戦士は転じて再起する、化け物は高潔な魂を気に入った

かつての光景を思い出す。

家族がいて、友がいて、繋がりがあって、活気が溢れていた光景を思い出す。

いつか取り戻すのだと、その為に力を求め戦いに身を投じ続ける事にしたんだと。


己らよりも遥かに大きな生物

ゴツゴツとした肌に岩を軽々と持ち上げる力


狼の様な知性を感じないその生物は、家族を掴み上げて生きたまま貪った。

混乱している己らを気にせず、その生物は黙々と貪り続けて、家族の仇を討たんと槍を向けた戦士を握りつぶした。


生き残った己らは逃げ惑った。

女子供を庇い、襲い来る捕食者からバラバラになりながら逃げ続けた。

逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ続けた。



逃げ続けた果てに、生き延びたのは僅か30、産まれたての子供が6、女が14、男が10たったそれだけだった。

皆で何か強い獣の匂いがする洞窟に、身を寄せあいながら考えた。何をするべきか、何をしていくか。


森の外には出られない、それは悪戯に死ぬだけだ。

仇を討つ、数も気力も失った己らでは不可能だ。

再び集落を再建する、これしか無かった。


逸れた同胞と合流出来るかもしれない、生き延びた同胞が来てくれるやもしれない、いつかあの怪物がこの森から消え失せてかつての活気を取り戻せるかもしれない。そんな、そんな漠然とした希望を持ってひっそりと生き残った者たちで集落を再建した。


狼に襲われ、食べる物も無く何人か無念の中で死んでいった。

あの怪物に同じ様に襲われ、それでいてかろうじて逃げきれた者たちと合流出来た。

地面を掘り下げ、木と石で柵を作り、女でも砕いた石を遠くから放てる武器を作り、ひっそりと着実に集落を再建していった。

着実にかつての活気ある光景を取り戻し始めていた。


そして集落が大きくなり、武器を揃えて安定して遠征に行くことが出来るようになった頃。

己は集落を纏める長となった。

年長者が皆死に、漠然としながら集落の再建を主導していたら、気が付いた時には長と認められていた。

在りし日には憧れていた長の地位だったが、今はいつ訪れるか分からない怪物のことを考えると、少し嫌だった。だがそれでも長になったのであるならば、己のすべき事は、目標とした事は一つだった。



怪物を殺す、二度と同胞を奪わせない



その為に皆で思索を巡らせ、死を身近に感じる鍛錬を重ね、戦いに身を沈めた。

いざという時に逃げられる様に地下への道を作り、近くにある洞窟の場所を覚え、合流地点を話し合った。

格上に挑む心構えを身に付ける為に狼に何度も挑み、挑む事への畏れを薄まらせ、常に冷静であれるような精神性を身に付けた。


そうした生活の中で、再び怪物が現れた。

少し遠方に鳥を狩りに行っていた同胞が怪物を捕捉し、その進路の先が己らの集落であると報告された。

先見の為に向かった数名は、帰って来なかった。



待たない、次は此方が先に奴を襲う。

そう同胞に告げると皆賛同し、襲撃の準備を進めてくれた。己も同様に襲撃の準備を進めつつ、襲撃に行く者を半分に減らすことにした。

女子供を守り、次の再起をより素早くする為に。

冷静で尚且つ若い者を中心にしつつ、再建に深く携わった者を何人か残し、己らは襲撃に出発した。

己らの進行の跡で怪物が集落の場所を把握する事を避ける為に道を変えながら怪物の進路を追った。


そしてようやく見つけた。


黄色掛かった肌の巨大な体躯。

何を考えているか分からない顔で、のそりのそりと歩き続ける獣。

かつて己らを襲い己らの家族を、友を、同胞を無惨に喰らった怪物。


仇討ちの対象だ、殺せ。


頭の中に湧き上がるそんな感情を押し殺し、冷静に指示を出す。正面から襲い掛かっても死ぬだけ、傷を付けるだけで死んでしまう。

それを理解していたが故に指示を出す。

皮膚が薄い目を狙う。その為に足を崩して地面に縛りつける。それを実行する為に数名が陽動に飛び出し、その影に隠れて数名が軸になっている足を狙う、その後転がした怪物の頭部に集中して一斉に飛び掛かる。


温存はしない確実に、全力で殺してみせる。

静かに闘志を漲らせて、作戦を実行に移す。




「グギュ、ゴギャ、ガパァ...ヒューヒュー」


喉から音が漏れる。

作戦は失敗した、転がして頭部に襲撃を仕掛けるまでは無事に達成出来た。

だが、怪物が複数同時に移動しているという想定外によって、己らは踏み躙られた。

それに、飛び出した位置を変えたにも関わらず奴らは集落の方向へ迷い無く進んでいった。


「グギュァァァ...!! ギギャァァ...!!」


着いて来てくれた同胞は皆殺された。

かつてのあの日以上に残虐に残酷に無惨に、同胞たちの命は弄ばれるかの様に踏み躙られた。

醜悪な笑い声を上げながら、玩具を弄るかの様に踏み躙られた。


「ゴギャァァァァアアア!!!!!」


声にもならない音を捻り出して進む。

地面を掴んで体を引き摺り、少しでも集落に近づいて危険だと伝える為に声を上げる。

己が出来る最後の責務、再び同胞の命を奪わせてしまった無様な長が出来る最後の行動。

体の感覚は無い、目は全く見えない、夜でも無いのに異常なまでの冷たさが体を襲う中で体を引き摺って声を上げる。


「グギュァァァァ」


もう音にもならなくなって来た。

だがそれでも、長として、最後まで責務を全うする。

死んでも、否この魂が燃え尽きてもいい。この魂を燃やし尽くしてでも、この責務は全うする。

最早戦えない、最早動かない、だが声は出る。



「ギギャアアアアアアア!!!!!!!!!」


「死んでも動いてる、アンデッドでもねぇな。

気力と意思だけで魂を焼き焦がして生を繋いで、死を乗り越えてるな」

「えぇ、本当にこんな高潔な者がいるのですね」


同胞に己の声が届いたかは分からない。

だが、救いの導きには、己の声は届いた。

悪魔でもいい、厄災でもいい、同胞を救ってくれるのならば己は己の全てを差し出す。

だから、どうか同胞を、家族たちを救ってくれ。



───────────────────────



「……これは、救いを願われているのか?」

「……かもしれません。どうしますか?」

「んー、おそらくトロルを殺してくれって願いだろ?

良い物見れたし叶えてやってもいいんだがな...」

「ここで殺すのは惜しい、ですか?」

「あぁ、コイツがここでこんな無念に満ちたまま死ぬのは憐れだろ?」

「それは、確かにそうですね」


地面をここまで片腕で這い蹲って移動して来たのだろうゴブリンの戦士が、冷たくなった手で俺の足にしがみついている。

下半身は踏み潰されたかの様に無くなり、片腕はぺちゃんこになった状態でぶら下がり、喉から心臓にかけて深い切り込みが入った、99%死んでいるゴブリン。

だが喉から空気が抜ける様な音が聞こえるし、その目は見開いて闘志が尽きていないのを見るに、まだ死なずに生きているのだろう。


「…………仕方ない、やってみるか」

「?」

「……今からお前に地獄を見せる。それに対してお前が抗い、乗り越え、生き延びてみせろ。

そうすれば、お前の願いを叶えてやる。お前の望みを叶えてやろう」


ナイフを取り出して、腕を思いっきり切る。

噴き出しそうになる血を抑えつけて、ゴブリンの口元に垂らしてやる。

数滴当たった時点で口を開けたので、そこに向けて血を流し入れる。量にしてコップ一杯程度。

だが口の中に入り、そこからゴブリンの肉体に浸透していく。緑の肌を黒い線が伝い、そして覆っていく。

苦しみから俺の足を掴んでいた手を離し、ビクビク腕を、残った体を震わせる。


「……くは、これは乗り越えたか」

「……その様ですね、受け入れながらしっかりと乗り越えた様です」


全身が黒に覆われた瞬間、覆っていた黒は少し色が抜け落ちて緑色が混ざった色になる。

そしてメキメキと植物が生える様に下半身が再生し、潰されたであろう腕は元の形を取り戻していく。

再生を終えて、静かなゆっくりと立ち上がったゴブリンはその目を開き、生気が満ちた赤い瞳を向ける。


「おめでとう、合格だ。

あぁ、挨拶は不要だ。それよりも急ごうじゃないか、お前が守りたい物を、お前が死を捩じ伏せてでも叶えたい願いを叶える為にもな」

「……」

「そちらか、行け。

安心しろ、しっかりと着いていくさ」

「!!」

「行くぞ、グレイス」

「はい、初めての後輩ですからね。叶えませんと」


言葉無く飛び出したゴブリンをグレイスと共に追いかける。地面を追いかけていては置いていかれそうなので木を飛び移って追いかける。

ゴブリンは慣れた様に地面を踏みしめ、木の根っこや岩をスルスルと抜けて走っていく。


十数秒移動すれば、視界の中に入ってくる。

柵に囲まれた家とその中で槍や斧や弓を構えたゴブリンたちと、その近くに立って今まさに手を伸ばして襲わんとしている推定トロルの8匹の大きい人型。

このペースでは間に合いそうに無いので思いっきり木を蹴り飛ばし、加速する。

ちらっと横を見ればグレイスも同じ様に加速していたので、声をかける。



「手前の4匹を飛ばせ、奥の4匹は俺が飛ばす」

「了解」


それだけ言って空気を踏んで奥、ゴブリンの集落側にいるトロル4匹を魔法で縛り上げて投げる。

そのまま羽を広げて空中に静止し、戸惑っているゴブリンたちを無視して飛ばしたトロルを見る。

3匹ほど首の骨が折れて死んだ様だが、残った1匹は起き上がりのそのそと此方に向けて歩いてくるので、ミスリルを剣に変形させながら、剣先を向ける。

グレイスの方は、4匹全て上半身が消し飛んでいる。



「最後の1匹、戦わさせていただきたい」


俺たちに追いついた戦士が、そう言葉を発する。

真っ直ぐとした、戦いを望む者の目で進言される。

否定する気が失せる様な真っ直ぐとした目をしていたので、適当に取り出した黒曜石を斧に変えて渡す。


「やってみせろ」


その一言だけを告げて、剣を格納する。

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