまうが切り落としたトロルの首だろう。腐臭がしないのを見るに防腐処理をしているのだろうな。

すぐに到着、という事はまぁそういう事だろう。



「此処です、どうやら昨日のうちに穴を掘って杭を刺しておいてくれた様ですね。置いて土を被せるだけで終わりです」

「そうか、それで此処は?」

「己らが戦った者たちの墓です。基本的に利用出来る部位は利用して、出来ない部位は此処に埋めて感謝を捧げるます。それがたとえ、誰であったとしても」

「……そうか」


強いな、此奴らは。

トロルの頭をそっと穴の中に置き、土を被せながらそう語るアコニトを見てそう感じた。

寿命がそれほど長く無く、それでいて簡単に死ぬからこそ命を背負い続けられる。そうした在り方を持ち続けて生き続けられる。

長寿が故に死という物に対して頓着しないドラゴンたちとは全く違う考えであり、こうした精神性の面ではドラゴンたちよりも強いな。

…………死体を葬礼へと託せるように消さずに保存出来るようになっておくか。


「さて、コレで己の用事は終わりです。

他に何か要件などはありますか? 無ければ己は食事の用意をしに行こうと思っていますが」

「ん? 俺から要件は無いぞ。

時間も良いぐらいになった様だし、食事の用意をしに行って良いぞ。戻るまでの道は覚えている」

「左様ですか? でしたら失礼します。

後ほど食事を持ってそちらへと向かいますので、お待ち下さい」

「あぁ」


そう話せばアコニトは結構な速度を出しながら走り去っていく。ちゃんと埋まっている場所を避けている辺り本能的に分かっているのだろう。

取り敢えずアコニトの姿が見えなくなるくらいまでは待ち、それからそっと声を出す。


「グレイス」

「はい、何かありましたか?」

「いや、折角近くに居るんだから話しでもしながら戻ろうと思ってな」

「なるほど、では話しましょうか」


ここに来る前は眠っていたはずの妻の名前を呼べば、音も無く斜め後ろに現れる。

まぁこの墓場に辿り着く少し前くらいには姿を隠して俺の側に立っていて、今その姿を隠していた魔法を解除して姿を現せただけだが。


「今日は何かしたい事でもあるか?」

「んーー、そうですねぇ。

彼らの鍛錬に興味がありますね。是非とも見学してみたいです」

「ほう? それじゃあアコニトに見学させて貰えないか聞いてみようか。あれだったら指導者側だが参加してみるのもありかもしれんな」

「それは、確かに良いですね。折角ドラコー様の傘下になったのですし、もう少し鍛えませんとね」

「まぁ、あまりやり過ぎ無い様にな」

「大丈夫です、死ぬギリギリまで追い込んだりしませんよ。筋肉のつけ過ぎはあまり良くなさそうですので程々にして、機動力を活かした戦い方でも教えてあげることにします」

「それなら、大丈夫か。俺も手伝おう」

「その時は是非とも」


そんな軽い雑談を交わしながらグレイスと共に歩く。

昨日もあまり話せていなかったのでその分を埋める様に、歩く速度はゆっくりとして。

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