高貴なる純血のドラゴンの最初の盟友

天麟クロヴィ

プロローグ

地の底に落ち、地獄の底に堕ちる

婚約者が聖女に選ばれた。

なんて事はないよくある話だったが、聖女の過去に悪があってはいけなかった。

悪徳貴族の息子が聖女の婚約者であるということは隠蔽されなければいけなかった。

だが父は教会に莫大な投資を行い、母は旧代の聖女候補の一人。兄は王国の宰相補佐、姉はシスターとそれぞれ相応の地位を持っていた。その強欲さに相応しくないあまりにも高すぎる地位を持っていた。


故に幼く何も持っていなかった俺に一族の罪が押し付けられた。当然の如く己の家族を売り払い、当然の如く𠮟責し、当然の如く排斥してきた。


領地の僻地の村々に火を放ち殲滅したのも、盗賊を見逃しその分け前を得ていたのも、詐欺を繰り返して財産を騙し取っていたのも、領民を掠奪し凌辱していたのも、王族に奉納する税を誤魔化していたのも、教会内部に癌とされる娯楽を持ち込んだのも、一族が行ったありとあらゆる罪の全てを押し付けられた。

永久に歴史の中に名を遺す世紀の極悪人ですらしないであろう罪の数々を押し付けられ、裁判にかけられ、罪人となった。

罪を認めさせるために指先から順番に焦がされ、皮膚を剝ぎ取られ、釘で刺し貫かれ、心臓に罪人の烙印を燃えるナイフで刻み込められ、死なずの呪いを掛けられた。

それから馬の脚に焼いた鎖で括り付けられ、体を地面に擦り付けながら民衆の前を進み王国領を出された。


死ねずに痛みだけが其処にある状態で地面を這い蹲り、野生動物に魔物に噛み付かれ貪られ、生かされた。

死なずの呪いを掛けられる前に付けられた傷を残して再生を繰り返し、そして貪られた。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も気が狂いそうになるまで。


這いつくばって虫の様に動けるようになるまで三年、立ち上がるのにさらに三年、歩けるようになるまでには八年掛かった。

行く当ても無く、ただ漠然と体が向く方角に進み続けた。

時には強風で谷底に叩き落とされ、時には怪鳥に連れ攫われ、時には馬車に轢かれ、時には……………


そしてたどり着いたのは赤い鱗に黒い線が何本も入った巨大なドラゴンの前だった。


その時の俺にあったのは、食われたら一生胃の中で溶かされるんだろうなという奇妙で諦めに似た考えだけだった。そう考えながら感じていたドラゴンを抜けて吹く風は吐き気が出そうなほど臭く、受け入れ難い醜悪さであった。

死に損ないの体を動かして、こちらをにらみ続ける巨大なドラゴンに近づくと重く苦しい声でこう告げられた。



『死に損ないに役目を与えてあげる。

私の代わりに此処で、呪いを受け続けて死んでね』



見下した様な口調で、一方的に告げられる。

それから数瞬後に体が地面に叩きつけられ、そのまま肉体を地面の上に縛り付けられる。まるで上から抑えつけているかのように重さを感じながら。耳元で唸り続ける憎悪の声、体を押さえつける憎悪、脳を蝕み壊そうとする憎悪...あらゆる憎悪が体を支配して、命を奪い取らんと全身を蝕み続けた。

死なずの呪いによる強制的な蘇生が無ければ俺はその時に死んでいた。1秒も耐える事も出来ずに何も言わない骸になり果てていた。


死んでいれば俺は助かっていた。


憎悪を越えた先にあったのは救いではなく、どうしようも無いまでの激痛、刺激、鈍痛……

脳が理解を拒もうとして、拒み切れないまでの痛みだけで構築されたショック情報。

肉を剥がされる痛み、肉を焼かれる痛み、血が沸騰する痛み、血流を逆流させる痛み、骨を粉微塵にする痛み、目を貫く痛み、四肢を切り落とされる痛み、死を超える死を感じさせる痛み。

脳が止まる刺激、舌が潰れる刺激、神経が止まる刺激、目から流血する刺激、穴という穴から血が吹き出る痛み、体が腐っていく刺激、どうしようも無いまでのあらゆる側面での刺激。


そして鈍痛。

体の何処が痛いのか全く分からない、ただ分かるのは鉄よりも柔らかい何か肉の塊で殴られているかのような体に響き続ける痛みが全身に継続的に広がり続ける感覚。

抵抗する事が一切叶わず、それなのに響き続ける鈍痛。


死なずの呪いによる蘇生と体を襲い続ける何かによる死が永久にループし、俺は意識を保ったまま崩れ落ちた。意識を失うことは蘇生と死のループによって許されず、時間の感覚が狂ってしまう程の、生きているのか死んでいるのかすら分からなくなる程の感覚に全てを支配され続けた。



俺は地の底に落ちて、この世の地獄の底に堕ちた。

死なずの呪いを受けて死ぬ事が出来なくなった俺にとっての悍ましい責め苦を与え続ける終わりが見えない地獄が、其処にあった。

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