始末 七
その時、かたっと陸王の手の中で勝手に柄が動いたような気がした。すると突然、柄から根のようなものが出現して、それが
それを見て、どこまで貪欲なのかと思う。精気も魔気も、両方同時に奪っていこうとするとは。
陸王は左手で吉宗を引き抜いた。引き抜いた刃で妖刀の柄から現れた根を、一本、二本とほんの少しだけ断ち切る。断ち切った途端、斬られた根が光の粒子に変じていった。腕や手の甲に入り込んでいた部分も崩壊して、その部分から光の粒が流れていく。吉宗の代わりに指で引き千切ろうとしたが、それは適わなかった。しっかりと根が腕の中で張って、完全に肉に食い込んでいる。ただ、そうしても痛みを感じないのは幸か不幸か。
吉宗は今、神気を発していた。陸王が吉宗にも妖刀にも、魔気を送り込んでいるからだ。
二振りの刀は確かに対極なのだろう。同じように魔気を吸い込んで、両刀が共鳴の音を発し始めた。多分、その音は陸王にしか感じることは出来なかっただろうが。共鳴を起こしているところから、妖刀破壊のために吉宗の力も使おうと思った。
取り敢えずは、妖刀の柄から伸びている根を全て切り払う。だが、その間にも陸王が妖刀に魔気を送り込んでいると、次々と根は伸びてくる。それを見て、如何ともしがたいと思った。だから今は、根の始末を後に回すことに決めた。
しかしそこで気付いたことがあった。中位の魔族は魔気を発したものの、妖刀そのものには魔気を送り込んではいなかった。魔気を送り込めば妖刀は力を増す。実際、陸王の中に衝動が生まれていた。破壊衝動だ。抑え込めるが、中位の魔族程度なら人と同じように取り憑かれたかも知れない。魔族は魔気を吸い取らせて強くなる一方、妖刀から根が生えて自分まで精気と魔気を吸い取られるのを知っていたのだ。おそらく、
もしこれが、上位や高位の魔族が創り、扱っていたと思うとぞっとする。中位よりずっと妖刀の力を上手く使えただろうからだ。今の自分が無事にあることも覚束ない状況だったろう。
陸王は腹立たしい思いに囚われた。
妖刀の刀身がますます輝きを増した。それに合わせるように陸王は妖刀に吉宗を沿わせると、途端に妖刀の切っ先が甲高い音を立てて欠けた。そこから広がるように刀身にひびが入って、割れた欠片は次々光の粒になって散っていく。
魔気を貪欲に吸い込みすぎたせいで、許容量を超えたのだ。それと共に、吉宗の神気に当たったことも崩壊の原因の一つだろう。
そのひびは、柄にまでも広がっていった。
妖刀全体が光の粒子になって散っていく。細かな欠片は、空気の中に溶けていった。
あとに光の名残を残して。
こうなってしまっては、もう魔気を発することも魔気を吸い込むことも出来なくなっただろう。ただ風の中に流れていくだけだ。根の部分は腕に食い込んだものは残ったが、案の定、指では引っ張り出せなかったので吉宗の刃を当ててみると、根は次々と光の粒子になって全てが消えていった。
陸王は、光の粒子が名残をなくしていく中、足下から拾い上げたものがあった。
鍔を手に感覚を研ぎ数ませてみたが、そこからは怪しい気配は微塵も感じられない。それを手にしたまま、終わったのだろうかと思う。
この八卦の鍔は正真正銘、形見になったのかと頭のどこかで思った。
気分を入れ換えるようにして、陸王は大きく息を吸い込み、吐き出した。
鍔を握った手の甲や腕からは出血していないものの、穴だらけになってしまっている。それを眺めてから、陸王は吉宗を鞘の中に収めた。同時に、紅く変じた瞳も常の黒に戻る。
終わってみれば、あっけないものだと思った。雷韋の解呪にも紫雲の解呪にも動じなかったどころか反発までしてきたというのに、許容量以上の魔気を吸い込み、対となる吉宗の神気に当たって勝手に崩壊したのだ。それはおそらく、人の怨嗟が妖刀を妖刀たらしめていたからだ。魔族が
全てが終わって、陸王はほんの僅かな目眩を感じたが、雷韋と紫雲の方へ振り向く。
雷韋はその細い身体を紫雲に預けて、未だに手首を掴んだまま怪我の手当もしていない。呪はかかったままで、酷く痛むだろうに。出血で血が足りないせいか、顔は蝋のように白くなっている。陸王が放った濃い魔気のせいで、生成される血液よりも排出される血液の方が多かったのだろう。雷韋の足下には、真っ黒な血溜まりが出来ていた。
「なぁ、陸王。終わったのか?」
「終わったんじゃねぇのか。鍔を残して、刀身も柄もなくなったからな」
雷韋と紫雲の元へ歩きながら言う。
「鍔? 鍔は残ったのか?」
「あぁ。この通りだ」
陸王は言うと、雷韋と紫雲のもとまで行って、手にした
それを見て、雷韋は言う。
「形見って事になったのかな?」
「おそらくな。この鍔からは、怪しい気配は何も感じん」
「そっか。よかった。鍔だけでも、形見が残ったんだ」
雷韋はどこかぼうっとしたように、安堵の溜息をついた。
だが陸王は
「そんな事より、お前は怪我の手当をてしろ。妖刀がなくなって精気を奪われることはなくなったが、呪そのものはまだそのままの状態で残ってるんだろうが」
「そうだけど……。魔剣が消えてなくなったら、痛みも引いてきたし、陸王のことが心配だったんだ。身体、どこもおかしくなってないか……って、なんだよその手! 穴だらけじゃんか。何があったのさ」
今更、鍔を握っている手の惨状に声を上げる。いや、それまで見えなかったのだ。陸王が鍔を見せて、手の甲を晒していなかったから。
「妖刀が魔気と精気を吸い取ろうと根を張っただけだ。別段、痛くはねぇ。血も出てねぇだろう。そんな事より、自分の心配をしろ。痛みがなくなったと言っても、
雷韋の目の前まで来ると言う。
「そりゃ……うん、分かったよ。でも、あとでその手、手当てさせろよな」
不満を堪えつつも、どこか不承不承という感はあったが、雷韋は斬られた掌を上にして地面に置いた。もう一方で
陸王はそれを眺めながら、そんなに強く呪がかけられていたのかと思う。だが、それが違うことに気付いたのは、雷韋の掌から流れ出る血が黒から赤に変わり始めた頃だった。
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