被食者 二

 切り落とした女の腕は、すぐに再生した。断ち切った方の腕は、男の肉と混じり合って手を元通りに形作る。女は新しく再生した腕に、妖刀を押しつけるように渡した。


 そのは僅かな時間でしかなかった。あっという間の出来事だった。


 男は妖刀を構えて、再び陸王と対峙する。


「もう、その刀の癖に流されるんじゃないよ」


 そう声をかける女に、


「分かっている。使われるんじゃなく、今度は俺自身が使う番だ」


 男は呟くように言葉を口にしたと思えば、いきなり陸王りくおうに突っ込んできた。


 腹を目掛けて横真一文字に妖刀を薙ぎ払う。陸王はそれを咄嗟に背後に退いてけた。


 妖刀は空振りしたが、くうを思いきり切り裂いて、衝撃波が生まれる。それを陸王は、吉宗を身体の正面で縦に構えて防いだ。ずどんと重い一撃に腕まで痺れる。それを見越したように、更に男は突っ込んできた。上下左右どこからでも斬り掛かってくる。捌いたが、その一撃一撃がやけに重たい。これこそが妖刀本来の力なのかも知れなかった。さっきまでの源一郎の癖がどこにも見えない。


 それだとて、陸王も一方的にやられているわけではなかった。男の太刀筋は大振りだったのだ。それ以上に太刀筋は滅茶苦茶で隙だらけ。刀を振り回しているだけの素人と言ったところか。源一郎の動きを取り払っては、妖刀といえどもその程度かと思う。大振りを躱しつつ、隙を縫うようにして吉宗の刃を小刻みに振るった。そのせいで男の身体は全身傷だらけになっていく。と言っても、致命傷に繋がらない小さな傷は、あちこち作るそばから治癒していくが。服も擬態した結果のものだから、切られても傷と同じように片っ端から復元されていく。だから男は傷だらけになって、服のあちこちに血がみても何も気にすることなく斬り掛かってきた。


 と、男が何度目かの大振りと共に空振って蹈鞴たたらを踏んだ。そこを陸王は見逃さなかった。一歩踏み込んだかと思えば、男の身体をばっさりと袈裟懸けに断ち斬ったのだ。だが、それだけでは終わらせない。返す刀で男の胴をも真横に薙ぎ払う。


 男の上半身は袈裟懸けに斜めにも横にも分断されて、地面にぼろぼろと転がった。横薙ぎにされた時、妖刀を持つ腕も分断されてしまった。それでも男には意思の力があったし、分断された身体そのものにも意思があって藻掻く。下半身は足だけで上半身の方へといざり、袈裟懸けに斬られて二つになった上半身は断ち切られた腕で地面を掻きながら互いに近寄っていく。


 その光景が、陸王の目には反吐が出るほどみっともなく映った。所詮、中位の魔族だ。妖刀を使ったとは言え、力の差は歴然としている。初めて妖刀を目にした時は動揺のあまり攻め込まれたが、結局のところ、こんな雑魚ははなから相手ではなかったのだ。


 もっと上手く源一郎の太刀筋と妖刀の力を使うことが出来れば、こんなにあっけなく勝負はつかなかっただろう。


 陸王は、ばらばらになった上半身と下半身を蹴りつけて、頭のある部位から遠ざけた。そうして再び妖刀を握った腕を確認する。その直後、陸王は女の方に目を向けた。その時には既に女の腕が伸びてくるところだったが、それを薙ぎ払う。断ち切られても女の腕はすぐさま再生した。切断面から腕が瞬時に生えるのだ。


 と、突然、ばらばらにした男が絶叫し、女も苦悶の表情になって苦鳴を上げながら木の上から藻掻くようにして落ちた。同じように、陸王も針で全身を刺されるような苦痛と重圧を感じた。


 陸王は重圧を感じる方に顔を向けて、確かめるように目をすがめて見た。するとそこには紫雲の姿がある。印契いんげいを組んで詠唱をしている。それも、こちらに近づきながら詠唱しているのだ。近づいてくればくるほど、詠唱の文句に強く身体が晒される。


 けれども、この場合は仕方がないという諦めの気持ちも陸王の中にはあった。男は兎も角、女の方を殺さなければ終わるものも終わらない。


 陸王は声に出さずに魔代語ロカを唱えた。自分に降りかかってくる神聖語リタを中和させるために。短く魔代語を唱えると、ふっと身体が軽くなり、刺してくるような痛みも治まった。重圧だけはまだ僅かに感じるが、それは致し方ない。


「おい、その男を始末しろ」


 陸王は一方的に吐き捨てた。その言葉を聞いた紫雲の表情が険しくなるが、今この場で詠唱をやめるわけにもいかなかったのだろう。詠唱はそのまま続けられた。


 詠唱が続く中、陸王は女が落ちた場所へと駆け寄るが、そこにはどうしてか女の姿がなかった。木から落ちて、草を踏みつけにしたような痕跡はある。なのに女の姿がない。辺りに視線を馳せるも、ほかに移動したようなあとはなかった。その時、陸王は嫌な事に思い当たった。


 転移の術だ。


 この場で苦しいのなら、転移の術が使えればそれを使って逃げる。転移の術は根源魔法マナティアだから、どの種族でも使える。それが使えれば、苦痛から簡単に逃れられるのだ。辺りに移動した痕跡がないことも、陸王の考えを裏付けるようだった。


 舌打ちする間も惜しくて、陸王は駆け出す。


 再び紫雲を置き去りにして。


 けれど、行く宛てはどこにもない。それでも行かなければならなかった。


 今の神聖魔法は、魔族の身体を収縮させるためのものだった。しかも陸王まで巻き込んで。だが、あれを食らえば心身共にかなりの消耗になる。陸王も幾分か倦怠感を感じていた。身体全体を見えない針で刺し貫いて萎縮させる術だから、苦痛もひとしおだ。その痛手を補うには、おそらく人肉が必要だろう。魔族であれば、それくらい一気に消耗する。中位程度なら、尚更だ。しかし、人の血肉を喰らえば回復する。女が逃げ去った先に雷韋がいるのだろう。まだ雷韋は殺されていないと、その時確信する。雷韋を喰らってしまっていたなら、陸王の前に現れる時間があまりにも早すぎるのだ。今はまだ、少年の意識があるかないかは分からないが、少なくとも雷韋が簡単に逃げ出さないようにしてあるはずだ。女の方は、逃げられずに魔族の紅い瞳に怯える雷韋をこれから喰らうはずなのだ。それこそ心身共に飢えを満たせるよう、苦痛を与えてゆっくあたえて。生きたままに。


 嬲り殺しだ。


 この森の終わりから、陸王は辺り一帯を見回した。雷韋をどこへ置いてきたかは分からないが、ここへ戻ってきた時の獣道があると思ったからだ。

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