続く悪夢 七

「明かりいるんなら、ほら」


 雷韋らいは光の球を陸王りくおうの方へ放った。吉宗の手入れの時、陸王は光の球をあらわしていることが多いことを知っているからだ。が、陸王はそれを片手で受け取るようにして消滅させてしまう。


 光の球のような魔術は、同じ術が使える者であれば、消滅させてしまうことが可能なのだ。


「あれ? なんで消すの?」


「ランプの明かりだけで充分だ。それに、お前は寝るんじゃねぇのか」


「うん、寝るけど」


「だったら少しは暗い方がいいだろう。なんなら、ランプの影にした方がいいか」


 陸王は言いながら、椅子の位置をずらそうとする。


「あ、そのままでいいよ。俺、吉宗の手入れ見るの好きだし」


 言って、雷韋は足だけで器用に靴を脱いで、寝台の上に寝転ぶ。そうして上掛けを手繰たぐって胸元に溜めた。


「見ててもいいだろ?」

「別に構わんが」

「ほんと、よくそこまでばらばらにしておいて、ちゃんと元に戻せるよな。そんでもって、絶対、刃毀はこぼれしないんだろ?」

「しねぇな」


 打粉を叩きながら答える。


「神剣って凄いんだなぁ」


 雷韋は感心した風に口にした。それに対して、陸王は意外なことを話しだす。


「だが、普通の刀は簡単に刃毀れするし、すぐにがたがたになる。戦に出るときには、背に二、三本刀を括り付けていくくらいだ」

「え? そうなの?」

「そうだ。刃毀れするし、鞘に収められんくらいに折れ曲がる。だから予備の刀が必要になるんだ。特に足軽は先陣切って斬り合うから、奴らは余計にな」

「『あしがる』って?」


 わけが分からないという風に雷韋は眉をひそめた。陸王はそれに目もくれず、ランプの明かりに吉宗の刃を翳しながら答える。


「足軽は農民がほとんどだな。日ノ本の農民ってのは、半農半士だ。半分農民、半分武士。凶作の時なんかは、ほかの村を襲いに出るくらいだからな。ほかにも、余所者が田畑に手を出さないように、武装して見回るくらいだ。ある意味、武装集団だな」

「大陸の農民とは全然違うな……」


 雷韋が呆然とした風に声を出した。


「日ノ本じゃ、戦は金になる。だから先頭切って農民が足軽として戦う。上手くいけば、敵の武将の首だって取るのは夢じゃねぇ。名がある武将の首であればあるほど、報奨金も高くなる。だから、農家にはどの家にも、戦装束が一式は揃っているもんだ。時には大名を脅して戦を起こさせることすらある」

「『だいみょう』ってなんだ?」

「多くの侍を従える侍だな。公家、一口に言っちまえば貴族だな。そいつらとも繋がっている侍を大名という。帝にその位を認められて、荘園しょうえんを治めているんだ。だから大名が戦を起こすときは、荘園の農民が先鋒になる。当然、侍も戦うが」

「なんか難しいけど、日ノ本の農民って、凄いんだな。戦うのか。戦うのって、侍だけじゃないのか。なぁ、足軽って、自警団とも違うのか?」

「その役割も果たしてる。言っただろう。武装して田畑を見回るってな」

「あ、そか」


 そこで陸王は小さく笑い声を漏らした。


「だが、普段は日ノ本の雇われ侍が荘園を見回ってる。雇われ侍が戦で出ちまったときに、自分達で見回ることが多いな」

「日ノ本でも『雇われ侍』って言うのか?」

「そうだ。俺ももとから雇われ侍だ。大陸で雇われ侍をするまえからな」

「へぇ」


 雷韋は考え込むように呟く。


 話をしている間に、陸王は吉宗を一本の刀に戻し、なかごを柄に落とし込んでいた。雷韋がその様子を黙って見ていると、茎を完全に落とし終わったあとに目釘を差し込んで、手入れは終わった。


「なぁ。もしかして『雇われ侍』って、日ノ本の言葉なのか?」

「そうだ。大陸でも日ノ本でも、することは同じ。金で雇われて、戦に出る。そこんとこは変わらんな。だから、そのまま『雇われ侍』という名を名乗ったのが始まりだと言われている」

「じゃあさ、日ノ本でも雇われ侍は旅してんのか?」

「いや。雇われ侍の住む町がある。戦があるとき、雇われ侍の町ごと大名が侍達を雇うんだ。時にはこっちから売り込みに行くこともあるがな。足軽になる農民は半農だから、どうしても農期、農閑期がある。農閑期に戦が起こりゃ出向くが、農期に戦が起これば出向かない。そんなとき、雇われ侍がいれば都合がいい。普段は田畑を見回っているが、一朝事あらば、いつでも戦を優先にして動くからな」


 雷韋はそこで、う~んと唸り声を上げた。


「なんか、難しいよ、日ノ本の事って」

「確かに、一口に説明するには複雑だな」


 そこは陸王も認めざるを得ない部分だった。


 大陸では農民は農民でしかないし、雇われ侍は傭兵と同じように、戦を求めて旅をしていると見られている。だが、実際はそう単純ではないのだ。雇われ侍だって身体や技を鍛えるばかりでなく、農民と共に田畑を耕すことがあったり、子供達に読み書き算盤を教えることだってある。大名になれば、宮中に出仕することもあれば、公家の代理戦争をすることだってあるのだ。


 戦に出た農民が死ねば、対が静かに狂っていくのは大陸でも同じだが、日ノ本ではそういった者達は村落の中で保護される。最終的には皆狂い死ぬが、それまでの食い扶持は大名が支出する。あるいは、戦で死んだ人数に応じて極が遺されるため、死者の多さでその村からの税が軽減されることもある。


『侍』も『農民』もそれぞれ様々だった。


 決して一口では語りきれない。


 それを話して聞かせると、雷韋は妙な顔つきになった。理解が及ばないのだろう。多分、想像も出来ないだろうと思われる。


「雷韋。分からんことを考える必要はない。分からなけりゃ、別にそれでもいいじゃねぇか」

「でも、折角、日ノ本のこと知れる機会だったのに」

「熱が出る前に寝とけ」


 そこで雷韋の眉がぴくりと動いた。


「どういう意味さ」

「あまり小難しいことを考えすぎると、お猿の脳味噌じゃ熱が出るぞ」

「ばっかにして!」


 怒鳴って、雷韋は寝台の中で暴れ回った。


「分かったから、そんなところで暴れるな」


 陸王は苦笑交じりに雷韋を宥める。


「んもー!」


 そこで雷韋はぴたりと動きをなくし、両手両足を投げ出す。


 それを見て、陸王は言った。


「眠れるようなら眠っておけ。特に今はな」


 陸王の言葉を聞いて、雷韋は真顔で天井を見上げた。


「今夜もうなされると思うか?」

「分からんが、眠れるうちに眠っておくことだ」

「また今夜もうなされたら、起こしてくれるか?」

「起こしてやる。傍にもいてやる。だから、安心しろ」


 それに対して、うん、と返答すると、雷韋は横を向いて、上掛けを抱きしめるようにして目を瞑る。陸王はその様子を、背凭れに肘をかけて眺めていた。


 雷韋が眠りにつくまで、ずっとそこから。


 身じろぎ一つせずに陸王が見つめているうちに、寝不足が祟ったのか、やがて呼吸が安定して、雷韋が眠りに落ちたのが分かった。


 ほかより広くはあるが、もとがそれほど広くはない部屋だ。雷韋の呼吸が穏やかなことは手に取るように分かる。


 せめて今夜くらいは、ゆっくりと休んで欲しいと思った。


 嫌な夢など見ずに。


 心安らかに。


 そう思ううちに、陸王の身体は勝手に動いていた。


 気が付けば、雷韋の枕元に立っていたのだ。そして、規則正しい寝息を零す雷韋の頭を、ぽんぽんと撫で叩いていた。


 そうされても、雷韋は無反応に眠っているだけだ。安らかに寝息を立てて。


 陸王はそんな事をしている自分に気付いて、慌てて周りを見回した。雷韋以外誰もいるはずのない部屋で、急に他人の目を気にするように。


 自分でも意外だったのだ。こんな事をするつもりはなかったはずなのに、身体が勝手に動いて雷韋を撫でるなど。


 室内に雷韋以外誰の姿もないことに安堵して、陸王は嘆息をついた。それから席に戻る。そして、放置されっぱなしになっていた道具を荷物袋の中に片付け、荷物と吉宗を手に寝台に向かった。


 まだ全く眠気が訪れる時間ではない。


 それでも、今夜はもう横になってしまおうと思った。寝不足は寝不足なのだ。横になっているうちに睡魔がやってくるかも知れない。


 陸王は吉宗を枕元に立てかけてから上着を脱ぎ、それを軽く畳んで寝台の足下に置いた。そうしてからランプを寝台の下、床に置いてから横になり、ランプの芯を巻いて灯りを消す。


 今夜は何事もないといいと思いながら。その思いに裏切られることになろうとしても、今はそう思いたかった。

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