Ⅵ-2.ブレイズカリア血城攻防・後
本来であれば、だ。
「大炎使様! 私達に力を貸して」
「――恒水使バオシラに祈りを」
大いなる炎が砂利をも溶解させ、悠久なる水があらゆる破壊を鎮める。呪術、秘術、武法。眷属のケダモノどころか、これは神獣にとっても重要な戦いだ。普段は気の赴くままに眠り、食べ、闊歩する上位存在でさえ、ここでは人と同格となる。
全てが投入される、文字通りの総力戦。出口の見えぬ戦は問答無用で泥沼と化し、どちらかが絶滅するまで終わることがない。その意味では、かつてコーストの覇権を確定させたあの『
即ち取るべき手段は、破壊、殺戮、そして虐殺。和睦という概念自体が存在しないデザリオンにおいては、破壊こそが再生であり、創造とは滅びの先にあるものなのである。
だが、ある意味において整合されたといえる
霧のデザリオンにおいて、最も忌むべき行為に手を染めた者達であった。
「お、元の世界から来た奴らじゃん。こんな物騒な戦場なんかでうろついてないで、さっさと帰る方法探せよな」
ばぎゅり、もちゃり、と。
顔面中を咀嚼した人肉の血と臓物で赤く染めたまま、別部署の同僚にでも挨拶するかのような気軽さで会釈してくる。
「うあ、あ」
「? どうしたんだよ。今は丁度昼飯時だろ?」
飄々の復讐者、
その歯を全て恐ろしき刃へと変異させた全裸の少年。同年代とは思えない異様な狂気を目の当たりにして、ガーディアン
「なに、何やってんのよあんた!? 自分が今何してるかわかってないわけ!?」
その理由は、善友などという冗談のような名前に対してではない。食人――復讐という許されざる行為に対しても、ガーディアンの精鋭たる少女は耐性を獲得している。事実、彼女は今までに何人かのカマ・ドーマ構成員を屠った実績を持っていた。
「何やってって……ああ、そうか。お前は」
ぽん、と手を叩いた少年。お茶目にさえ映るその仕草で、食していた胃袋の欠片がびしゃ、と四散する。
その気質故に、純粋な勇者への憧憬と宿痾が歪な形で発言した末路であった。
「そっか、お前や普通の人間は猫を殺したくならないし、赤ん坊に包丁を刺してみたくならないんだっけ。付き合ってた時も言ったことなかったか、そういえば。でも丁度いいじゃん。この機会にやってみ――」
「火よ、爆散せよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
何もかもから決別したいと、慟哭にも似た秘術が合図となった。ガーディアンが加勢する中、コースト側もまた、動こうとしている。
2
「恐らく奇襲を考える者があるはずだ」
『伏兵潰し』の異名を持つその男は、蒼白皮のゆったりとした装束を濃厚な呪詛で保護している。名をジョズエ。コースト軍三十万の内、呪術部隊一万――その司令官である。かつて大炎使の森にて辺境のガーディアンが葬ったトロル使いのコーストは、この部隊の所属であった。
天幕。軍議が行われる中、大きな地図を睨む部隊の重鎮たち。その見解はジョズエと大方一致しているらしい。ガーディアンの戦力は均質的で、呪術も秘術も器用に使いこなす。専門的に職を修める者が多いコーストとは対照的だ。
「こちらの方が機動力では劣りますが、意思統一の速度、共通理解では上回れましょう」
「何よりこちらには悠久なる竜が控えている。真なる
「では、
「待たれよ!!!!」
やたらと威勢の良いその声が天幕に響いた瞬間、一同は嫌な顔を律することに苦心した。共有地の悲劇なる概念が、ジョズエの頭をもたげる。
その男、パローロは勇ましいことこの上ない語気で続けた。
「崇高にして誇り高き我らコーストが、矮小にして旧態依然としたガーディアン風情に対しこそこそと計を巡らす事自体、あまりに姑息が過ぎるというもの。そのようなことで、恒水使バオシラ様への祈りを捧げられましょうか!?」
厄介なことに、こうした論調――コーストがもたらす興の秩序こそがデザリオンの絶対観念であるとする極右思想は、特に都市部で多く見られる。ガーディアンの力が弱まり、ケダモノや神獣が弱体化しすぎたことによる弊害かもしれない。偉大なる祖先や巡回騎士団が穢れを払い、多大な労力の果てに湧き水を維持していることなど知る由もないのであろう。これも抗い難き時代の流れか。
呪術師の一人が、こほんと咳払いをした後やんわりと窘める。
「これ、パローロ殿。勇猛果敢なることは賞賛に値しよう。貴殿の必勝信念はさぞ部隊の士気を高めること間違いないであろうが、ここブレイズカリアではカマ・ドーマ共の脅威も無視できぬのだ。ここはジョズエ殿に追随すべきではないかね」
若者を尊重しつつ、こんこんと説く素晴らしさにジョズエは感心する。パローロも意気軒高とはいえ全く他者の意見を聞き入れぬわけでもないのか、
「むむう。承知した」
と、渋々ながら了承する。そして同時に、コーストが誇る呪術部隊の方針は決定した。
「では、これより奇襲部隊を待ち伏せる。恐れ多くも呪術本山――深緑のクーロンへと土足で踏み入ろうとする辺境のガーディアン風情を、伏兵により撃滅するのだ」
泡沫乗り。
かのハイラー崩落関門にて海守り、サルマトフもまた――その秘術により執拗な追撃を可能にしたという。
3
「ちっ。後少しでござったな……」
抜け忍、カラマツ。枯れた声は忌々し気である。それでも騎乗する辺境のガーディアンは驚嘆していた。そもそも自分の足のみで自分とマイ・ヨルカに並走していること自体が凄まじいのだ。
しかし、情勢はやはり一筋縄ではいかない。コーストが張り巡らせる秘術の情報網は、辺境のガーディアンが思うよりも遥かに高精度であり、厄介な代物であった。陽炎による転移も、秘術による高速移動も僅かな炎の揺らめきがあるだけで感知されてしまう。とはいえ、カラマツだけで深緑のクーロンに至ったところで目的は達成できない。
大炎使ナヴィンは、ブレイズカリアを越え深緑のクーロンに至ることを計画の第一段階としている。その先には大いなる炎の都を再誕させるという使命があるのだが、
「見つけたぞ、ガーディアンの鼠だ!」
「神聖なるクーロンに焦げ臭さは持ち込ません!」
ドルフィンフォース。
次々と、延々と浴びせられる呪術と秘術の雨。湧き水から供給される無限の力に、辺境のガーディアンは傷ついていく。正直な話、防戦は苦手とするところだ。
「くっ」
マイ・ヨルカもまた、秘術を用いて馬と辺境のガーディアンを守護せんとする。半ステルス状態のカラマツはともかく、このままでは余りにも分が悪いことは明白であった。
「オブリヴィオンフォーラムをほぼ丸ごと陽動に使う作戦……あの恒水竜を釘付けにできたとはいえ、呪術部隊やワイトブレッド騎士が追い付いてくれば勝算はないに等しい。どうする?」
マイ・ヨルカは辺境のガーディアンへと問いかける。テイマー呪術指南役、リナーシタの尽力により、遣いの竜であれば二体同時に使役することが可能になった。だが、呪術部隊と渡り合えたところで、コースト最強の戦力が出てくるとなれば……それは例えるなら、サルマトフとゴンサルベティカを同時に。或いは巡回騎士団をまとめて相手取ることにも等しい。野山の中、僅かに残る陽炎の気配も、不安げに揺らめいている。
「加えて、カマ・ドーマが展開しておらんとも限らぬでござろう。いざとなれば拙者は見捨て、呪素を使い果たしてでも遣いの竜でクーロンまで――」
だが、その台詞は最後まで続かなかった。
否、発する喉がどこかへ飛んでいた。
「ふうん。ステルスとは珍しい。それでもあっけなく壊れちゃうもんだ」
無垢で、変声期さえ迎えておらぬであろう童子の如き声音。
しかし、辺境のガーディアンは誰何するまでもなく、殺意に吞まれまいと必死に自我を制する。
その男は。
その、男は!!!!
「あ、君。あの夜で生き残ったんだ。女の子が助けを求めてるのに手を取らないなんて、か弱い乙女はそりゃ復讐にも走るよ」
ワイトブレッド騎士、ゼーテ。
アーティファクトたる蒼白の鎧と、同色の両刃剣。級友達の――仇敵。
カラマツの離れた首と、脳内に反響する惨劇の夜が、辺境のガーディアンから発せられるはずのない激声を引き出し、ここでもまた繰り返される。
遠く離れたオブリヴィオンフォーラム。とある碑文。
伝承によれば、
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